vs爆撃のエクスボーン(中)
ミッシェルの攻撃が容赦なく鎧戦士の装甲を切り刻んでいく。
その最中――
「あれ?」
ミッシェルがおかしな声を漏らす。
「鎧の中、誰もいない?」
直後だった。
半ば崩壊した鎧そのものが真っ赤に明滅する。
「お嬢さま!」
リノが叫ぶと同時、鎧が爆発した。
だが、さすがは野生児ミッシェル、すでに危険を察知して背後へと飛び退っていた。爆発は逃れたが――
「ミッシェル、足元!」
俺が叫ぶ。
ミッシェルの着地点には魔術陣が出現していた。ミッシェルが動くよりも早く、足元から何かがせり出してきた。
それは鋼鉄でできた大きな――人すらも入る大きな箱だった。
それは小柄なミッシェルの身体を飲み込み、上部についていたふたを閉める。
『むがー! ここから出せぇー!』
内部のミッシェルが箱をごんごんと叩くが、箱はびくともしない。その箱の下から、さらに大きな箱が出てきて箱をぱくりと飲み込む。
続いて箱が出てきて――
箱、箱、箱、箱、箱、箱、箱、箱。
次々と箱が箱を飲み込んで、重なった10の箱がミッシェルを閉じ込める。
「――ふふふ、計算どおりだ」
箱から伸びる影からずるっと人型の何かが出てくる。
金髪の若い男――だが、少しだけ人と違う部分がある。頭の側面に沿うように、牛のような角が伸びていた。
魔族の証拠だ。
エレオノールはミーサに化けていたので、その辺は得意の変化で隠していたのだろうが。
男が浮かべるにやにやとした表情が底意地の悪さを感じさせる。
「俺の名前は『爆撃』の エクスボーン。よろしく」
「貴様!」
リノがハンドガンを エクスボーンに向ける。
エクスボーンは余裕の表情を崩すことなく、リノを手で制した。
「おっと、忘れないで欲しいな。こっちには人質がいるってことを。俺がその気になれば、箱をボン! だ。10連発の爆発――お仲間も無事ではすまないぜ?」
「くっ……!」
リノはハンドガンを下ろさないが、引き金を引けないのは明白だった。
「そう、それだよ、へへへへ、そういう悔しそうな顔、最高にそそるねぇ?」
エクスボーンは満足げに言うと、俺に目を向ける。
「お前か? エレオノールを殺したのは?」
エレオノール――追放された俺の後を追いかけてきた女魔術師ミーナに化けていた魔族だ。
「……そうだが? どうしてわかる?」
「エレオノールが残した『マーキング』だよ。変装が得意なあいつは特殊な能力を持っていてね、魔族だけにわかる痕跡をつけることができる。俺はそれをたどってきたわけさ」
「……おいおい、マジかよ……?」
そんなものを残してくれるとは。なかなかやるじゃないか、あいつめ。
「安心しろ。もう消えかけている。それに、まあ、お前たちはここで死ぬんだからなあ?」
「仲間だったエレオノールの敵討ちにやってきたってわけか?」
「まさか! エレオノールを倒したやつを倒せば、俺の評価が高まるだろ? それだけさ。骨折り損にならないように確認したわけだ」
くくくく、とエクスボーンが笑う。
「どんな気分だ? 俺が魔術で制御していた爆弾鎧を本体と錯覚して――人質まで取られた気分は!? この俺の手のひらで存分に踊らされた気分は!? 圧倒的な不利な状況に置かれて、内心で右往左往している気分てのはどんなものか口にしてもらえないかなああああああ!」
……わざわざ言語化するとは、なかなか性格の悪いやつだ。
「……あまり気分はよくないな」
そして、俺はこう続けた。
「で、そっちはどんな気分だ?」
「は?」
「人質をとって、俺たちにマウントして、上機嫌な様子でベラベラと喋る。気持ちいいんじゃないか?」
「はっはっは! ああ、もちろんだ! 気持ちよくて気持ちよくて、たまらないねぇ!」
エクスボーンが大声で笑った。
「もっと悔しそうな顔をしてくれよ! むちゃくちゃ歪んだ表情でよオオオオオ! それが俺の気持ちよさを倍増してくれるからなああああ!」
「なるほど、こうか?」
俺は悔しげな感じで顔をしかめる。
「はーっはっはっはっは! いいねいいね! だけど、お前じゃ物足りないいいい! どうせ悔しがるなら美女のほうがいいなあ! そこの女、悲しげな顔をしてみせろ!」
「……あの、ルーファスさん。撃っていいですか、あいつ?」
「お嬢さまの命がかかっているぞ?」
リノが不快げな様子で顔をしかめる。
「いいねいいね! その顔のまま、ずっと俺を見てくれよ!?」
別にリノの表情の変化はエクスボーンの要望に応えたわけではなかったが、エクスボーンには関係ないようだった。
興奮する エクスボーンに俺はため息をつきながら言う。
「……実に性格が悪いな」
「最高の褒め言葉だね!」
「だけど、それが命取りだ」
「あ?」
「もう少し周りに注意を――耳を傾けるべきだったな。自分の勝利を過信しているから、足元まで迫った崩壊に気づかない」
「ああ!? 何を言ってやが――うぶぉ!?」
バンバンバン!
3発の銃声がエクスボーンの声を遮った。
リノの銃撃がエクスボーンの顔面を弾いたのだ。
「て、テメェ!?」
ぶん、とアストラル・シフトでエクスボーンの傷口が消える。
ばん!
容赦なく、リノがその眉間を撃ち抜いた。
再びアストラル・シフトしたエクスボーンが大声を上げた。
「おい、こらああああああああ!? ふざけんじゃねえぞ!?」
「……我慢の限界でした」
「まあ、間に合いそうだし、よかったんじゃない?」
「なに、訳のわからんことを言っていやがる! こりゃあ爆破コースだ! お前らのくだらねー悪あがきが仲間を殺したんだ!」
「はは」
俺は笑って、続けた。
「よく耳をすませて――お前さんのご自慢の箱に目を向けてみろよ?」
「はあ?」
しん、と静まった瞬間、エクスボーンの顔がゆがむ。余裕を失った目が箱に向けられる。
ガンガンガンガンガンガン!
実にうるさい音が箱の中から響き渡っていた。閉じ込められている人物が刃を振りまくっているのだ。
ギン!
外側の箱を貫いて、銀閃が走った。ぱっくりと亀裂が走る。10層の箱は、もうそこまで切り裂かれていた。
「な、なななな、なんだとおおおおおおおおお!?」
エクスボーンが驚いているが、実におかしな話だ。
重戦士の鎧をミッシェルはボロボロに切断したのだ。なのに、なぜ箱は切れないと思うのだろう?
「おしゃべりに夢中だからこうなる。ほうら、追い詰められたのはどっちかな?」
「くそ! 爆ぜろォッ!」
エクスボーンが絶叫するよりも早く、さらなる斬撃が走る。
切り開いた箱を蹴破って、ミッシェルが飛び出した。
「こんにゃろおおおおお! 倍返しだ!」
ミッシェルが叫ぶと同時、ごうん! と箱が爆発した。
赤く燃え上がる光景を背にミッシェルがエクスボーンとの距離をゼロに詰める。
「くっ!」
距離を取ろうとするエクスボーン、だが、それよりも早く――
ミッシェルの双剣がエクスボーンの身体を撫で切りにした。