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(中)

丹羽屋結城が偶然、不鹿島五十鈴とぶつかって彼女の元に就いてから、八年が経った。


不鹿島組というまるでヤクザもののような事務所で働いているが、別に極道で飯の種を作っているわけでもない。だが八年という時間では、神殺しというファンタジーがあり、細々とした資金繰りに精を出した。


「坊や」


ブラインドから差し込む細い陽が、薄暗い事務所を斑らに照らし、煤け舞う埃を浮かべる。


不鹿島組の顔である、不鹿島五十鈴は書類とおびただしい本の森の中心に棲息していた。まったく掃除もできやしない。三角巾を頭に巻いた結城が、その森をハタキで整える姿が日課だ。


「何ですか、お師匠様」

「今朝の新聞は読んだか」

「すみません、自分、文字が読めないもので新聞紙なんて読まないんですよ」

「昨日の朝刊読んでたの見たぞ、嘘を吐くな」


結城だって新聞くらい読む。つまりお師匠様こと不鹿島が何に気を惹かれたのかは分かっている。


今朝のことだ。新聞の、ほんの小さな枠で〈小さな村の土地神信仰〉の特集が始まって、連載一〇回目、しかもブームになっているらしかった。大学生のサークルが地方にも目を向けようと現地に足を運んでは調査しているとも。


「凄いぞ、よりにもよって、という研究対象ばかりだ。うちの調査依頼と被ってる」

「危ない土地神様ばかりを選んでいる、ということですか」

「無作為で選んだにしては、運が悪すぎる。下手に突いてたら、生きて帰れるか怪しい物件だね」

「白衣の国立大学ですよ、この記事のサークル」

「もう調べていたのか、仕事が早いね、坊や」

「情報の早い社会です、調べようと思えば、見つかるものは見つかるものですよ」


結城の一般的な情報収集能力を持ってしても、こと電子世界関連で不鹿島は黒星だ。不鹿島に機械分野を期待してはいけない。


パソコンのキーボードがカタカタと叩かれ、何をしているのかいまだにわからない不鹿島は、いつものようにモニターを覗き込み、もっともらしく結城と顔を並べた。


「お師匠様、鳥頭村までの高速バスの予約をとってるだけですよ」


ーー早朝。


バキバキと鳴る関節が、夜行の高速バスに苦情をあげる。思ったより遠かった、と結城が不鹿島を心配するが、彼女は慣れたものなのか、現地に到着してもまったく目覚めず、頰をけっこう強く叩いても目覚めず、ずっと寝ていた。


鳥頭村まで、ガイドさんのツアーに混じっている、凄まじく背の高い大女を背負っている男がいたら、それは結城だろう。


「重い……」と結城が背中に愚痴をこぼすと

「大変ですね」と美人のバスガイドさんに心配された。


「これから村入りまで、なだらかな道だと良いのですけどね」

「あはは……」


バスガイドさんは乾いた笑い。バスの止まる大型駐車場の外には、鳥頭村に続く道があるが、アスファルトで舗装されている筈なのに、土を被り、草が生い茂っていた。凸凹で平らには程遠く、オンロードと言うよりはオフロードだ。


「バスが多いですね」


結城は、バスガイドさんにバスの多さを聞いてみた。村という小さな土地にしては、大型バスが何台も集まっていて、どれもが満員だ。バスの頭には色々あるが、ツアー客であるらしい。


「土地神様ブームですか」

「はい。それもあるんですけど、蜂蜜工房とか、硝子工房、ハンドメイドの義肢や義眼職人などの技術を公開したのが当たったようです。手に職が流行ってますから」

「職能を身につけて、潰しが利くほうが良いのは今も昔も変わりませんけどね」

「でも、会社が教えてくれるんじゃなくて、会社員が自主的に、てのは変わりましたねぇ」

「バスガイドさんも、将来的には、て考えてたりするのですか?」

「大変よ、バスガイド。台詞覚えれば誰でもできることて思われがちだけど、色々考えてるんだから」

「お疲れ様です」


結城の頭が下がった。「あはは」とバスガイドさんはおかしかったのか、下がった結城の頭を笑う。


「私もこの村の出身なの。手足が全部あるから、一番顔の良い場所で仕事を貰えたけど……仕事て自分で選べないから大変よね」

「同じです。私も、今の仕事は成り行きでした」

「そうよねー。納まるところに納まるものよねー」


バスガイドさんはストレスが溜まっているらしい。結城はそんな愚痴を、不鹿島が目覚めるまで聞いていた。


「観光に来たわけじゃないからね、坊や」

「わかっていますよ、お師匠様」


村の神様を調査するには、それ目的の学生が多いこともあって、あちこちに足を踏み入れやすかった。


どこに行っても明らかに村人という人と、村の土地に辿々しい二つの人の姿が見えた。


村民よりも観光客のほうが多いのではないだろうか?


結城と不鹿島は違うがーーあくまでも個人という形だーー鳥頭村のツアーには、土地神様ブームでやってきた観光客も多くいた。神域の立て看板に多くの人集りができている。写真やメモ、スケッチを取っているのは、新聞にも掲載されていた文化系の学生が調査に来ているのかもしれない。


「お師匠様、学生さんが多いですね」

「呪われるぞ」

「学生さんを驚かさないでくださいね?お師匠様が本物なのは知っていますけど、お師匠様基本的にやってることはおかしいですから」

「例えばなんだい、坊や」

「式神とか封印とか、呪いとかです」

「坊や、ご飯のタネだよ、坊やの飯のタネも、私の呪いだ」

「呪いで食べるて複雑です……」

「いい加減慣れてくれ、坊や」


稲刈りをしている人達が手を振ってくれたので振り返したら、とてもフレンドリーに捕まった。大学生グループ達も巻き込みだ。紙芝居屋が、周囲の子供達を寄せ、話を聞かせているように話が始まった。


「鳥頭村と言えば、野九鳥様を知っておいて欲しいね。昨今は土地神様ブームなんだろう?学生さんは、文化人類学で来たと思うけど、うちの村の神様はちょっと変わってるんだ」


学生の一人が指差されて、


「学生さん?」

「はい。土地の神様を調査しに。あと、卒業論文の勉強です」

「いいねぇ、勉強熱心だねぇ、わざわざ足を運ぶとは」


村の人は揚々と村神様の話をしてくれた。


「うちらの神様は、まっ、何かにあやかってちゅーよりは、神頼みに取り敢えず呼んでみようと言うくらい気楽で、身近な存在なんです。不謹慎感があるけど、うちらの神様には間違いないんですけどね。よくしてもらっています」


「例えばー」と大学生グループの一人が聞いた。


「それは、自分の肌と耳で感じるのが勉強になりましょう。村の神様も、誰かに教えられた身姿よりも、自分で見つけてくれる方がいいと思っとる筈です」


土地神ブームとは、ありがたいのか不謹慎なのか。


結城には複雑な心理だが、忘れられた信仰を復活させるのだから、少なくとも神様には都合が良い、そんな気がした。


「神様と言えば神社ですよね」


結界に囲われた赤い鳥居を潜り、石の階段を登った先には、立派な神社がそびえていた。非常勤の神主も誰もおらず、猫の住処でしかない神社とは違う。


「立派ですねぇ」


枯葉が石畳を滑り、秋風が笹を抜けていく音が心地良い。風情を感じた。


「……」


だが、結城はその風流を上塗りするものと出会う。見た瞬間に目は丸くなり、鼓動は早まり、一つのことしか考えられなくなる夢中に染められる存在。


「おい、坊や」


一目惚れだった。不鹿島に脇を突かれても気にはならない。


美しい、巫女様が立っていた。


緩く結ばれた黒髪が、巫女の装束の襟にかかっていて、赤と白の袴で身を包み、白足袋に下駄を履き、竹箒で境内を掃除している。


「お嬢さん、こんにちは。私は丹羽屋結城と言います。一目惚れしてしまいました、私と結婚を前提にお付き合いし、良き一族の繁栄に生きませんか?」


巫女様の月色の瞳が、キョトン、と猫のように丸くなったが、猫程の興味を抱いているわけはなく、突然のことすぎて思考が止まっている顔を浮かべていた。


「坊や」

「今日はお泊りですからね、お師匠様」

「お泊りて苦手だ……家に帰りたい……」

「ワクワクしますね。お泊まり会とか好きです。温泉旅行も」

「家の風呂で良いよ」

「お師匠様は清潔すぎるし人見知りですよね、事務所だとゴミ部屋製造マシーンなのに」

「坊や、うるさい」


結城がインターホンを鳴らしたのは、普通のーー豪邸では?ーー民家だ。鳥頭村では民泊というシステムが採用されていた。旅館や民宿ではなく、お家に泊まらせてもらうのだ。


結城と不鹿島が泊まらせて貰ったのは、笹渡家であり、結城が一目惚れした巫女様の家でもあった。


「笹渡、て言うのだそうですよ、お師匠様」

「良かったな」


「どうしましょう!?」とお師匠様の体を揺さぶる結城の目は、隣家に入るグループを見た。バスツアーでやってきていた、学生グループだ。彼らも、泊りで活動しているようだ。


民泊と言っても、他のツアー客の宿と離れているわけではない。お隣であるとか、全員が歩いて数分以内の距離に纏められていた。棚田で家が離れている場所が多いのに、結城達が泊まる周辺だけ密度が高い。


夕暮れに見た顔ぶれは、誰もが駐車場で見たか、村の土地で観光していたグループの面々だった。


「屋敷だな」

「屋敷ですね」


巫女様ーー私服!ーーの案内で、厠や風呂などの場所を教えて貰う結城と不鹿島だが、どれも二個以上あることに「豪邸だ」と言葉を裏打ちした。


「私服姿も、美人ですね、巫女様」

「あは……その、照れます」


笹渡家の案内では、壁や棚に、西洋の映画よろしく剥製や猟銃は掲げられていなかったが、替わりに刀や槍が飾られていた。


和風日本だ。


「日本ぽい?」

「お師匠、ジャパニーズソードだけで日本決めつけるのやめてください」


御食事は、巫女様の手料理で、純和風……とは言えそれは、精進料理などではなく、また懐石料理のような込み入ったものでもなく、魚の焼き物、味噌汁、漬物、白米と玄米が半々の米などシンプルで、おかわり自由な……お腹いっぱい食べられるものだった。


「同衾嫌ですよ、お師匠様の裏拳で鼻を折られますから」

「失礼な奴だな、坊や、お前。夜這いしてきたらその腕へし折ってやる」

「まっ!まっ!空き部屋がありますから、今夜は別々に寝られますので……」


リビングでの話のタネには、『野九鳥様』が中心になってくれた。


巫女様も、昨今の土地神様ブームで聞かれることも、話すことも多いのだろう彼女の知識には、結城が欲しい全てが詰まっていた。


「……」


結城が鼻の下を伸ばして、巫女様にメロメロになっていた団欒も終わり、お風呂に入って就寝についた夜。


結城は、深く、柔らかな良い匂いの布団の中から、廊下が軋む音を聞いた。軽い体重、音も消してない、不鹿島がトイレに出た足音とは違った。


結城が布団を敷いた部屋の障子が、静かに開けられた。僅かに差し込む月光が、入ってきた者を朧に写し取る。薄手の生地の服は、彼女の輪郭を弛みなくフチ取り、血色を感じる肌を透かしていた。


「夜分に失礼致します」


三つ指をついた女性の声は、巫女様の声であり、褥の空を引きながら、月光に透かされる肢体が起き上がる。


「どうなされましたか?」

「お夜伽に参りました」


巫女様は三つ指から顔をあげることなく、滑らかな口調で話した。


「そうですか」


結城は、巫女様を布団に招き、巫女様もそれを拒絶しない。人肌恋しくあった夜だ。結城は人肌で安らぎ、大好きな人を隣に夢の世界の深みへと眠りついた。


「……えっと、丹羽屋様……?」


ーー快眠で気持ちの良い朝。


結城と不鹿島が朝食をいただいて、調査に向かおうと玄関を出た先には人がいた。


鳥頭村の住人のガイドが付くそうだ。土地神様の案内には現地の人が最適なのだろうが、どことなく、監視されているような雰囲気があり、しかし小さな村に何人も外からやってくるのだから精神を使うのも無理はない、と結城は考えた。


「ガイドさんがいてくれるのと、いないのでは、迷う確率が段違いですよね、お師匠様」

「坊や、これは監視じゃないのか?」


不鹿島は人見知りだ。よく知らない村人のガイドに対して警戒心を解くことはなかった。


土地神様ツアーと、民俗学か何かの論文を書く為に現地入りした、男ばかりの大学生グループに会った。会ったのは初めてではないがーーバスが一緒だーー話をするのは初めてだ。


彼らは其々のグループ内で集まっては、コソコソと話しあい、フィールドワークには出ずに、民泊に使った家の近くでゆるりとしている姿が目立った。


結城が不鹿島に背中を押されたので、「お前が行け、と言われたのと同じだ。共通の話題だろう野九鳥様について、この大学生グループに話題を振ったのだが……


「そ、そうっすね」


要領のない生返事しか返ってこず、誰からも身のある前知識が聞けなかった。「忙しいので」と宿の家へと帰る始末だ。


「?」


野九鳥様は、調査しなくてよいのだろうか、と結城は小首を傾げた。


「なんだアレは、アレが調査に来た顔かね」

「お師匠様、聞こえますよ」


不鹿島はただでさえ背が大きく目立つ上に、小声で話すということを知らないのかと、大きな声で話す。大学生グループに丸聞こえだ。


「別行動をしよう」

「お師匠様、一人は心細いです。万が一があったら、お師匠様はともかく、私は神隠しされちゃいます」

「ヌルいこと言わない!独り立ちの為にも荒波に揉まれないと」

「死にますね……」

「死なないように考えて」

「了解です」


不鹿島の命令で別行動をとった結城はーー俺は大学生としてツアーに参加しているんだーー他の大学との交流を図った。


男が多い印象だ。女は極端に少ない。そして昨日まではどのグループも仲が良かったのに、一夜明けた今日は、女達が妙に余所余所しいか、軽蔑の目で男達を見ているのが気になった。


どれだけ気さくに話しかけても、大学生グループから何を研究しているのか、どこを調べるのか、今のレポートの状況などは、誤魔化されて聞き出せなかった。


結城は一応、大学生で、論文を書く為に鳥頭村に調査に来ているという体なので、裏打ちの為に論文を書いてはいた。調査記録もだ。


「……パクられると思われたのでしょうか……」


結城は、どの大学生グループからも弾かれて一人、鳥頭村を放浪していた。少し足が疲れ、適当な石垣に腰を下ろす。


ただこの石垣が妙だった。掘り下げた道になっていて、両側の土が崩れないよう補強されているのだが、その道はまるで塹壕線のように複雑に連結されていて、単なる歩道とは違いそうだ。


「?」


結城に影が落ちた。


見上げれば太陽を背に、結城を見下げていたのは、腕のない男の子だ。幼く、まだ少し女の子のような雰囲気を残す子供だった。


「こんにちは」


結城は男の子が慌てて振り返って逃げようとして、初めて、彼には左腕がないことに気がついた。彼は驚き振り向いたせいでバランスを崩し、もつれた足が顔面を地上へ招いたが、


「おっと危ない」


石垣を素早く登り、距離を無くした結城が、転けようとした男の子を抱いて防いだ。


「あ、ありがと」


男の子は、やはり、村の子のようだ。


結城が持っている数少ない共通の話題は、野九鳥様くらいだ。


「俺、野九鳥様て好きじゃない」

「ほう、村の神様でしょ?どうして」

「だって俺の腕をこんなにしたのは、野九鳥様だもん」


男の子が無い腕をひらり、ひらりと流す。


「そうなのですか?」

「うん。いつも言われてる。お前の一族は、村を出ようとしたから、手足を失ったんだって。面と向かってじゃないけど」


男の子は、顎で指し、その先には病院か、あるいは老人ホームのような大きな建物があった。大きな町の病院並みに、設備が整えられていそうな、小綺麗すぎる病院だ。


「俺だけじゃなくて、皆んな、どこかしら無いんだけどさ」

「皆んなですか」

「うん、皆んな。手だったり足だったり、目とか、臓器とか。呪いて言う爺ちゃんや、祝福て婆ちゃんいるけど、俺は呪いだと思うな」


何百年もの間、鳥頭村では四肢や臓器などの欠損が生じる障害児が産まれているのだそうだ。


鳥頭村には大きすぎる病院も、障害者の人数的には充分な規模なのだそうだ。


なぜ、障害児が……それも脳や神経系ではなく、四肢や臓器などに限定された障害が多発しているのかはよくわかっていないのだそうだ。


結城は病院での聞き取りメモを眺めながら、思考した。


「風土病か?」


結城はメモに目を落とす。


風土病は、かつて関東平野で猛威を振るっていた日本住血吸虫のものと似ているのだそうだ。貝を中間宿主として、体内に寄生しては悪さをする。幸い死にはしないそうだが、体の極一部、または多くを失い障害を残すのだとも。ただ……何十年も前に根絶された、らしかった。


(汚染地帯を大々的に解放するわけもないですよね)


鳥頭村には、小さな村には不釣り合いなまでに施設が充実しているのは、土地柄、四肢欠損の障害者が多いからだろう。多いからこそ、無い者達に合わせた社会と働き場所や気遣いがあり、住み易い土地なのだそうだ。


「風土病ねぇ。爺さん婆さんの時代にはあったらしいけど、あたしらの時代じゃ絶滅したって話さ。そもそも、手足がない村人てのは、病気の前から多かったようだね」

「と、言いますと?」

「“いくさ”だよ。義手義足が特産品の時もあったらしい」


風土病の前から、鳥頭村は兵隊の出荷で金を稼いできた歴史があり、稼業を起因とする手足の障害が多かったようだ。明治政府になってからは、傭兵的な側面は裏社会、ヤクザものやら用心棒やらの需要に応えていた、というおっかない話もあるそうだ。


村人を怒らせることは、やめておいたほうがよさそうだ。指を詰められるだけでは済みそうにない。


「報告は?」と民泊の宿ーーつまりは巫女様の御実家ーーで合流した不鹿島が前置き無しに聞いてきた。厳つい目つき、本気仕事モードだ。


結城は書き取ったメモを確認しながら、調査した結果を伝える。


ーー夜、結城が不鹿島と離れると、巫女様がやってきた。


「丹羽屋様……今夜、そして夜はこの襖より先には出ないでください」


「どうしてですか」と結城が訊けば「御身の安全の為でございます」と言われた。


「壁に耳あり障子に目あり。丹羽屋様と不鹿島様が、村に災いを招く為に来たのでは、と話が上がっています」

「災い、ですか……」

「はい」


結城は思考した。まだ野九鳥様殺しで来ていることには気がつかれていないが、怪しまれている。時間は味方ではなく、敵だ。


「わかりました。誤解なきよう、気をつけます」

「申し訳ありません、ありがとうございます。それと……」

「今夜もよろしくお願いしますね?」


天井に目があるのには、結城は気がついていた。結城が巫女様を抱くか監視しているような目だ。


結城は今晩も、巫女様を抱きしめ寝はしたが、それ以上のことはしなかった。


性欲を抑えつけるだけの理性が、可能性の恐怖に震えていた。


「温かいですね」

「その、ありがとうございます?」


耳を澄ませば、隣家から物音が聞こえた。くぐもった呻き、僅かな走る足音、明かりは点いていない。


ーー翌朝。


大学生グループの一つが消えていた。どうしたのか、と不鹿島が聞いて村ガイドから返った答えは


「彼らは食あたりを起こしてしまいまして……昨夜のうちに救急車を呼んで、市内の大きな病院に向かって貰いました……申し訳ありません」


ほのかに、隠しきれない血の匂いが服に染みていた。


不鹿島は鼻をしかめ、顔を隠しはしていなかった。

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