星空の楽譜書き
僕はしがない作曲家。いろいろ曲を考えては作ってみるけど、一向に売れない。
今日は野菜を買いに街へ出てきた。レンガが敷き詰められた道は、やっぱり歩きやすくていいな。
ぽく、ぽく、と僕の歩くのに合わせて、ウッドブロックが拍子を打つ音が響く。僕の体が、その拍子に合わせて揺れていた。
街の真ん中にある市場には人がたくさんいて、僕もみんなも拍子をとって歩くことなんてできない。不規則なたくさんの音は、バイオリンだったり木琴だったりする。呼び込みの人の声は、トランペットだ。
買い物を終えた僕は市場を出て、街はずれへと歩く。森の方から風が吹いてきて、オーボエの音色を奏でる。
曲ってどこかにあるのかな。それともどこからか生まれてくるのか、湧き出てくるものなのかな。
街はずれの写真館の前で、僕の足が止まった。ケースに飾られた一枚の写真は、暗幕のようなものにたくさんの白い線が虹の形を描いたものだった。
「やあ、作曲家くん。その写真、いいでしょう」
いつの間にか、写真館のおじさんが僕の隣にいた。お店の邪魔をしちゃったかな。
「その写真は君の家の近くで撮ったんだけどね、何だかわかる?」
のんびりとおじさんが僕に問いかける。見当もつかない僕は、黙って首を横に振った。
「星空をね、長時間露光で撮ったものだよ」
知らない言葉に目を白黒させた僕に、おじさんは優しく写真のことを教えてくれた。そして僕の家の近くの丘を、星空がきれいだとほめてくれた。
家に帰ったころには、空は茜色に染まっていた。巣に帰る鳥が空に点々と浮かんで、でも方々に向かうそれはおじさんの写真のようではなかった。
夕ご飯はくつくつ煮込んだポトフにした。食器をかちゃかちゃ鳴らして洗った僕は、星明りを頼りに丘に登った。
木に遮られない満天の星空。あれをずっと見ていれば、おじさんの写真みたいになるんだって言ってた。あの、楽譜みたいな写真に。
星空に、曲が見える。僕は星空を見上げながら、鼻歌を歌った。星々の音符を、写真の五線譜に乗せて。
カエルが、コオロギが、フクロウが、一緒に歌ってくれていた。ネコが、タヌキが、コウモリが、耳を澄ませて聞いていてくれた。
一曲歌い終えると、また別の曲が後ろに浮かんでいた。どっちを向いてもそこには新しい曲が描かれていて、僕は一心にその曲を歌った。
目が覚めると空はもう明るくて、楽譜はどこにもなかった。どんな曲を歌っていたんだったかな、あれだけいた共演者もお客さんももうみんな帰ったみたいで、教えてくれそうな人は誰もいなかった。
夢を見ていただけなのかな。でも確かにあのとき曲はあって、僕はこの上なく満たされていた。曲はなくしてしまったけど、満たされた感じは今もまだ僕の中に残っているから、きっと夢じゃないと思う。
今夜、晴れたらまた星空の楽譜を歌いに来るよ。僕は誰にともなくそう言った。
背中についた砂を払って、僕は昨日の残りのポトフを温めに家に戻った。
風が木々の葉をざわめかせて、拍手を送ってくれている。ありがとう、僕は丘に一礼を返した。