勇者クルス、一等勇者ダインの弟子になる
勇者クルス一行はグリア山の麓にある村までやってきた。
そこで食料を買い足しにやってきた一等勇者ダインにクルスは話をつけて、しばらくの間、修行をつけてもらうことになった。
「お前たちはこの村で待っていろ! 村周辺の雑魚どもでも狩って腕を磨いておけ。強くなった俺の足を引っ張らないようにな!」
クルスは3人の仲間たちにそう告げると、ダインとともに山に登った。
そして、クルスの修行が始まった。
ダインが暮らしている小屋の前で二人は向かい合う。
「……勇者の基本は理力だ。まずは理力を展開してみろ、クルス」
一等勇者ダインは20半ばくらいの、茶色い髪の男だ。鍛え抜かれた筋肉が服の上からでもわかるほどに盛り上がっている。
長く伸ばした髪が左目を隠しているが、過去の激闘で潰れていると聞いている。
眼光の鋭さと全身から伝わってくる気迫は歴戦の猛者のそれだ。
(まさに強くなるには最高の環境だな!)
一等勇者――その事実にクルスの胸は高揚する。
三等、二等、一等、特等。それが勇者のヒエラルキーだ。
三等は論外。勇者だけが使える『理力』という力そのものは持っているが、その総量がお話にならない。一応、勇者のカテゴリに入っているが、あくまでも分類上の話で通常は勇者とみなされない。
勇者未満――勇者になれなかったグズども。
一方、クルスは二等勇者。勇者と認められたものに与えられる階級だ。
そこで功績を挙げた勇者が一等と認められる。その力は破格で上位魔族とも渡り合うほどだ。
一等は数が少ない。実質、ほとんどの勇者は二等だ。
そんなエリートに教えを乞うことができれば――
(ふふふふ、俺はもっと強くなれる! もうルーファスがいないと、なんて言わせない!)
己の未来を思い、クルスの口から笑いがこぼれた。
「理力の展開だな、わかった」
理力とは勇者にのみ与えられた力だ。身体能力の向上や勇者固有の技を放つのに使う。
いや、それ以上に重要なのは魔族に対するダメージ量の増加。
それこそが、この戦争で勇者が人類の希望と呼ばれる最大の理由だ。
「はあああああああああああああああああああ!」
クルスは理力を展開する。
その様子をじっとダインが隻眼で眺めた。
「何か技は打てるか?」
「任せてくれ!」
クルスは、すーっと息を吸うと、こぶしをぎゅっと握った。理力がこぶしへと集積する。
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勇者クルス
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聖拳突きLv1
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「はぁっ!」
ぱぁん!
振ったこぶしが空気を打つ。びりびりと手が痺れる感覚。己のこぶしの威力にクルスはうっとりした。
(……どうだ、一等勇者! 俺の力は!?)
振り返ったクルス。
――素晴らしい理力だ! 二等にしておくのはもったいない!
そんな言葉を期待したが。
ダインの表情に変化はなかった。静かな顔つきのまま口を開く。
「……いや、拳ではなく剣でやって欲しいのだが。素手で魔族と戦うわけにはいかないだろ?」
「え……」
困ったことに、クルスは剣に理力を込める技を習得していなかった。
だが、できないと言えるほど、クルスは素直ではない。
腰のブロードソードを引き抜いた。
刃に理力を込める。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
なんの反応もなかった。
やはり、剣に理力を込めるのは難しい。
「くそ……! 少しばかり調子が悪い!」
「……腰に差したもう1本の剣――柄の感じからして聖剣だろ? そっちでやってみたらどうだ? 聖剣のほうが理力の通りはいいぞ」
「……ぐっ!」
クルスは奥歯を噛んだ。刀身の欠けた情けない聖剣を、一等勇者の前で披露などできるはずもない。
「い、いや……その、聖剣だと簡単なんでな、あえて普通の剣を使っているのさ!」
「ほぅ、素晴らしい努力だ」
うんうん、とダインがうなずく。
「率直に言おう、勇者クルス。お前の理力の使い方は全然ダメだ」
容赦のない言葉が、クルスの胸に突き刺さる。
自分では意外とイケていると思っていただけにショックが大きい。
「理力は全身に均等に行き渡らせる必要がある。なのに、お前の場合、バラバラのグチャグチャだ。もっと細かいところまで意識しろ」
そして、ダインがすっと息を吸った。
「いいか、俺の理力をよく感じてみろ」
ダインが理力を展開する。
クルスは背筋がぞくりとした。伝わってくる理力は、とても静謐で濃厚だった。ダインの全身から均等に圧が伝わってくる。
(……俺のものとは明らかに違う……!)
クルスは知った。
はるか高みにいる存在と、ちっぽけな己との距離を。
「まずは基礎からだ。徹底的に理力を身体になじませろ!」
「ああ!」
その修練を5日ほど続けて、ついにクルスは『理力纏いLv1』をマスターした。
理力を纏うことで立ち回りが、ほんの少しよくなる。例えるなら、レベルが1上がったくらいだ。
(……はははは、強くなった! 強くなったぞ、俺は!)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺たちはグリア山の麓にある村までやってきた。
村の近くを歩いていると――
「ふっ、ほっ!」
「行ったぞ!」
「油断するな!」
3人の男の声――聞き覚えのある声。その声を吹き飛ばすかのように獣の「ブゴオオオオオオオ!」という大きな鳴き声が聞こえる。
俺たちは顔を見合わせると、声が聞こえる方角に向かった。
そこには人ほども大きい猪――ビッグ・ボアを相手に戦っている、剣や鎧で武装している3人の男たちがいた。
むっちゃ見覚えのある3人だった。
クルスと一緒にいた戦士たちじゃねーか!
戦いは終盤に突入していて、ビッグ・ボアはあちこちから血を流している。
「とおおおおりゃあああああああ!」
戦士の剣がビッグ・ボアに命中、巨大猪は絶叫をあげて地面に倒れた。
戦士たちは疲れたように大きく息を吐く。
「ああああ……やっと倒したな」
「やはり、ルーファスがいないとな……」
「ああ、ルーファスがいるのといないのとでは大違いだ!」
3人がぼやく。
どこかにいるルーファスさん、すごく待望されてますよ!
俺だった。
両脇に立つミッシェルとリノが、にやにやした表情で俺を見てくる。
……うざい。
これ、どう反応したらいいんだろう……とりあえず、クルスはいなさそうなので面倒なことにはならない気もするが。……ん? クルスはどうしていないんだ?
俺がそんな感じで固まっていると、隣のミッシェルがわざとらしく咳払いした。
「ん、ん、ん! あー、おめでとう!」
その声に振り返った戦士たち。その視線が俺に向かってきて――固まる。
「ルーファス!」
覚えていたかー。
心なしか、その声には驚きに喜びが含まれている。俺はそれに気づかないふりをして、平静な声で挨拶を返す。
「おお! 俺たちの気持ちが天に届いたのか!」
喜び勇みながら戦士たちが近づいてくる。
「やっぱりお前がいないとダメだ、ルーファス。今の俺たちじゃミノタウロスは愚か、このビッグ・ボアですら大変だ」
「……偉大なる勇者のクルスがいるだろ? クルスはどうしたんだ?」
「クルスは勇者として修行中だが――いてもいなくても、そう変わらない。俺たちにはお前の付与術が必要だ」
そして、戦士が続ける。
「クルスに言いたいことはいろいろあるだろうが……頼む、ルーファス! そこを曲げて、また一緒に旅をしてくれないか!?」
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