第三話 おじさまと淫魔
「あの~、ミソラさん。ちょっといいですか?」
現在夜中、場所はミソラの寝室。扉の開閉はなし。なのに、何故かいるキッシュ。
ベッドに腰をかけ、読んでいた本を閉じようとしていたところに声をかけられ、油断していたミソラは少しだけ苛立った。
「……そうでした、貴方一応淫魔でした。夜這いの能力くらいありましたね。油断しましたよ」いつものにこやかな目元は、今はほんの少しだけ開いてキッシュを睨んでいる。
「いあ! いや、そういうんじゃないですから! 用があったのでちょちょいっと入らせてもらいましたけど」
「今度やったら図書館の使用を禁止しますので気を付けてください」
「それだけはっ……ごめんなさい」
しょぼんと反省しているようだが、彼の場合うっかり忘れかねない。魔法で行動を制限させようかと一瞬考えたが、それは次やらかしたらということにしてあげようと思う辺り、なんだかんだで自分は甘いなと、ミソラは思うのだった。
「というか貴方、ここに夜這いに入れるのであれば普通に淫魔としてやっていけるのでは?」
「いや……無理やりとかそういうのはちょっと……ちゃんと段階踏みたいなあって……」
この淫魔。淫魔としては邪道であろう、実に真っ当な倫理観を持っている。そのせいでとても面倒くさいことになっているのは自覚しているのだろうか。
「……それで、こんな夜中にどうなさったのですか」
「えっと、あの、その、あう……その……」
「十秒以内に答えなければ尻尾を引っこ抜きます」
「リリララ様にお礼がしたいのでアドバイスが欲しいのですすみません!」
そんなにあうあうあーするような用件だろうか? 女性相手でなければ多少マシではあるが、それでも女性案件の話となると挙動不審になる様子だ。先が思いやられる。
ただ、女性関連の話で挙動不審になっているだけではなく、寝る前のミソラから放たれるプレッシャーが怖いのも原因ではあるのだが。
「まあ、よいのではないですか。コミュニケーションの一環としてはいいきっかけですね」
「そう、ですよね! せっかくリリララ様に協力してもらえるんですから、俺がちゃんと頑張らないといけないと思うんです」
自分を助けようとしてくれたリリララに対してかなりの恩を感じているようで、キッシュ自身も意気込んでいるようだ。
「まあそう気張らずに。相手はしっかりしているとはいえ、まだ幼い少女ですよ。私とはそれなりに話せるのですから、落ち着けば問題ありません」
「いやミソラさんは男ですもん……全くときめかないので平気ですけど、リリララ様はなんていうかこう、童話のお姫さまみたいで眩しいんですよ」
「それはまあ、わからなくもないですが。その辺りは慣れでしょうね。直接話すのが難しいのであれば、交換日記でも始めてみたらどうです?」
「なんと! ナイスアイデアですよミソラさん!」
今までで一番活き活きとした声だ。心なしか顔色もよく見える。ミソラ的には適当に言ってみただけなのだが、案外今の彼には丁度良いミッションかもしれない。対面だとまた気絶しかねない。
どうやら早速イメージトレーニングを始めたらしく、何やら小声で呟きながらペコペコしている。交換日記を渡す練習だろうか? そういうのは自室でやりなさい。
「と、そうです、これじゃお礼とはちょっと違う気がしますね……」
「交換日記の内容で好きなものややりたいことなどを探ればよいのでは? それまでに何かしら渡しておきたいというのであれば、栞辺りはどうでしょう。交換日記にも使用できますし、普段使いも可能です」
「ジーニアスッ!!」
この淫魔、大丈夫だろうか。テンションが上がり過ぎてまた倒れたりしないだろうか。
彼に限った話ではないのだが、ミソラに関わる魔族はどこかおかしい。他の魔族ほどではないにせよ、もともとはそれなりに好戦的な種族のはずなのだが、なぜこのような善良な魔族に育ったのだろうか。
それを言ったらリリララの六歳児らしからぬ立ち居振る舞いも不思議ではあるのだが。
「ありがとうございます! さっそく日記帳の手配と、栞の作り方を調べてきます!」
「お役に立てたならよかったです。ただ次は無断で入らないように」
「ハイ! スミマセン!」
元気よく返事をすると、壁に溶けるようにして消えていった。ドアを使ってほしい。