攻撃力+999vs聖剣
俺たちは今、聖剣が眠るとされる聖なる祠の最下層にいた。
神聖であるはずの場所も魔王復活によって広まった瘴気の汚染は避けられない。
俺たちの前には瘴気が産み出したモンスター――牛の頭と筋骨隆々な肉体を持つミノタウロスが立っている。
こいつを倒さなければ、奥にある聖剣までたどり着けない。
「邪魔だ。どいてもらおうか!」
笑いながら、金髪の青年が剣を引き抜く。
勇者クルス、19歳――魔王を倒す使命を帯びた人物だ。
付与術師である俺はクルスのサポートを女神より依頼され、ともに魔王討伐の旅に出て半年になる。
そして、ようやく聖剣のある祠までたどり着いた。
魔王を倒すのに必要だと言われているが――
……いるのか、聖剣……?
そう思わなくもないのだが。
「おらあああああああああああああああ!」
血気盛んなクルスがミノタウロスへと襲いかかる。
ミノタウロスは迎撃しようと巨大な戦斧を振った。
「遅いぜ!」
クルスが笑いながらその一撃をかわす。
「はっはー! ミノタウロスといえど俺の敵じゃないな!」
距離を詰め、距離を離し。
クルスは小刻みな動きを駆使してミノタウロスを手玉にとり、すばやく斬撃を繰り出す。
俺が魔力付与したブロードソードで。
それがこの圧勝劇のタネだ。
難敵ミノタウロスを圧倒しているクルスだが、実のところ、クルスの実力ではない。
付与術士である俺が施した剣のおかげだ。
・強化/攻撃力+150
・支援/レベル30戦士――剣士
あの剣にはこれくらいの力が込められている。そこら辺の新兵でも熟練の戦士レベルの力が出せる代物だ。
なので、圧倒しているのはクルスの技量ではない。クルス本来の動きであれば、難敵ミノタウロスを相手にした瞬間、挽き肉になっているだろう。
弱者を強者に。
俺にかかれば雑兵も百戦錬磨。
それが俺の到達点――
極めし付与術士の力だ。
もちろん、付与しているのはクルスだけではない。
「「「いくぞおおおお!」」」
ミノタウロスに襲いかかる戦士2人と騎士――他3人の前衛職にもだ。
彼らもまだ実力不足――クルスよりはマシくらいだろうか。俺の付与術がなければミノタウロスの相手にもならないだろう。
……まあ、それはそれでいいのだろう。
俺が俺の仕事をしているからこそ、クルスたちは勝てるはずのない戦いをものにできるのだから。
俺としては物足りないが。
俺が前に出れば、あんな雑魚など――
感情が波打ったせいだろうか、俺の足が無意識のうちに前に出た。その瞬間、びきり、と身体に痺れが走って動きが止まる。
――前衛に出てくるんじゃねーよ、後衛!
クルスの声が俺の脳内に響き渡った。
前に立つクルスが叫んだわけではない。クルスはミノタウロスとの戦いに興奮している。
これは過去に下された命令だ。
「わたしと契約して、打倒魔王のメンバーになってよ!」
女神の依頼を受けたとき、俺には『女神の枷』という祝福がかけられた。これには『勇者の方針に逆らえない』効果がある。
パーティーを組んだ当初、前衛に出て敵を瞬殺した俺をクルスは目の敵にした。
「邪魔するな! 前衛に出てくるんじゃねーよ! 後衛!」
どうやら、目立てないのが嫌だったらしい。
それ以来、俺は俺の全力を出せないでいる。実に不快でうんざりするが、どうにも打つ手がない。
……何が祝福だ。実質、呪いじゃないか。
「マジックアロー!」
俺の隣に立つ紅一点の魔術師ミーナが叫ぶ。
低級魔術だが、そのひと声で10発を超える魔術の矢を打ち出す。かなりの使い手だ。
勇者クルスと彼ら前衛3人、俺、そして、このミーナが勇者パーティーの構成員だ。
「終わりだ、寝てろ!」
クルスの斬撃。ミノタウロスは断末魔の悲鳴をあげて地面に崩れ落ちた。
「よぉし! お前ら、もうすぐだ。急ぐぞ!」
クルスの言葉に従って奥へと進んだ。
やがて、俺たちはたどり着く。
祠の最奥に。
広間の奥には一本の剣が突き刺さっていた。
聖剣グロリアス――
「ついに見つけたぞ!」
興奮の声を上げながら、クルスが聖剣へと近づく。
柄をつかんで引っ張り上げると――
聖剣はあっさりと抜けた。
クルスは純白の刀身を天高く掲げる。
「あっはっはっはっはっは! やはり勇者の武器は聖剣と決まっている! ついに俺は手に入れたぞ!」
興奮に燃え上がる目がそのまま――半ば狂気のような輝きを灯して俺を見た。
……?
……俺を? なぜ?
クルスは聖剣の切っ先をそのまま俺に向けてこう言った。
「付与術士ルーファス! 聖剣が手に入った今、お前の力は不要! 追放だ! このパーティーから出ていけ!」
――!
あまりに唐突な展開にさすがの俺も意表を突かれた。俺だけではない。戦士たちも、え、と言葉を漏らしている。女魔術師ミーナは口元をきゅっと引き締めていた。
クルスが話を続ける。
「聖剣には付与術がかけられない――正しいか、ルーファス?」
「……ああ……」
俺はぽつりと答えた。すでに永続的な魔力が込められているものへの付与は難易度が高い。
聖剣ほどの逸品であれば『できない』のは当然だ。
「だろうなあ……!」
にちゃああ、とクルスが笑う。
「お前は普通の剣にしか魔力付与できない付与術士! であれば、魔力付与できない聖剣を勇者である俺が手にした今、お前がお払い箱になるのは道理ってもんだ!」
「……待て!」
そう叫んだのは戦士だ。
「クルス、考え直せ! お前は聖剣で充分だろうが、俺たち他の前衛職にはルーファスの付与術が必要だ!」
「はぁん?」
戦士の直訴をクルスが一笑する。
「悪いが、んなこたぁ、どうでもいいんだよ! なぜなら基準は勇者である『この俺』だからだ!」
全員が息を呑む中、クルスが言葉を続ける。
「このパーティーは俺が打倒魔王を果たすために結成された! つまり、要不要の判断は俺が基準となる! お前たちには付与術士が必要? 検討に値しない! 独力で俺をサポートできるだけの力を身につけろ! それが勇者の従者であるお前たちの務めだ!」
「ぐっ――!」
前衛職の面々が言葉を呑んだ。
クルスの言い分はまったく正しい。そこに心がないことを除けば。
勇者パーティーは6人までと決まっている。勇者が発する『理力』にはパーティー全体へのステータス上昇があり、その限界数が6人までだからだ。
つまり、不要とみなしたメンバーは早々と入れ替えることになる。
その映えある第1弾に俺が選ばれたわけだ。
クルスが口を開く。
「――というわけで、お前はお払い箱だ。わかってもらえたかな、ルーファス?」
俺は答えない。
感情があふれかえっていたからだ。
喜びで。
思わず笑いがこぼれる。
「ふふふ」
「ふふふ?」
「ふふふ、あははははははははははははははははははは!」
俺は大笑いした。
祠中に響き渡るような大きな声で。
これが笑わずにはいられるか? 勇者は俺をクビにした! クビにしてくれたのだ!
ようやく、クビに! 俺が願い続けた言葉を!
ひとしきり笑った後、俺はたじろくクルスにこう言った。
「ありがとう」
その瞬間、俺は確かに聞いた。俺の身体を縛り付けていた『女神の枷』が砕けて散る音を。
勇者の同行者として女神が俺に枷を与えたのだ。
勇者が俺をいらないと言えば、枷は効力を失う。
つまり、俺は自由になれたのだ。
ようやく、思うがままに動ける。
最強たる俺の、気持ちのままに。
こんなに喜ばしいことがあるだろうか!? クビにしてくれないかと願い続けた半年間、その願いが叶ったのだ!
「……はっ、おかしなやつだ。悔しい気持ちを隠したいのか? 気持ち悪い強がり方をするやつだな!」
盛大な勘違いをしたままクルスが吐き捨てる。
「こいつはくれてやる、もういらないからな!」
クルスは腰につけていた剣を外し、鞘ごと俺へと放り投げた。
俺が魔力を込めて強化した剣を――
音を立てて剣が俺の足下に転がる。
たかだか剣1本。無視してもよかったが、俺は拾い上げた。俺が魔力を注いだ剣だ。捨てられたのなら拾うくらいはしてやろう。
「ひどいやつだ。武器に恨まれるぞ」
「恨まれて結構! どうせその武器はここで終わる!」
言うなり、クルスが俺に向かって一気に間合いを詰めた。
「餞別だ、受け取れ!」
俺に向かって――否、俺が拾った剣に向かって聖剣を叩きつける。
ぎぃん!
金属音が鳴り響いた。
おそらく、クルスは俺が魔力付与した剣を叩っ切って、聖剣の凄さを見せつけたかったのだろう。
確かに、その刃は俺が持つ剣の鞘をたやすく斬った。まるで紙でも斬るかのように。
さすがは聖剣――
そう思ったが。
俺はあることを思い出した。
剣を拾った直後、俺は剣の魔力付与を自分用に張り替えていたのだ。
攻撃力+999に。
あ。
と俺が思った瞬間――何かがすごい音を立てて弾け飛んだ。
すっぱあああああああああああああああん!
「ははははははは! これが聖剣のちか――!」
叫んでいたクルスの言葉がぴたりと止まった。
俺が持っている剣は鞘が割れただけ。それ以外の損傷はない。
ところが聖剣は――
刀身の1/5を失っていた。その吹っ飛んだ切っ先はクルスの背後に転がっている。
折れた聖剣を見て、クルスが叫んだ。
「なんじゃこりゃああああああああああ!?」