第0話 拝啓、世界へ
━━世界は滅んだ。
今から十年前のことだ。
人智の及ばない圧倒的な力による破壊行為。それはもはや天災と呼ぶに値するものだった。
人口は激減、生き残ったもののほとんどが二十歳以下の子供だ。
後に『崩壊の日』と呼ばれる事になるあの日の惨劇はいつまでも語り継がれるだろう。
裂けた空から降ってくる赤い石の雨は建物を破壊し、多くの人の命を一瞬で奪う。
その亀裂から現れたのは空想上の生き物とされていたドラゴンと呼ばれる異形。そのバケモノがひとつ吼えただけで街が消し飛んだ。
━━これが終末か。
耳を劈く悲鳴と咆哮。
炎に包まれる街と黒煙が上がる空。
命あるものが一瞬にして塵と化す、そんな惨劇。
だが、そんな地獄も永遠ではなかった。
ドラゴンが亀裂の中に帰っていったのだ。
━━静寂が訪れた。
悲鳴も、泣き声も、何も聞こえない。生命の息吹すら感じることのできない世界が広がっていた。
それでも、カチリと歯車が噛み合うように、どこかで風が吹き、植物が揺れ、誰かの涙が地に落ちてやっと壊れた星が廻りだした。
そうして生き残った人間達は団結し、復興計画を立てた。
その筆頭となるのがミカエルという組織だ。
崩壊から十年、ミカエルは各国に支部を展開している。本部をアメリカに置いていて、世界を牛耳っていると言っても過言ではないほど力を持っている。
舞台はミカエルの支部の中でも異色を放つ日本支部だ。
日本支部は別名バベルと言われている。
名前の由来は最初にドラゴンの襲撃があった事で、東京湾に支部を構えている。バベルは大きくて赤黒く、ひし形のような形をした建物で、それが空に浮かんでいるのだ。つまり空中要塞である。
他の支部も地下にあったり移動式だったりと様々な形をしているが、共通しているのはその大きさだろう。どれも要塞と呼ぶに相応しい壮観な建物なのだ。
そしてどの支部も独自の発展を遂げている。
日本支部は三つの柱で成り立っていて、それぞれに重要な役割がある。
一つは司令部。これは読んで字のごとしだ。
ニつ目は技術開発部。
主に十年前に空から降ってきた赤い石、飛蒼鉛の研究をしている。
飛蒼鉛は別名『赤死石』と呼ばれ、赤く、ビスマス(蒼鉛)によく似た構造をしている未知の鉱物だ。
これはバベルの建物にも使われていて、とても汎用性が高いため重宝される。
そして三つ目、呼び名は違えど、どの支部にも必ず存在する中核、戦闘防衛部だ。
防衛というスタンスは崩さず、ドラゴンに対抗するための日本の要。各々が武器を手に、マナと呼ばれる飛蒼鉛の力を操って人の身でありながら神に近い存在に立ち向かう。
そして、この戦闘防衛部に所属するドラゴンと戦う戦闘員達のことを、ドラゴンスレイヤーと呼んでいる。
バベルに所属するドラゴンスレイヤーは約五百人。訓練中の非戦闘員を合わせると千人弱になる。
戦闘防衛部全体の平均年齢は十六歳前後。
死と隣り合わせの危険な戦場に、年端もいかない子供たちが送り込まれる。最年少は確かまだ十二歳の男の子だ。
そんな世界を変えるために、ドラゴンスレイヤー達は今日も戦う。
戦闘防衛部にはいくつかの部隊がある。
一人前のドラゴンスレイヤーとして部隊に配属され、戦場に出るにはいくつかの訓練を受けなければならない。
その訓練は基礎体力の向上から始まり、飛行訓練にまで多岐に渡る。
そしてドラゴンスレイヤーにとって重要になってくるのがエレメントというものだ。
これはマナの属性で、操る際の得意不得意があり、火、風、土、水の四つが確認されている。
訓練中にエレメントの適合が見られる場合とそうでない場合があるが、強くなるためには自分がどの属性かを把握することが重要となってくる。
そのそれぞれのエレメントに適合した中で一番高い能力を持つ四人に加え『空』という特殊なエレメントを有する一人を合わせた五人をペンタグラムと呼んでいる。
ペンタグラムの五人はバベル内で最も能力値が高い。日本の心臓。ペンタグラムの敗北は、日本の衰亡を意味する。
訓練を全てこなし経験を積むと上位部隊に配属されたり、ペンタグラムに選ばれたりする。一筋縄ではいかないが、訓練兵達はそれを目指して精進していた。
ペンタグラムはドラゴンスレイヤー達だけでなく、バベル中で尊敬され、神のように崇める者もいる。
ペンタグラムだってただの人間で、それもまだ十代の子供なのにも関わらずだ。
それでも、そんな偶像を崇拝しなければやっていけない、生きていけない、今はそういう世の中になってしまった。
終わりの見えない戦いに、身も心もすり減っていく毎日だ。
『崩壊の日』のトラウマは、皆の心の奥に残り今も蝕み続けている。
これから語るのは、この地獄を生きたもの達の伝記である。