黒い影3
啓太は遊びたがったが、他の五人の意見があり、まずは斎のもとを訪ねることにした。
「昨日の妖の強襲ですか?」
問いかけに斎は首を傾げた。
斎の家はこじんまりとしていて、書物が本棚に収まりきらず散乱しており、占いに使う道具なのかよく分からないものがたくさん置いてあった。
―魔女の家みたい
武尊はそんな感想を抱く。
「先生は、結界が破られた気配とか感じませんでしたか?」
樹が質問をする。斎は柔らかな笑みを浮かべながら答えた。
「ええ、結界は破られていませんよ」
それに子供たちはそうなのかと考え込み始める。
「それがどうかしましたか?」
「いえ、どうやって入ってきたのか気になって」
ついて来た未海がそう説明する。
「確かに気になりますね」
斎は頷いた。とたん厳しい顔つきになる。
「姿が見えるまで誰も気づかなかったというのは由々しき事態です」
「なぜ出て来たか先生でも分からないんですね」
「何でもお見通しというわけにはいきません」
武尊の言葉に斎は苦笑する。
「じゃあ、質問変えます」
武尊は千穂を視線で自分で話せと促した。千穂は一歩前に出る。
「夢を見たんです」
「どんな夢ですか?」
「黒い塊に目がたくさんついてるんです。そいつは地面の奥深くにいて、上に上がってくることはできないんですけど、手を伸ばして私を自分のところまで引きずり込もうとするんです」
「黒い塊ですか」
斎は考えるように目を細めた。
「武尊が起こしてくれなかったら、多分死んでたと思います」
「夢で殺せたりするんですか?」
啓太が質問をする。
「眠るとはそれだけ無防備な行為だと言うことです」
先生は綺麗に膝に手を置いて話す。
「普通の人間にはできませんが、適性のある人間と妖ならば夢を介して影響を与えることが可能でしょう」
「あの黒いのは何だったんでしょう」
「それは分かりません」
千穂の質問に斎は苦しげな顔をした。
「しかし、眠っている間に命を奪われないようお守りを渡しておきましょう」
「ありがとうございます!」
「よかったね、お姉ちゃん」
「じゃあ、これで壱華と二人で寝られるね?」
「武尊も一緒がいい!」
千穂は武尊の言葉に反対した。武尊は頭を抱える。これだけの会話でなにがあったのか斎は察したようだった。
「金色の使い手が側にいることは良い虫除けになるでしょう」
「ほら!」
「夢にまで効くかは分かりませんが」
「ほら」
二人はほらの応酬を始める。千穂はむくれる。
「でも!剣は反応したじゃん!」
「そうなのですか?」
千穂の叫びに斎は興味を持ったようだった。武尊はちょっと困ったような顔をした。
「剣がシャンシャン鳴ってうるさくて、千穂のところに行ったら汗だくだし呼吸は荒いしで起こした方がいいかなと思ったから起こしたんです」
「それで助かったんです!」
千穂はまたぎゅっと手に力をこめる。ぐっと握って見せた。
「千穂と剣の接続がうまくいっているようですね」
斎はにっこりと笑った。
「俺と剣じゃなくて、千穂と剣なんですね」
武尊が確認を取る。ええ、と先生は頷いた。
「千穂と剣の接続がうまくいっているから、千穂は剣を通じてあなたに助けを求めることができたのでしょう」
「剣が、顕現しなかったことがあるんです」
武尊は、千穂が漆にさらわれた時のことを話した。
「体育館の前では顕現しなかったのに、遠ざかると顕現したんです」
「千穂が、まだ敵を倒してほしくなかったのかもしれませんね。あるいは―」
先生は考え込む。
「千穂、その時あなたに意識はありましたか?」
「なかったかもしれません」
気づけば夜だったことを千穂は思い出していた。
「千穂が意識を手放していたことで力が安定して供給されなかったのかもしれませんね。そのせいでその結界を前に顕現させることができなかったのかもしれません」
「結界の力に押し負けてたってことですか?」
「そういうことになります」
よくできましたとでも言うように、斎は笑顔を武尊に送った。
「ちょっと納得できました」
そういうからくりがあったのかと、武尊と壱華は頷いていた。
「それで、問題は解決されましたか?」
「俺は大丈夫」
武尊がざっと視線を走らせる。皆納得した顔をしていた。斎は立ち上がると、大きな棚の小さな引き出しを開ける。そこから小さな石と紐を取り出す。斎はそれをなぜか武尊に渡した。
「石に穴が開いているでしょう?」
武尊は石を指で挟み明かりに透かして見た。確かに穴が貫通していた。
「そこに紐を通して、千穂にあげてください」
「俺がやることに意味があるんですか?」
「そうです。あなたの霊力を守りに割いてもらいます」
「かまわないですけど」
武尊はそう言うと器用に琥珀色の石に紐を通してほどけないようくくった。それを千穂の首にかけてやる。
「ちょっと長いかな」
「ううん。これくらいでいい」
外しやすいし、と千穂は笑った。嬉しそうに石に触れる。
「なんかちょっと嬉しいかも」
「そう?」
「すごく大丈夫な気がしてきた」
「じゃあ、壱華と―」
「それはダメ!」
「そう」
壱華と二人で寝て、と言い切る前に千穂にはダメと切られてしまった。武尊は今日も千穂と同室で寝ることになりそうだった。




