表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/29

2.黒い影1

 黒い何かが隠れている。あたりは一面暗闇。その中に一層黒い何かが潜んでいた。見えないが、確かにいることは分かる。しかし、それは一向に現れない。いや、現れることができない。それはあまりに深くに押し込められていた。その深さに、己の重さに、それはそこから這い出ることができずにいた。

 けれど、千穂は身の危険を感じた。冷たい汗が背中を伝う。それの視線を感じる。じっと見られているのを感じる。

―怖い

ぎゅっと両手を握る。ここには誰もいない、一人しかいない。この手を握ってくれる人間は今はどこにもいない。

 しゅるっと何かが足に絡みついた。下を見やると黒い何かが足にまとわりついている。問題はそれではなかった。地面の底、奥の奥に黒いものが滞っている。そこから伸びた黒が千穂の足に絡みついていた。じっと地底の底にいるそれを見つめる。ぎょろりと一対の目が姿を現した。それが千穂をとらえる。そのとたんぎょろぎょろと何対もの瞳が現れ千穂を見た。

―なにこれ

こんな化け物に追われたことがある。命からがら武尊の部屋まで逃げ込んだことがある。けれど、あの時の妖と見た目が似ていても質が全く違うのが分かった。こちらの方がよほど凶暴で悪質だった。

 がくんと足がくじけた。膝をつく。したたかに打った膝は痛かった。

「え?待って!」

見れば、地面に付いたところからじわじわと体が沈み込んでいた。慌てて掴まれていた足を見る。そこが一番沈み込んでいた。引っ張られたのだと知れた。ずぶんと体が地面に飲まれていく。

「え?嫌だ、嫌だ!」

足を抜こうと手をつくが、そこから沈み込んでしまう。そいつが笑った気がした。口などついていないのに。

―わ

「え?」

頭に微かに声が響く。千穂は耳を澄ます。

―の、うつわ

―ぎんの、うつわ

―銀の器!

「きゃあ!」

ぐいと体を引かれ、腕は肘まで、下半身は腰まで沈んでしまう。

「何?何なのよ~」

涙が溢れてくる。怖い。こんなに怖いことなんて知らない。

 なんなのだろう、これも妖の一種で自分を狙っているのだろうか。力の源にしようとしているのだろうか。

―ね

「何よ!」

―死ね!

その言葉に千穂は目を見開いた。

「私が死ぬことを望んでいるの?」

そんなの初めてだ。千穂はもう一度それを見た。まだ幾対もの目は千穂を見て―否、睨みつけていた。

「敵意だ」

妖から向けられたことのないに感情に千穂は戸惑う。

「わっ!」

また足を引かれ、腕は逆に抜けたが胸まで沈んでしまった。全部持っていかれるのは時間の問題だ。

「嫌だって言ってるのに!」

体をよじるが意味をなさない。仕方なく手をあげてえいえいと振り回す。それも体を浮上させることはできなかった。

―ほ

「今度は何!」

―ちほ

「誰?」

―千穂!

「武尊?」

―千穂!

千穂はその声に笑んだ。手を目いっぱい上に伸ばす。

「武尊!」

暗闇から手が伸びてくる。それは人間の手だった。それを掴む。大きくて力強い手だった。その手が千穂を引きずり出す。その瞬間千穂は目を覚ました。


「ん?」

―ラン

―シャラン

―シャラン

「何?」

武尊は身を起こした。こすこすと目をこする。一度起こした体を寝かせて枕元にある携帯に手を伸ばす。時間を見れば三時だった。

「武尊?」

武尊が起きたことに碧が気付いた。ひょこひょこと近づいてくる。その光景はなかなかホラーだった。

「剣が―」

―シャン

―シャン、シャン

―シャンシャンシャンシャンシャン

その音はけたたましく武尊の頭に響いた。頭痛がして頭を押さえる。

「何ごと?」

「剣がどうしたの?」

頭痛で碧にまともな返事を返せない。頭を押さえる武尊を碧が心配そうに見上げた。大丈夫だと頭に手を置く。部屋を見渡せば、啓太と樹は規則正しく寝息を立てている。異変を感じ取っているのは自分だけのようだった。

「・・・まあ、剣があるから当然か。・・・・碧、剣が鳴ってるから千穂を見てくる」

「俺も行く」

 武尊は立ち上がるとそっと部屋を出た。碧はぴょんと武尊の肩に飛び乗る。二階の和室が武尊に貸し与えられた部屋だった。そこを出ると、隣が千穂の部屋だ。コンコンと扉をノックする。返事はない。もう一度ノックする。反応はない。その間も、剣はシャンシャンと鳴り続けていた。

「おじゃましまーす」

かちゃりと扉を開ける。千穂の部屋は洋室だった。奥のベッドに眠っているのが千穂のようだ。床に敷かれた布団には壱華が横になっている。見たところ異変はない。しかし、あるのだと剣が告げる。武尊は目を細める。

「千穂?」

返事はない。

「千穂?」

寝返りも打たない。武尊はそっと千穂に近寄った。心の中で謝りながら壱華の体をまたぐ。

「千穂?」

そっと触れてみた顔は、汗でぬれていた。見れば呼吸も浅く速い。何かあるのは簡単に知れた。しかし、どうすればいいか分からない。

「夢にとらわれてる!」

「とらわれてる?起こさないと!」

とりあえず、起こそうと試みる。

「千穂!」

揺らしてみる。反応はない。

「千穂!」

もっと強く揺らしてみる。起きない。

「千穂!!」

もっと大きな声で千穂を呼ぶ。壱華が跳び起きた。

「どうしたの?」

「千穂が、夢にとらわれてるって―起きて!千穂!」

一層強く揺さぶったとき、千穂の目がパチッと開いた。

「武尊!」

千穂ががばっと身を起こす。そこからは武尊の反射神経の賜物で、見事に千穂の頭を避けて頭と頭の衝突を避ける。

「大丈夫だった?」

とりあえず起こしたという対処があっていたのか確認を取る。千穂は息を乱していた。

「怖かったよ~」

ベッドに片足をついている武尊の上半身にがばっと抱き着く。武尊はそれに驚いたが、小さく笑うと千穂の頭を撫でた。

「怖い夢見たの?」

「うん。悪い夢だった」

「そう」

「初めて妖に死ねって言われた~」

「そうなの?」

「うん」

「起こしてよかった?」

「もうちょっとで危ないところだった~」

どうやら起こしてよかったらしいと武尊は判断する。しかし、夢の中でも危ない目に合うとは難儀な体質だと武尊は思った。


「ああ、いけない」

 そう男は呟いた。

「勝手に抜け出していってしまった」

そう言うと、地面に手を付け何やら念じる。すると、ぎゅるぎゅると黒い何かが吸い寄せられ、男の体に吸い込まれていった。

「これで全部かな?」

ぱんぱんと手を払う。男は笑った。

「金色の使い手に邪魔されたみたいだね」

それでいいと、男は笑んだ。空を見上げる。まだ月が仄かに夜を照らしていた。

「無事でよかった、千穂―」

男は優しく目を細めたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ