対面4
「お姉ちゃん、髪の毛乾かすようになったんだ」
風呂から上がるなり未海は千穂にそんな言葉をかけた。千穂はちょっと胸を張る。
「乾かした方がきれいになるよって教えてもらったから!」
「今更?」
「いいの!」
千穂はたどたどしくブラシをかけながら髪の毛を乾かす。あかりに教えてもらったのだ。タオルでふくときはこすらないで挟むこととか。洗い流さないタイプのトリートメントがあることとか。
未海はそんな千穂の言葉を無視して、武尊たちに頭を下げた。
「今日はありがとうございました」
「何が?」
「えと、姉を守ってくれたことです」
「ああ、あれか。気にしなくていいよ。守るって約束したし」
武尊は涼しい顔だ。本気で気にしていない顔をしていた。
「啓太たちもそうでしょ?」
「そうだな、今更感満載だよな」
「守るのが当たり前になっちゃったからね」
武尊に振られて、啓太と樹もそう言葉をかける。未海は髪を乾かし終わった千穂に向き直った。
「お姉ちゃん、よかったね」
「えと、うん、そうだね」
「お姉ちゃんはもっと感謝した方がいいよ」
「いつもありがとうございます」
ぺこりと千穂は改めて頭を下げる。武尊が意地悪く笑った。
「こっちより、予習を自力でやってもらった方が助かるんだけど」
「いつもお世話になってます」
千穂はより一層深々と頭を下げた。
「お姉ちゃん、予習してないの!?」
「だって分からないんだもん!」
「言い訳はいいよ!」
「だって~」
両手を握りしめ、懸命に上下に振る。その姿がおかしくて、武尊はくつくつと笑った。
「もう!笑わないで!」
「ごめん」
「なんで笑ってるの!?」
「千穂はどこにいても千穂だなと思って」
「そりゃそうだよ」
何を言ってるんだ、と千穂は眉根を寄せる。
「こんばんはー」
玄関が開く音がする。壱華だ。壱華は風呂は家で済ませてくると言っていったん帰っていた。ちなみに、武尊はお客だからと一番風呂を貰った。啓太と樹も家で風呂を済ませてきていた。
とすとすと軽い音を立てながら、パジャマ姿の壱華が現れる。
「何?なにかうるさかった気がするけど」
「武尊が私のこと笑ってたの」
「え?どうして?」
「動きが面白くて」
「待って!それさっき言ってたのと理由が違う!」
「そうだっけ?」
「そうだよ!」
動きがおかしいって何!と千穂は憤る。武尊は違うと首を横に振るが、何も違わない。千穂はむっとして顔を背けた。やっと武尊の笑いが止まったころ、壱華が口を開いた。
「今日のあの大群は何だったのかしら」
「妖って操れるものなの?」
「それに適した才能があるならね」
武尊の質問に樹が答える。武尊は質問を続ける。
「じゃあ、その才能を持っている人ってこの村にいる?」
「どうだろう。いるとは聞かないけど」
樹が口元に手を当て考える風にする。武尊は視線を移したが、啓太も壱華も首を横に振っただけだった。そっかと武尊は視線を落とす。
「ということは、妖が操られていたと仮定すると、その才能がある人間を連れて来たってこと?」
「他の人にばれないようにかくまうのは難しいと思うけどな」
樹が武尊の案を却下する。なんせ狭い田舎ですから、と付け加える。
「じゃあ、元からあの妖は操られてはいなかったということ?」
「その可能性の方が高いと思う。ただ中にさえ入れてしまえば、妖は勝手に千穂を狙ってくれると思うんだよね」
樹は米神をぽんぽんと指先でたたきながら言った。武尊も考える為か腕を組んだ。千穂はただ考える五人を見つめることしかできなかった。
「村の結界って壊されたら気づく?」
「「気づく」」
「気づきます」
武尊の質問に、未海を含めた残りの五人は声を合わせて答えた。
「仮に俺たちが気付かなくても、先生なら気づく」
啓太の言葉に、武尊が新たな仮定を述べた。
「じゃあ、先生がわざと何も言わなかったとか?」
「結界が破られたのに気づいてたのに黙ってたってことか?」
「先生、一度俺たちのこと試したでしょ?あれみたいなことまたしてるんじゃないかって」
「そういう意味では前科アリだよな」
「今更じゃない?」
武尊と啓太の会話に、樹が入る。
「「そっか」」
武尊と啓太はそう言うとまた黙ってしまう。
「とりあえず理由は分からないけど、村に千穂を狙う人間がいるのね?」
壱華が確認を取る。まあ、理由なんて千穂が銀の器だってことしかないんだけどと付け足すことも忘れない。武尊と啓太と樹は頷いた。
「じゃあ、また襲ってくる可能性があるってことよね?」
「そうだね」
武尊が視線を上げる。壱華はその視線をまっすぐに受け止めた。
「だったら、私、今日千穂と一緒に寝るわ。部屋に結界も張る」
「その結界、俺達には通れるようにしといてくれよ」
啓太が腕をほどきながら言った。
「当然よ」
壱華は頷いた。
「妖用の結界を張っておくわ。人間は通れる奴」
「敵が人間だったらどうするの?」
武尊が顔を上げる。
「村の中にいる人間があの妖を手引きしたことが確実なら、その人間本人がやってきた場合も考えておかないと」
「じゃあ、家に張ってある結界を対人間用にしてもらいましょう。美緒さんに頼んで」
「私、お母さんに言ってきます」
未海が名乗り出た。頬が少し紅潮している。会議に加われて嬉しかったのかもしれない。
「俺らも泊まったほうがいいかな」
「そうと決まれば布団運んで来ようぜ」
啓太はばっと立ち上がるとバタバタと玄関の方へ消えていった。
「兄ちゃん待って!」
樹が慌ててその背を追う。兄弟は家を出て行ってしまった。
「お母さんに結界の話してきました―あれ?戸川兄弟は?」
「泊まるから布団持ってくるって」
戻ってくるなり不思議そうな顔をする未海に千穂が説明した。
「そうなんだ」
未海は千穂の隣に座った。隣に並ぶとこの姉妹は似ていないのがよく分かる。千穂は小柄で髪は柔らかく茶色を含んだ明るい黒色。目はくりくりと丸くて大きくて、白い肌に頬はうっすらと桃色をしている。未海は長身で、まっすぐな髪をショートにしている。目は切れ長と言った方がふさわしく、涼しい目元をしている。そんな二人を武尊はまじまじと見てしまう。
「また、似てないって思ったでしょう」
千穂がじとっとした目で武尊を見つめる。武尊はいや、と言って携帯に視線を落とした。―別に見るものなどないのだが。が、この場をやり抜くために見た画面には、母親から連絡が入っていることが示されていた。
―なんだろう。
武尊はメッセージを開いた。
『ハロー!みんなと仲良くできてる?ちゃんと千穂ちゃんのご両親にも挨拶するのよ!』
―何を今更
武尊は携帯の画面の端っこを見る。そこには二一時と表示されていた。
―もう挨拶終わったし・・・・
―そう言えば、父親は帰ってこないのか?
はたと思い至る。自分の父親が基本帰ってこないか深夜帰りなので忘れていた。部屋を見渡す。父親の気配は感じられない。
「千穂」
「何?」
「千穂のお父さんは?」
「あーお父さん?」
千穂は苦い顔をする。それに何かまずいことを聞いたかと武尊は内心ヒヤッとする。見れば壱華も複雑な顔をしていた。
―地雷だったな
しかし気づいてももう遅い。言葉とは取り消せないものなのだ。
「お父さんね、いなくなっちゃったの」
「・・・・・・亡くなったとかではなくて?」
「うん。行方不明になっちゃったの」
千穂はクッションを抱えると上半身を預けた。
「貴ちゃんが死んだ日に、いなくなっちゃった」
「それって―」
「お父さんじゃないよ!貴ちゃんには何にも外傷なかったんだから!それにお父さんは霊感とか無いし、呪いとかで殺すとかもできないんだから!」
「そうなんだ」
新たな情報だと武尊は思った。貴輝は死んだ。その日に千穂の父親も姿を消した。何か接点があるのだろうか。
―貴輝を殺した奴にすでに殺されているとか?
しかし、ならばなぜ貴輝の死体は見つかり千穂の父親の死体だけ見つからないのか。これだけじゃ分からないなと武尊は首を横に振った。
「どうしたの?」
「何も?」
千穂の問いに武尊は視線も上げずに答えた。
ガラガラと玄関がけたたましく開く。それに皆の注意がいく。
「布団持ってきた!どこで寝ればいい?」
「ああ!忘れてた!」
千穂が玄関までぱたぱたと走っていく。
「上に空き部屋があるから、そこ使って!」
「武尊さんと同じ部屋でいいですか?」
未海が尋ねてくる。武尊は頷いた。
「かまわないよ」
「お姉ちゃん!武尊さんと同じ部屋に寝てもらおう!」
「分かった!」
そんなこんなで戸川兄弟と武尊は一緒の部屋で寝ることとなった。