王女、心の中で誓いを立てる。
さて、皆さん。魔法工学というのはご存知でしょうか。
この世界では魔法というものが存在し、常に人と共に存在しています。それは、この世界が戦乱に満ちていたから魔法という技術が生まれたのか、それともある学者が提唱した通りに精霊の加護を受けた人間の祖先が繁殖を繰り返した結果なのか。
魔法の起源については定かではありませんが、今この世界では物理、化学と共に魔法工学というものが三すくみで存在しているということ。戦だけでなく、炊事、洗濯、イベントを盛り上げる為のエフェクトなどいろいろな場所で魔法というものが使われているのです。
城にいた時も私は当たり前のように使っていました。
手を洗う際、洗面台へ向かうのが面倒な時は自分の水魔法を使って汚れを除去したり、城を出てサバイバルのような生活をしていた時も、肉を焼くのに火魔法を使ったりして飢えをしのいでしました。
そんな魔法ですが、実は人々は魔法の性質についてあまり良く把握していません。“なんとなく”使っている人が殆どなのです。声を出す時、方法なんて知らなくてもなんとなくで声を出すことは出来ますよね。それと同じで、覚えた詠唱に対し、何となくのイメージを照らし合わせることで魔法を発動しているのです。
そんな“なんとなく”について根拠、理論付けをしているのが魔法工学というもの。城に在中している教師のほとんどの授業は面白くありませんでしたが、唯一この魔法工学が私にとって勉学を楽しいと感じさせてくれるものでした。
ただでさえ娯楽の少ない城内。教えられるのは上に立つ者のあり方と、人を統べる為の帝王学のみ。金はあっても、自由はない。という言葉の代名詞こそが王族。そんな環境だったので、魔法工学に打ち込むのも自然だったのでしょう。
気付けば私は、魔法工学の権威として王女である身ながら一魔法工学の教授として教鞭をふるうことになりました。だから、私よりも年上の方々が必死に教えを乞う光景はいつ見ても絶景でした。王族とは、権威のみで生きるものだというのが世間の常識ですからね。意地汚い思考だと思うので墓場まで持っていく秘密ですが。
魔法工学の教授という称号に関しては私自身の才能で生み出したもの。
私だったから出来た事、それが私にとって何よりも嬉しく、そして私の唯一の尊厳でした。
それも、あの日の出来事によりほぼ全てを失ってしまったのですが。
「ふぅ、果たしてあの機材はちゃんと残っているのでしょうか」
今私は、必死の思いで到着した黄泉の国を抜け、外界のある場所を目指していました。
黄泉の国からは1、2日程かかる場所で、険しい山道を抜けた先の小さな里です。やはり人目にはあまり触れられない場所になりますが、そのお陰か身分を語れない私でも受け入れてくれる心暖かい人たちが私達を出迎えてくれます。
玉に傷なのが、偶に訪れる私をここに住まないかとラブコールを送ってくれることですが。
「ルシーナか? 随分とまあ久しぶりじゃないか!!」
そう言って現れたのは、かつて私に魔法工学を教えてくれた祖の、デュバルさん。
この里に住んでいて、城を離れた今では里で学校の先生をしているそうです。
「お久しぶりですデュバルさん。しかし、よく気づきましたね。防護服を付けながら歩いていたというのに」
「そんなキテレツな風貌をするのはお前しかいないだろうに。銀色の潜水服を付けた人間が山の付近をうろついていると聞いたからな。真っ先にルシーナだとわかったぞ」
不審者扱いに少ししょげてしまうが、潜水服ってアレですよね。僅かな除き穴を携えた丸い鉄製ヘルメットにぶかぶかの一張羅。・・・否定できないのが悔しいですが確かに私の風貌は潜水服と言わざるを得ない。
「まあ、お前の場合は機能性しか考えずデザインをないがしろにする傾向があるからな」
「随分と傷口を抉るのですね、こう見えても結構悩んでいたというのに」
少しふてくされた私に、カッカッカと豪快に笑う彼。
仮にも王族として美については叩き込まれた身分だというのに。そんな幼少の努力を「センスがない。」の一言で片づけられていた私は、当時相当悔しがっていたことを覚えています。彼は良くも悪くも裏表のない人でした。思った事ははっきり言う、オブラートなんて辞書には存在しないかのように。
そんな彼が当時嫌に嫌で担当を変えてもらおうとしましたが、今となっては唯一といっていいほどの友人となってくれているのだから不思議なものです。
彼は、私が王族を追い出されたことを知りません。しかし、私に何かあったのだろうとは感づいています。王族である身分の私が城外をうろついているなんておかしいですものね。
いつかもし、真実を伝えられたならその時はお酒でも交わして、本当の友達としてデュバルさんと向き合えたらと思います。
恥ずかしくてとても言えませんが。