勇者クルスvsミノタウロス
ミッシェルに返り討ちにあった勇者クルスは気分を害し、早々とミンツの街を後にした。
そのため、見事エクスボーンを討ち取ったルーファスたちに対する賛辞を聞かずにすんだので心の平静を保つことができた。
3人の戦士たちを引き連れて、勇者クルスは次の街を目指して街道を歩いている。
だが、クルスにはしっくりきていなかった。
隣の街に向かって何をする?
目的が決まっていない。ただミンツの街を飛び出しただけだから。その中途半端さがクルスには気持ちよくなかった。
(……俺は勇者だぞ! 無為に過ごしている時間なんてないってのに!)
そんなことを内心に溜め込みつつ、クルスがイライラしていると――
「おい、クルス! 商隊がモンスターに襲われているぞ!」
「あ?」
戦士の指さした先に視線を向けると、確かに横転した馬車を中心に人々が悲鳴を上げている。
「グガアアアアアアアアアアア!」
牛の頭と筋骨隆々な肉体を持つミノタウロスが棍棒を振るって暴れていた。
商隊の護衛たちが頑張って抵抗しているが、どうやら実力が足りずに苦戦している。
クルスはニヤリと笑った。
(ミノタウロスごとき!)
ミノタウロスは聖剣を手に入れるときにも戦い、余裕で撃破している。
つまり、勇者クルスの敵ではない。
「おい、お前たち、助けてやるぞ!」
ストレス発散にはもってこいだとクルスは考えた。一般人どもには難敵であろうミノタウロスを軽く退治し、賞賛のシャワーを浴びる。
(……くくく! 俺に感謝しろよ!)
クルスは走り出し、大声で叫んだ。
「おい! そこの連中! 勇者クルスが助けにきたぞ! この勇者クルスがな! 感謝しろ!」
傲慢な口ぶりだったが、死を覚悟していた人々からは感謝の声が響き渡る。
「おおおお! 勇者さま!」
「助かった! 助かったぞおおおおおおお!」
「天は俺たちを見捨てていなかった!」
絶望的だった空気がガラリと変わる。
人類の救世主である『勇者』という言葉にはそれほどの効果がある。
(……ははは! もっと感謝しろ、愚民ども!)
クルスはブロードソードを引き抜くと、ミノタウロスへと斬りかかる。
「おりゃあ!」
がっ!
(……んだこりゃ!?)
ミノタウロスの身体を刃は確かに切り裂いたが――
浅い。
祠の最奥で戦ったときに比べると、手に伝わってくる硬さが段違いだ。与えているダメージも明らかに小さい。
「オオオオオオオオ大オオオオオオオオオオ!」
ミノタウロスが吠えて棍棒を振り回す。
「はっ、そんな大振り!」
クルスは素早い動きでかわそうとする――が、できなかった。足が鉛のように重い。以前のような軽やかな動きができない。
体調が悪いのだろうか。
「ちっ!」
クルスは持っていた盾を構える。回避がダメなら受け流し。猛牛を払い除ける闘牛士の華麗さで猛撃を――
ガツッ!
クルスの態勢が大きく崩れる。本来なら、盾の表面を華麗に流れていくはずの圧力。だが、流し切れなかった。以前のように左腕が動かない。
「うおっ!?」
殺しきれない打撃にクルスはよろめいた。
以前のような、以前のように。
以前の、以前の、以前の。
ルーファスがいた頃のようには――
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
クルスは大声を上げた。
ちらつきかけた仮説を叫んで吹き飛ばす。
(関係あるか! あんなやつなんぞ関係あるか!)
よろめいたクルスの身体を戦士が背後から支えた。
そして、一喝する。
「飛び出しすぎだ! ミノタウロスは難敵だ。ひとりでどうにかできるとは思うな!」
「ああ!?」
クルスは怒りの声を上げた。
「何を言ってやがる! 聖剣を手に入れるとき、俺は簡単に倒したんだぞ!? 何を恐れる――」
「それはルーファスがいた頃の話だろ!」
戦士の言葉。
「今の俺たちにルーファスのアシストはない! 昔のように楽ができると思うな! 協力して戦うことを考えろ!」
「うるせえ!」
突きつけられたのは、考えようとしなかった――目を向けようとしなかった現実。
痛いところをつかれたクルスは怒りのままに叫び、戦士を振り払った。
「ごちゃごちゃ言ってるんじゃねえ! いいから前に出ろ!」
クルスはミノタウロスへと襲いかかった。
戦士や騎士たちもミノタウロスを取り囲む。
(はっ、戦士のやつは考えすぎだ! たまたまだ、たまたま! 全員で叩けば前のように楽勝だ!)
楽勝ではなかった。
ミノタウロスの身体は硬く、その攻撃は重く俊敏だった。
「ブゴオオオオオオオオオオオオ! 」
ミノタウロスが吠え、棍棒をクルスに叩きつける。
ごおん!
クルスは回避――し切れない。横っ腹を叩かれて、クルスの身体は派手に吹っ飛ぶ。地面をゴロゴロと転がった。
「クルス! 大丈夫か!?」
戦士が叫ぶ。
「ああ――」
致命傷には遠いが、大きなダメージだった。
ルーファスといた頃には負ったことのないような――
騎士の嘆きが耳に飛び込んでくる。
「くそ、やはりルーファスがいた頃のようには!」
もう隠しようがなかった。
確かに弱くなっている。はるかに弱くなっている。ルーファスがいた頃よりも間違いなく。
ルーファスの尊大な顔がクルスの脳裏に浮かび上がる。
――どうした? 大変そうだな? 苦労が板につきそうか? なあ、おい、助けてやろうか?
そんな声が聞こえた気がした。
「くおおおおおおおおおおおおおお!」
クルスは地面を叩き、立ち上がる。
認めるわけにはいかなかった。このパーティーに並び立つものは二人はいらぬと見限った男の存在を。その力を。
一人でもやっていけると嘯いた以上は――
「俺が勇者だ! 道を切り開くのは俺だ!」
頭にきたクルスはブロードソードを投げ捨てた。そして、もう一本の腰の剣――聖剣グロリアスを引き抜く。
切先を失った哀れな聖剣を。
助けた商隊の連中に見られるのが嫌で隠していたが、もうどうでもいい。怒りのままにクルスは聖剣を持って走った。
「ミノタウロスごときに負ける俺じゃあない!」
叫ぶと同時、戦士に棍棒を振り下ろしているミノタウロスの背後に斬りつける。
ぞぶり。
背筋が震えるような手応えだった。ミノタウロスの肉を確かに切り裂いた感覚。ルーファスの頃にはなかった、柔らかい肉を切る感覚!
「グオオオオオオオオオオオオ!」
ミノタウロスが苦悶の声をあげる。
喜びがクルスの背筋を走り抜けた。
(……聖剣! さすがは聖剣! あいつの付与術よりも聖剣を選び取った俺の判断は正しかった!)
全てが報われた気持ちになれた。
(勇者としての力を極めれば、俺にルーファスなんぞ不要なのだ!)
それからしばらくして――
クルスたちはミノタウロスを討ち取った。
「おお、さすが勇者さま!」
「ありがとうございます!」
商隊の面々が礼を述べていく。クルスはその言葉を尊大な態度で受け取った。
商隊たちが荷物の片付けを始めた頃、戦士が近づいてきた。
「……クルス。ルーファスを呼び戻そう。俺たちだけじゃどうにもならん」
「ルーファスなんぞ、どうでもいい!」
そんな軟弱な戦士の意見をクルスは一喝する。
「このパーティーのリーダーは俺だ! 勇者は俺だ! 俺が強くなりさえすれば問題ない!」
言い切ってから、天啓の如くクルスにアイディアが閃いた。
次に勇者クルスが行うべきこと。
それは、己の鍛錬だ。強くなりさえすればどうでもいい。ルーファスルーファスとうるさい外野の声も止むことだろう。
「グリア山に向かう!」
グリア山にいる一等勇者ダインに修行をつけてもらう――
そうすれば、クルスはますます強くなるだろう。
己の未熟をクルスは知っているのだ。
だが、クルスが知らないこともある。
ルーファスたちもまた、別の理由でグリア山を目指している事実を。
ランキング挑戦中です!
面白いよ!
頑張れよ!
という方は画面下部にある「☆☆☆☆☆」から評価していただけると嬉しいです!
応援ありがとうございます!