vs爆撃のエクスボーン(下)
さっきまでの余裕から一転――
「お、が、あ、あ、ああ……」
双刃に切り裂かれたエクスボーンが盛大に血を吹き出している。
「こ、この、下等種ど――ガァッ!?」
ミッシェルの刃が走り、再びエクスボーンの身体を薙ぎ払った。
「おおおおお! 許さん、許さんぞおおおお!」
アストラル・シフト!
ぶん、とエクスボーンの身体がダブり、傷が消える。
「はっ、そんなことしても意味ないだろ?」
俺は笑う。
俺の言葉の通りになった。
ミッシェルの刃が三度エクスボーンの身体を切り刻む。慌てたエクスボーンがさらにアストラル・シフト。距離を取ろうとするが――
「逃さないよ!」
ミッシェルは離さない。あっという間にエクスボーンの動きを封じ、無慈悲な刃を振るう。
「ギィィィヤアアアアアアア!」
エクスボーンの絶叫が響き渡った。
そう、無駄なのだ。ゼロ距離は剣聖の間合い。戦士として最強最速の使い手、剣聖ランカスターの眼前で無傷になっても意味などない。新品になった身体があっという間にボロボロになるだけ。
生命力が枯れ果てるまで、切り刻まれるのがあいつに残された運命だ。
……簡単に死ねないタフさも困りものだな……。
ビシッ、ビシッ。
エクスボーンの身体が石灰化を始めた。
「もう、終わりだな」
俺はそう思ったが――
エクスボーンにはまだ手札が残っていた。
「なめるなァッ!」
エクスボーンはミッシェルの刃に腹を貫かれながらも、ためらうことなく前へと進み、ミッシェルの身体を抱きしめた。
「にゃ!?」
驚いたミッシェルが暴れようとするが、身体が動かない。
崩壊しつつあったエクスボーンの身体がものすごい勢いで金属のように硬質化していくからだ。おそらく強度もまた、見た目の通りなのだろう。
「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!」
ミッシェルが力を込めるが、ぴくりとも動けない。
「ひひひ、ひへははははははあはははは!」
エクスボーンの大笑いが響き渡る。
瞬間、エクスボーンの身体が変形した。ぼこぼこと背中が膨らみ、丸まった人くらいの大きなこぶが出現する。
その中央には大きな赤い宝玉が埋め込まれていて、ゆっくりと明滅していた。
「ひひひひひひ! 俺の能力は『爆弾化』! 俺はもう助からないから、俺自身を爆弾にしてやった! 特大の爆弾だ! この街ごと吹っ飛んでしまえ! もう止まることはない! このコアを破壊しない限りなああああああ!」
「やれやれ……本当に性格の悪いやつだ……」
おとなしくくたばっておけばいいものを。
「にゃろおおおお!」
ミッシェルが身じろぎするが、完全に動けないようだ。
つまり、命運は俺とリノに託されたわけだが――
リノがハンドガンをエクスボーンのコアに向かって連射する。
ギギギギギギン!
硬質な音がするだけ。コアには傷ひとつついていなかった。
「くっ、硬い!」
「いひひひひひひ! ほぅら、ぼんやりしている暇はないぞ! あと15、14――!」
「……一点射撃は得意かな?」
リノにそう言いつつ、俺は右手を差し出した。
攻撃力+999ブロードソード、射出!
俺の撃ち放った剣が空を切り裂き、エクスボーンの背中にあるコアへと一直線に飛んでいく。
そして――
がりっ!
と硬い音を響かせて、その先端をコアに突き刺した。
「ぬああああにいいいいいい!?」
エクスボーンは絶叫するが、まだ浅い。
刺さったのは剣の切先だけ。
攻撃力+999を持ってしても、一撃で貫くことは難しいのか。
だが、何も問題はない。
ガァン!
刺さったままの剣の柄尻を、リノの銃撃が叩く。連射する青い光が同じ場所で輝き続ける。その勢いに押されてブロードソードが少しずつコアの奥へと進んでいく。
「おおおおおおおおおおおおおおおお!?」
エクスボーンが驚愕の声を吐き出す中、涼しげにリノが口を開く。
「得意ですよ。1ミリだって外しません」
「素晴らしい」
言うなり、俺はエクスボーンに向かって走り出した。
なぜなら――
あいつの性格が悪いからだ。
その間もリノの精密射撃が続く。ブロードソードはズグズグとその刀身を赤いコアへと沈めていく。
やがて、大きな音が響いた。
赤いコアに刃の半ばまでが沈み、耐えきれなくなったコア全体にひび割れが走る。そして――
轟音とともにコアが割れ砕けた。
7秒前――
「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
己の命を賭した爆弾を破壊されて、エクスボーンが絶叫する。
「アヒャヒャヒャ! なーんてな! 嘘だよ!」
だが、その絶叫はやがて、大笑いになった。
「言うはずないだろ、ここを壊したら爆弾が止められまーす、なんて? ほぉら、ラスト2秒、どーん!」
ああ、もう本当に――性格が悪い。
まあ、だけどさ。
だからこそ、思考が読めるんだよな。
瞬間、エクスボーンの身体がバラバラになった。ゼロ距離まで近づいていた俺が攻撃力+999ブロードソードでなで斬りにしたからだ。
……偽物のコア以外はそこまで硬くなくて助かったよ。
「ぶえっ?」
状況が理解できないエクスボーンが間抜けな声を漏らす。
俺は口を開いた。
「そいつが本当のコアじゃなくても、身体のどこかに爆発を制御するコアはあるんだろ? なら、全身をバラバラにしてしまえばいい、違うか?」
「……そ、そんな……どうして、お前は迷いなく、そんなことが……?」
エクスボーンの顔の一部、口がぱくぱくと音を吐き出す。
……やれやれ。首から下もないのに口だけで喋るなんて魔族は器用だな。
俺はふっと笑って、死にゆくエクスボーンの問いに応えてやった。
「……悪いな、お前の性格が悪いように――俺も性格が悪くてな。コアの話がフェイクだってことはすぐわかったんだよ」
「ちくしょう……」
「ああ、そうそう。俺だったら、カウントダウンは30秒から始めるね。で、残15秒の時点で、どーん! だ。相手を油断させるいい手だろ?」
「はっ、ははははは!」
石灰化でボロボロと崩れていく中、エクスボーンは笑い最後にこう言った。
「最低のクソ野郎だな、お前は……!」
「最高の褒め言葉だよ」
エクスボーンの身体は塵となって消えた。
静寂。
俺たちの戦いを遠くから見ていた街の人たちが、おおおおおおおおおおおお! と声を上げた。
いやはや、すまないね。いきなり街中でドンパチしちゃって。
「ほわあああ、助かったああ……」
開放されたミッシェルが両腕を上げて叫ぶ。
「助かったあああああああああ!」
「よかったな」
言いつつ、俺はミッシェルにビシッと指を向ける。
「減点10だ」
「え、えええええ!? わたしだって活躍したよ!?」
「人質になった時点でダメだ」
「あ、あひいいいいいいいいいい! リノ! リノ! フォロー、フォロー!」
近くまでやってきたリノが冷たい言葉を口にする。
「減点10は優しいですよ、さらに倍でお願いします」
「き、厳しい!?」
「何度も言っているじゃないですか、お嬢さま。お嬢さまは粗忽者だと。油断しすぎだと。適当すぎると。大雑把すぎると。注意が散漫だと。考えがなさすぎると。そんなんだから、あれだけ圧倒している相手に人質に取られるんですよ」
親切な俺は気を利かせて補足する。
「しかも、2回な、2回」
「……どこまで気を抜いていれば、1度の戦闘中に2回も人質にとられるんですか? アホですか?」
「う、ううう、うううううううううう!」
悔しがりながら、ミッシェルは俺に向かっていきなり右手を差し出した。
「ま、まあ! と、ともかく! 勝てたから! 追試は合格、合格だから! 仲間としてよろしくね!」
強引な展開で全てを有耶無耶にする作戦だった。
俺は冷静に指摘する。
「不合格だが?」
「ひいいいいいい!? ……ダ、ダメ、ですか?」
「だが、そうだな……俺は意外と優しい。定員数が足りないので補欠合格くらいならいいだろう」
「おおおおおおおおおおおお! やったああああああ!」
喜びの声をあげるミッシェルの横で、うっすらとリノが涙目を手で押さえている。
「……ありがとうございます……! お嬢さまの面倒をひとりで見るのが正直辛かったので嬉しいです……! 一緒に頑張りましょう!」
お前、苦労しているなあ……。
まあ、いい。
クルスのように才能がないのは困りものだが、ミッシェルのおつむの弱さは俺次第でなんとかなる。
白兵戦なら上位魔族とも渡り合う腕前は貴重だ。
うまく使ってやるさ。
俺は付与術師――パーティーをサポートするのが仕事。きらめくものを持つのなら、この俺がうまく導くだけだ。