私の幼馴染が婚約破棄されたので、つけ込むチャンスです
「あなたとは婚約を破棄させていただきます」
貴族の令息令嬢の集う学園の卒業式。
突如としてそんなことを言い出したのは公爵令嬢ミランダ様。
公爵という立場をいいことに勝手気ままに振る舞う鼻持ちならない嫌な女……ゴホン失礼。
いけませんわね、淑女たるもの、いかなるときも礼節を重んじなければ。
でも私嫌いなんです、ミランダ様。
突然ミランダ様に婚約破棄を言い渡されて呆然としているのは私の祖父の姉の嫁ぎ先の旦那様の又従兄妹の孫にあたる伯爵令息アーネスト。
正直もう他人では? という感じなのですが、一応その縁で幼馴染をやっています。
もう一度言います。……他人では? 幼馴染になりようもないくらい他人では?
「み、ミランダ……ど、どうして……?」
「……わたくしには運命の人がいたのです!」
マジか、ミランダ様。
ああ、いけません。マジか、ってなんですかマジかって。淑女の言葉遣いじゃないです。
運命の人かー、そういうお年頃かー、いや、私たちもう学園を卒業する年ですよ、ミランダ様。
「だからあなたとは結婚できません! さようなら!」
「ミランダ……!?」
可哀想なアーネスト。
ミランダ様に手を伸ばしますがミランダ様はとっとと駆けていかれました。
足速いですね。
「……そんな」
「……大丈夫? アーネスト」
「エステル……」
うなだれていたアーネストが私の顔を見上げます。
「……笑ってくれていいよ」
「笑えないわよ……」
アーネストとミランダ様の婚約は二人が10歳の時、私の誕生パーティーで二人は巡り会いました。
当時、美少年、今は美男子になりつつあるアーネストを見て、ミランダ様は「この子、ミランダの!」と言いました。
公爵家と伯爵家、そのパワーバランスは一目瞭然で、アーネストには逆らうことなど出来なかった。
私が権力を振って横取りすることも考えましたが、そのような体裁の悪いこと出来なかった。
私がどれほど悔やんだことだろう。
先に唾を付けておけば、そもそも誕生パーティーに二人を招いたりしなければ。
「……アーネスト、あの、あのね」
その悔やんだ思いに決別するときが来たのです。
ここでアーネストに告白します。
傷心につけ込んでいるとか言われても気にしませんとも。
「私、私ずっと……!」
「ごめん」
早い。早いわ、アーネスト。
「今は……そっとしておいてくれないかい」
「あ、はい……」
そうして気まずい卒業パーティーは終わりました。
私は王都から遠く離れた実家まで帰ります。
アーネストともしばらく会えなくなるでしょう。
「はあ……」
「エステル様、本日15回目のため息です」
「数えてたの……」
久しぶりに会った侍女は冷静なまなざしで私を見据えます。
「もう、アーネスト様のことなどさらってくればよろしかったのに」
「山賊じゃないのよ!?」
私のことをなんだと思っているの!?
「おーい、エステルー」
そんな私の部屋の戸を叩く音となんとも気の抜けた声……。
兄です。
「今いません」
「いるだろう」
呆れた声とともに兄が勝手に部屋に入ってきました。
淑女の部屋をなんだと思っているのでしょう。
「ふたりきりの兄弟じゃないかそう冷たくするなよ、エステル。あ、それで、お兄ちゃん結婚することになったから」
「そうですか、おめでとうございます」
「心がこもっていない……」
というかどうして今まで結婚していなかったのです、お兄様。
一応我が家の跡取りのくせに……。
「お相手は?」
「お前の学友の公爵家のミランダ嬢」
「はあ!?」
「こらこら、淑女がはあ!? とか言っちゃいけません。手紙が届いてなあ、3年間文通していて……心が通い合って……これが運命の人かって……」
お兄様、あなたもですか。
「……手紙とか見せていただいても?」
「うん」
わあい。すごーい。嘘と虚飾のオンパレード。
学園での出来事でいかに自分がすばらしいかをアピールしていますけど、こちらの芸術賞のエピソードはヴェネッサ嬢の、こちらの学業優秀賞のエピソードはキャサリン嬢の、こちらの礼節賞のエピソードはジョハンナ嬢の……豪華エピソードのツギハギすぎてめまいがしてきます。
ミランダ様……あなたという人は……。
いえ、それ以前にこんなのに騙されるお兄様……。
「……ちょっと失礼しますね」
「うん?」
私は、お父様お母様の元へ向かいました。
見ていてくださいね、アーネスト。
あなたに恥をかかせた馬鹿野郎共は私がきっちり締めておきますからね。
たとえあなたが私をどうとも思っていなくとも……。
数ヶ月後、王都に私は再び舞い戻ってまいりました。
真っ先に向かうはアーネストの実家です。
「アーネスト!」
久しぶりに会ったアーネストは苦笑いをしていました。
「エステル……王女様」
「あら、エステルで良いのに」
「いえ、この度はおめでとうございます。母国の王位継承権第一位を得られたとか……いったい何が?」
「少し兄が馬鹿でして」
私は見聞を広める留学のためにアーネストの実家である伯爵家に幼い頃からお世話になり、隣国の学園にまで通わせていただきました。
……ミランダ様と来たら学園で一緒でしかない私の友だと謀って兄と文通を始めたみたいです。
王子様と結婚できる! などと浮かれていたみたいですね。
今のこちらの国の王族は皆様既婚者で次代の王位継承者はまだ赤ん坊とかですからね……。
おかげで私は年の近い友達がいるからという理由でアーネストの家に預けられたのですが。
私も別に王位継承権までほしかったわけではないのですが……。
ことの顛末を聞いた父王が兄にミランダ様との結婚と王位継承権どちらを優先するか迫ったところあっさりとミランダ様を取ったので、こうして私にお鉢が回ってまいりました。
「お兄さんはそれでよかったの?」
「兄は馬鹿……いえ、おおらかですから」
何だかんだミランダ嬢ほどしたたかで悪賢い女が相手の方が幸せにやっていけるんじゃないでしょうか。
『元々、王とか俺よりエステルが向いていると思ってたんだ。王領のひとつに広大な農園があるだろう? あれもらえるかい? あそこでのんびり羊飼って暮らすよ』
兄はわりと生き生きしていました。
悠々自適の王妃様ライフを夢見てたミランダ様は……悲鳴を上げていたそうです。
お可哀想に。
「というわけで、改めまして、アーネスト……わ、私……」
「好きだよ、エステル」
「はあっ!?」
「ほらほら、そういうすぐ動揺すると口調が荒くなるとこ直さないと、女王様になるならなおさらに。まあ、うちの伯爵家の一部の使用人の柄が悪かったせいなんだけど……」
「いえ、あの、なんて言いました?」
「好きだよ、エステル」
二度目です。
飾り気のない真っ直ぐな言葉に私の脳が混乱します。
次代の女王として威厳あるプロポーズをしに来た私が形無しです。
「……う、うう」
「……ずっとね、言いたかった。ミランダ嬢と婚約していたから決して口には出せない思いだと知ってはいたけど……そして今は次代の女王様か……手の届かないところにいってしまうね、君は……。本当に巡り合わせが悪いね、僕は……。僕は君をこんなに愛しているのに……」
「あの! あの、あの!」
「どうしたの、エステル様」
「奇遇ですね! 私もあなたに言いたいことがありましたの!」
「そうなの?」
「私と結婚してください! アーネスト! 次代の王配となって、我が国を支えてくださいませ!」
「…………」
アーネストが固まっています。
やがてその顔がほころんでいきます。
「……僕なんかで、良いのですか?」
「はい。あなたがいいのです。ずっとずっと、片思いだったのです。アーネスト様」
「ううん、片思いなんかじゃないよ、エステル。……愛しているよ、ずっと昔から、ずっと変わらず」
私たちはどちらからともなく歩み寄り、きつく抱きしめ合いました。
伯爵家の皆様に祝福されながら、私は山賊のようにアーネストを母国に連れ去りました。
これ以上、ミランダ様のような邪魔者が出てくるのはごめんですからね。
「そういえば、卒業パーティーの日、どうして私の言葉を遮ったの、アーネスト」
「告白は自分から言いたかったから……かと言ってミランダ嬢に振られた直後に君に告白するんじゃ、君の外聞が悪いかと思って……」
「あら、そんなこと気にしませんのに」
私はコロコロと笑いました。
「外聞なんて、あなたとの愛の前には何も気にすることはありませんわ」
かつて体裁を気にしてミランダ様との間に横入りできなかった私のくせに、いいえ、私だからこそ、そう言いました。
国民に姫様は兄上を追い出した外道な上に、隣国の伯爵の坊っちゃんを山賊のようにさらってきたなどと噂を立てられてももう気にしませんとも。
「そうか、愛しているよ、エステル」
「私も、愛しています、アーネスト」
そう言って、私たちは王宮の庭園の木の下で密やかにキスを交わしました。