剣聖ミッシェルvs勇者ダイン
グリア山でのモンスター乱獲作戦が始まった。
剣聖ミッシェルとお付きの狙撃手リノによる掃討戦だ。
……いやー、強いね……。
当たり前だが、もともと個々人でも大半のモンスターを寄せ付けない強さを持つ2人である。その2人に俺の付与術がかかっているのだから、とんでもないことになっている。
モンスターたちがあっという間に殲滅されていく。
だが。
「うううう、特殊スキルが出ない!」
「武器のランクも上がりませんねー」
単純に武器を振るうたびに「神さま、お願い! いいものください!」をやっているのだ(これを古代の伝承によると『ガチャ』と呼ぶらしいので、今後はガチャと称する)。
目標はガチャでいいものゲットなのだが、残念ながら、何も出ない。
「……言っただろ。そうそういいものは出ないって。気長にやることだな」
俺たちはガチャにはげむ日々を送っていた。
そんなある日のこと――
「武器を構えッ!」
昼ごろ、宿を出た俺たちの耳に気合の入った声が届く。
「せいやっ!」
「せいやっ!」
さらにまた掛け声が。
声のほうに向かってみると、村の中央にある広場で鎧を身につけた男たちが槍やら剣を持って稽古をしていた。村の衛士にしては立派なプレートメイルを身にまとっている。
村人たちが遠巻きに見学していた。
リノが近くの老人に声をかける。
「あの人たちは?」
「この村にいる騎士隊だよ」
ここは人類と魔族が戦う最前線に近い場所だ。危険度が高いため、小さな村にも騎士隊が駐留しているのだ。
そう、それは知っているのだが――
「妙に熱心だな?」
やたらと頑張って訓練している。……地味な任務なので騎士たちの士気はあまり高くないはずだが。
「そりゃ、勇者さまが見てくれているからな」
老人が指さした先に、隻眼の男が立っていた。
騎士たちの動きに厳しい視線を向けながら、ときおり鋭い声で指導している。
「……あの勇者の名前は?」
「一等勇者のダインさまだ!」
老人は誇らしい声で言った。
……なるほど、あいつが勇者ダインか。
その名前はとても有名だ。クルスのような、初心者マークも同然の二等とは違う、本物の勇者である証の一等。
いや、それどころではない。
かつては、人類の希望と呼ばれる『特等』にも至ると期待された男。
その実力は一等の中でも目を見張るほどだ。
……面白いじゃないか。
俺の口元に小さな笑みが浮かぶ。
「ルーファスさんが悪い顔してますね」
「獲物を見つけた獣みたいな顔だねー」
そんなことを言うミッシェルの顔を見て、俺はこう言い返した。
「お前も獲物を見つけた獣みたいな顔してるぞ」
「うっ!?」
……こいつも俺と同じことを考えているのか……。
「ダインに挑むつもりか?」
「もっちろーん!」
ミッシェルも同じく、俺と同じ『強さを味わいたい』やつか。
一等勇者の、さらに上位。特等という上がいるのは事実だが、そうそうお目にかかれる強者ではない。
俺はリノに目を向ける。
リノはうんざりした様子で首を振った。
「お構いなく。わたしは戦闘民族ではありませんので」
なるほど。ライバルが1人で助かったよ。
ミッシェルが双剣の柄を触る。
「ふふーん、譲る気はないんだけどなー。どっちが先に挑む?」
「おいおい……いきなり襲いかかるみたいな感じで言うなよ。それだと、ただの迷惑野郎だろ?」
「え、襲いかからないの?」
人類が積み重ねた礼儀作法にミッシェル公爵令嬢は全力で喧嘩を売る方向のようだ。
「あのな、俺もお前のような戦闘民族とは違うんだよ。何事にも手順がある。模擬戦なんだから、相手の納得は必要だろ?」
稽古が休憩に入ったタイミングで、俺はミッシェルを連れて前に出た。
ダインへと近づく不審者。
慌てた騎士が声を掛ける。
「こら、待て! お前たちはなんだ!」
俺たちは足を止めた。
「おっと失礼。ついつい勇者への興味が先行してしまったよ。できれば、一等勇者ダイン、その胸を借りてみたいのだが?」
「はっ! 何者か知らないが、勇者さまと剣を交えようなどと――」
「この子が、剣聖ランカスターでも?」
あえて騎士の言葉を遮って、俺は言い放った。
剣聖ランカスター。さすがに村人たちは知らないようだが、騎士たちと――何より勇者ダインには効果が高かった。
表情に動揺が浮かぶ。
「な、なんだと!? そんな子供が!? 嘘をつけ!」
「ごめんね、お兄さん」
あっという間の速度でミッシェルは騎士との間合いを詰めた。
全く反応できない騎士の首と腹に、いつの間にか抜き放った双剣の切先を突きつけている。
「うおっ!?」
「戦場で相手を侮るとこうなる――勉強代だと思ってよ?」
「騎士たち、下がれ」
奥にいたダインがこちらへと近づいてくる。
「……ランカスターが少女を弟子にしたという噂は聞いたことがある。そして、天才だとも」
ダインが腰の剣を引き抜く――聖剣を。
そして、隻眼を強く輝かせた。
「ランカスターの剣には興味がある。ぜひ手合わせ願おうか」
……やっぱり便利だな、剣聖ランカスターの肩書き。
「そうこなくっちゃ!」
ミッシェルがダインに襲いかかる。
一瞬で距離がゼロに詰まり、何重もの金属音が響き渡る。2本の剣から放たれるミッシェルの超高速の斬撃。それをダインは見事に受け切った。
ほう、やるな。
見たところ、さすがに剣の領域における最強だけあって、ミッシェルの剣技の練度はダインを超えている。だが、ダインには――
「ふん!」
ダインが左手を横に振るう。
直後、空間に青白い盾のようなものが浮かび上がる。
そこへ勢いよく飛び込んだミッシェルの身体がぶつかった――瞬間、ごうん! と盾が砕け、生じた衝撃波で小柄なミッシェルを後方へと押し返す。
「ちっ!」
ミッシェルが舌打ちしつつ体勢を整える。
ダインには理力がある。
理力――勇者にのみ許された天与の力、魔族を殺すための力。
理力を駆使した技と向上した身体能力。それらを駆使してミッシェルを寄せつかない。
「さすがは歴戦の勇者だな……」
「うまく緩急をつけて立ち回っていますね。ああいうの、お嬢さま苦手なんですよ。基本、力押しだけですからね」
「バ――ちょっと頭を使うのが苦手だからな」
「はい。それ以外は無敵なんですけど。バ――弱点をどう克服するか。かしこさ+1、もうちょっと集めないとダメですね。+3にしたい」
「あんまり変わらないと思うぞ?」
などと喋っている間に戦いは終盤に突入していた。
ダインの理力による搦手を崩し切れず、ミッシェルが大きく体勢を崩す。
苦し紛れに伸ばしたミッシェルの剣をダインの聖剣が弾き飛ばした。
ダインは止まらない!
「はああああああああ!」
勇者ダインの、理力がこもった左こぶしがミッシェルの腹を捕らえた。
「うぐふぅ!?」
クリーンヒットをもらったミッシェルはそのまま後方へとすっ飛び、地面を転がる。
慌てて立ち上がるが――
はあ、と息を吐いた。
「まいった! 負けだよ、負け! あー、一等勇者ってのは強いね!」
「……その年齢でそこまでの動きとはな。3年後は勝てないだろうな」
しん、と静まった広場に、村人と騎士たちの声が響く。
「おおおおおお! さすがは勇者ダインさまだ!」
「勝ったあああ!」
そんな興奮の声が轟く中、俺はそっとダインに近づいた。
「お疲れのところ申し訳ないが、もう一戦、お願いできないか?」
「……お前は?」
「無名で申し訳ないが、付与術師ルーファスだ」
意識下から展開したブロードソードをダインに向ける。
攻撃力+999の剣を。
「そこの剣聖ランカスターが俺の強さを保証してくれるだろう」
俺はふっと笑った。
「後悔はさせないぞ?」
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