王都
タイトル改名しました。
城壁に城壁に近づくにつれ、アルゴはそこに門があることに気付く。
見える限り、入り口はあれだけの様である。
「おい、あんた」
足を進め、城壁の内側に入ろうとすると、案の定、門番らしき人物に止められた。
アルゴは門番を警戒すた。
それも当然だ。仮にも戦時中。よそ者が門の内側に入ろうとするのだ。それを排除しようと、突然襲い掛かってきてもおかしくはない。
そう考えながら身構えるアルゴだったが、掛けられた言葉は意外な一言だった。
「その服どうしたんだ、ボロボロじゃないか」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
いや、理解はできる。確かに今アルゴが着ている服は決していいものではない。土埃で汚れ、所々破けたり穴が開いていたりとしている。
だが、何度も言う通り今は戦時中。着ている服に贅沢は言えない。というかそれほどの余裕なんてない。
「恰好から旅人なのはわかるが……。一体どこを通ってくればそうなるんだ?」
門番は眉間にシワを寄せながら首を傾げる。
「まぁいっか。あ、そうだ」
何かを思い出したかのように、一旦門から離れ、手に何かを持ちながら帰ってきた。
「ほら、これやるよ。ちょっと汚れてはいるが、服買うまでこれを着とけ。じゃないと色々と目立ちそうだからな」
そう言って渡してきたのは、黒いローブ。
「……戦時中だというのに、ずいぶんと親切なんだな……」
「はぁ? あんた何言ってんだ? ほら、とっとと通りな」
素直に思った事を口にしたが、門番は意味の分からないといった顔で、さっさと門を通してくれた。
「なっ、なんだ、これは――っ⁉」
門をくぐり抜け、城壁の内側を目にしたアルゴは、驚愕の表情を浮かべていた。
視界に映り込む光景が、信じられなかったのだ。
――活気で溢れかえっている。
その一言でしか言い表せなかった。
家族でお出かけしている者達や、手を繋ぎながら道を歩く男女二人組。
幾つもの店が並んでおり、そのどれもが繁盛しているように見える。
「これは『集落』というより、もはや『王都』だろっ――⁉」
驚きを隠せないアルゴ。
無理もない。アルゴにとって『王都』というものは、夢物語に過ぎなかったのだから。
「まさか、この戦時中の世の中で、こんな活気のある都市があったとは……」
思わずそんな言葉が零れる。
アルゴがいた土地は食べ物を探すのにも一苦労するのに、ここでは食べ物が売っている。
それだけでも十分驚きなのだが、この街を見て最も驚いた点は、道歩く大半の人が笑っていることだ。
アルゴは生まれてこの方、アリア以外の人が笑う場面を見た事が無かった。なにせ皆が苦しむ戦の世の中。心の底から幸せな、何気ない笑顔を浮かべられる者など誰もいない。
「……ここなら、情報を集められそうだな……」
これほどの人がいるのだ。《悲願の結晶》について何か知っている人も、多くはなくても、確実にいるはずだ。
そう思ったアルゴは、早速情報を集めるために動き出す。
だが、不意に足が止まる。
いい香りがするのだ。
思わず口先からよだれが出そうなほどに……。
食べ歩きの店は沢山見えるが、その中でも、最もおいしそうな匂いがするところがある。
思わず近づいてしまう。
「いらっしゃいっ!」
活気のある声で言われる。だがそれに対するアルゴの反応は……、
「あ、いや、あの……」
滅茶苦茶困惑し、固まってしまう。
いや、考えてみてほしい。もしも特に用もないけど、たまたま寄った店の中で「いらっしゃい!」なんて言われたら、何かいたたまれない感じにならないだろうか?
それにアルゴにとってこんな体験初めてだ。いつもならこういった対応はアリアがしていたのだから……。
「どうした兄ちゃん、突然固まって……、大丈夫か?」
アルゴの事を心配するようにかおをのぞき込んでくる店主。
だがアルゴは未だに体のこわばりが解けない。店主はそんな事を知るよしもなく、質問をしてくる。
「おっ、兄ちゃんのその恰好、もしかして旅人かい?」
ここでようやく体のこわばりが解け、緊張しながらも答える。
「えっ、えぇ、まぁそんなところです……」
それを聞いた店主は納得いったかのような顔を見せ、
「そうか! それはいいことだ!」
ニカッと笑いながらそう答えた。
「あ、あの」
ここでアルゴは本来の目的である訊き込みをしようと思ったが、突如「ぐぅうう~」という割と大きめの音でお腹が鳴り、アルゴを遮った。
「なんだ兄ちゃん、腹減ってんのか? ほれ、これやるから食え食え」
そう言いながら棒になにかを刺したものを渡してきた。今まで見たことがない見た目だが、食えと言っているという事は、食べられるものなのだろう。何よりそれを示すかのように、これからいい匂いが漂ってくる。
「い、いえでも、お金ないですし……」
そう、アルゴもお腹が空いてるし、食べたいのは山々だが、お金がないのだ。第一、これまでおかねを使った経験が片手で数えるぐらいしかない。そう思っていると、
「そんな事気にするなって。腹減ってんだろ? タダでやるから、これ食えって」
とんでもないことを言ってくる店主。
「えっ、いっ、いいんですかっ⁉」
「ったりめぇだろぅ。俺は兄ちゃんみたいな食って欲しくて、この〝ヤキトリ〟を作ってるんだからな」
そんな、どこか誇らしげな様子で言う店主。ここまで言われると、断るのも失礼な気がしてくるし、何よりこれを食べてみたい。
「じゃっ、じゃあ、いただきます……」
そう言い、このヤキトリと言うものにかぶりついた。
瞬間、未知の味が口の中いっぱいに広がる。今まで味わった事が無いほど美味く、鼻から抜ける優しく香ばしい香りもたまらない。
「う、美味い……っ!」
思わず心の声が漏れる。
「そうだろう、うまいだろう?」
どこか満足げに口角を二ッと上げながら言う店主。
「はいっ! 俺、こんな美味しいモノ、人生で初めてですっ!」
「へへっ。そう言ってもらうと、俺もうれしくなるねぇ」
ポリポリと指で鼻の頭を掻きながら、照れくさそうに言う。
すると直後、店主の目が柔らかいものになり、こんなことを言い出してきた。
「……こうしてうまいもんを食える世の中になったのも、全部〝魔神様〟のおかげだねぇ……」
「まじん……さま?」
あっという間にヤキトリを平らげたアルゴが、その言葉を訊き返す。
「何だ兄ちゃん。もしかして〝魔神様〟のことを知らねぇのか?」
「えっと、その……、は、はい……」
正直にそう答えると、店主は目を見開き、信じられん、といった様子でアルゴを見る。
「まさか〝魔神様〟を知らねぇ奴がいるとはなぁ……」
そう呟いて目を閉じ、「う~ん」と小さく唸りながら、こう告げる。
「俺は説明が下手だから、なんて言えばいいのか分からないんだがな……。一言で言うなら、この世界を救った大英雄だな……」
……うん、分からないです。
その説明を聞いてアルゴが最初に思ったことである。
「まぁ詳しいことが知りたきゃ、『冒険者ギルト』に行くことを進めるぞ? あそこはいろんなことが訊けるからな」
ヤキトリの美味しさにすっかり忘れていたが、その言葉で、アルゴも当初の目的を思い出した。《願望器》の情報。もしかしたらそれが手に入る場所かもしれない。
「そ、その『冒険者ギルト』って、どこにあるんですか⁉」
「ここの大通りを真っ直ぐ行って、右に曲がれば青い看板の建物がある。そこが冒険者ギルトだ」
アルゴが『冒険者ギルト』を見つけやすいように、特徴まで親切に教える店主。
それに対してアルゴは、ものすごい勢いで頭を下げて礼を言い、すぐにでも飛んでいきそうな勢いで走る用意をする。
「ありがとうございます! ここの食べ物すごくおいしかったです! いつかまた来ます!」
「おう、兄ちゃんみたいなのが来てくれるなら俺は大歓迎だ。走る時は気ぃ付けろよぉ」
「はい! 本当にありがとうございました」
そう言った瞬間、アルゴは冒険者ギルトに向かって駆け抜けた。