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『最果ての自堕落生活』

『最果ての自堕落生活』



「あなたに欲しいものなんてあるの?」


唐突に、歩いて話していたらそう聞かれた。


「そうだな、ノーベル平和賞かな。」


自分はそう君に答えた。別段何の空想もなかったし、これ以上の答えは見つからなかった。すると、こう言う。


「あんたポンコツの中のポンコツだよ?」


その問いに、こう答えた。常に、冷静に。


「そうさ、ポンコツさ。だけど、ポンコツにだって生きる権利はある。現に君とは平和条約じゃないか、それが退屈なら、戦争が始まるよ?」


何を今更、といった表情で、少し微笑みながら、君は少し引きつって、


「そんなこと聞いてるんじゃないんだけど、まあ、でも、ごめんね。」


そうして、謝られると、咄嗟に、


「でも、ポンコツだよ。全てがポンコツだよ。」


と答えた。だいたい、ポンコツの意味すら正常には理解できていないこの自己世界で、自分は頭を回転させて、自分の思考を客観視して、いつも君に述べる。



世界は割と、現代になるに連れて、平和指向だ。それは、単純に、大切なことだと思う。戦争という破壊を知らなければ、平和も知らないなら、戦争の映画を観て、その悲惨さを視覚して、多くの試練を、平和へと乗り越えて行けばいい。そんな考えは、どこかの辺境にいる住民だって理解してくれるはずだ。動物が本能のまま生きるのに対して、人間には知恵があるじゃないかと思うのだ。一瞬の空想論で片づけるには勿体ないと思うほど、自分の自堕落生活は、さえている。

一度も止まらずに、紅茶の入ったペットボトルを片手に、公園を何周も回って、それも音楽を聴きながら、そうして、出会う人には、絶えず平和条約を結んでいくというこの怠けた生活が、一体誰に侵害されようか。


まるで、人生を達観した錯覚で、最果てを歩く様に、誰かが自分を見つけたら、そんな人生の最果てだったと理解してくれ給え。



遠くの最果てを見ていると、途端に自身が消え失せた。しかし、消え失せたことが何かを創造する衝動を作っている。


カップラーメンと、レトルトカレーの生活になってから、自分は以前の自分から、より芸術的な様だ。まさに、芸術家、といった、ある種の異質な精神状態になったが、いつでも、少し気に入った服を買って、思想さえ整えれば、いつものポンコツへと戻れるようにはしている。


最近は人と会話することが減って、何か自問自答しているような生活だ。それでも、あのカップラーメンのコクのあるスープと、レトルトカレーの少し辛い味さえあれば、だいたいの事は無事にしのげる。世界が戦争でも、この一瞬の、この時間のこの空間だけは、ノーベル平和賞なのだ。


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