王女、自由を祈る。
「ふう、今日はここまでですかね」
里を出て1日が経ちました。山道は全て下り、目の前には少しだけ建物が見え始めていた所でした。辺りは既に暗く、雨雲が立ち込めている状況、いつ大雨が降ってもおかしくない状態だったので、どこかの宿で一息つこうとしている状況でした。
「・・・やはり、まだ続いていますか」
それは、とある建物の壁に貼り付けられた一枚の広報紙でした。
『王都リンク、隣国のツリー公国へと進軍する』
私の祖国が、他国へと宣戦布告をしている内容でした。
祖国を追い出された直後、あれほど戦を嫌い、平和を愛した父が、戦の鬼になってしまったことを証拠づける内容でした。
私が亡命して二年、祖国は今も戦乱の渦に巻きこまれています。他国を根絶やしにし、土地を制圧していく中、住民に与えられる領地はごくわずか。苦しみにもだえていく様はただの地獄絵図。あの日の光景は一生忘れられません。
城を抜け出し、よく遊んでいた友や、その両親。商人の方達が領主の下を訪れ、泣きながら食べ物を強請る姿。青ざめた表情で謝罪と土下座を繰り返す顔見知りの領主。それを見て、体が震えた。しかし、何もできなかった。
何も出来なかった私が死ぬほど憎かった。
王の信用を得られていれば、少しでも早く政治に関わることができていれば、私に力があれば。今でも昨日の事のように思い出す瞬間。そして、ふと思うのです。
どうして私は生きているのだ、と。
彼らの代わりに私が死ねば国は救われるのではないか、王は元に戻ってくれるのではないか。仮にも昔王族であったのに、生活に困窮している民を誰一人として救えていない私に生きる資格はあるのか。
今ここで、自分の居場所を探してもいいのか。
「・・・怖い」
私に味方はいない。どうしたらいいかもわからない。
今目の前に映る暗雲のように、私の人生も真っ黒に染められてしまうのか。
「・・・薬を飲まなければ」
防護服に備わっているポーチから精神安定剤を取り出す。それをわずかに残った水筒の水で無理矢理口に流し込んだ。そうすることで、パニックになってしまった精神を落ち着かせるが、過呼吸ぎみになってしまい体からどっと力が抜け落ちた。
「・・・本当、どうしようもないですね」
地面に出来上がった水たまりが、私の顔をわずかに映す。
「死んだような顔、デュバルさんにはこれが映っていたのかしら」
防護服からでもはっきりと映る私の顔。勝ち気に溢れていると、道行く人に言われた姿からはとても信じられない、いわゆる生きた死人のような姿だった。
「・・・誰か、助けて」
風と共に散っていった私のかぼそい声は、タイミングよく振り出した雨音と共にかき消される。誰にも届きはしない。
わかっていたことだった。
これは全て自分の力量不足、そして恐怖心が生み出したトラウマ。しかし、人の絶望を私が気を負う必要もなければ、救う必要だってない。なぜなら私は国を追放されたのだから。
それでも思ってしまう。
国に裏切られたとはいえ、果たして共に笑っていた友を、世話になった人を見捨ててよかったのか。
消えゆく意識の中でただ一つだけ祈る。
「・・・自由になりたい」