対面3
宴も闌で、あちらこちらから怒声のような笑い声が上がっている。だから、その声に気付くのに皆遅れた。
「た、助けてくれ!」
一人の男性が、輪の中心―火の燃え盛るその場所近くに倒れこむ。よく見れば、手足に怪我をしているようだった。
「どうしたんだよ!」
一人、また一人と駆けよる。注意が倒れこむ男性に集中するが、それはすぐに分散する。
「きゃああああああああ!」
女性の悲鳴が上がる。そちらに目を向けるとハエを思わせる大きな虫の大群がいた。人を襲っているようには見えない。が、それも時間の問題だ。目的は千穂だ。あの虫は千穂を必ず襲う。
「昼倒したのとは別にいたのか」
そんなことをつぶやきながら武尊は剣を顕現させる。啓太も小太刀を構え、樹はクルルと牙を召還する。壱華は呪いを唱えて千穂を結界で覆った。
武尊は一歩踏み込むと、まだ刃の届かないその先にいる大群に向かって剣を振るった。それに村人たちは何をしているのかと疑いの目を向ける。しかし、その目の色はすぐに驚愕に変わる。刃はどう見ても届いていないのに、虫たちは体を真っ二つにされ、ざらざらと消えたからだ。
「こぼれたのは任すよ」
「OK!」
「任せて!」
武尊の言葉に啓太と樹は頷いた。武尊の攻撃は大群の大部分の妖を消したが、まだ残っているものがいる。それを倒しに啓太が駆け込む。樹がクルルと牙に行けと手を振る。武尊は千穂の側から離れないことを選んだ。
「おら!」
啓太が両刀の小太刀を振り回す。ざらざらと砂となり消えきる前に次の獲物を狙う。クルルは火の粉を混ぜた熱風を巻き起こし、牙は鋭い爪と牙で八つ裂きにする。
「破!」
そんな一人と二匹の間を潜り抜けても壱華の呪文で消されてしまう。壱華が詠唱で攻撃できないときは武尊が切った。
―すごいチームプレイ
あのタコもどきの妖相手では啓太と牙が相手にならなかったし、幽霊騒ぎの時は二手に分かれていたし、目覚めの時は武尊の独壇場だったし、全員が一か所で闘っているのはこれが初めてじゃないかと千穂は思った。10分と経たずに大群は全部砂に変えられてしまった。
「すごい」
千穂は感嘆の言葉をこぼす。
「強くなりましたね」
斎が感心したように笑んでいた。心から嬉しそうで、千穂は自分のことではないと分かっていながら照れ臭くなってしまう。
「いい食後の運動だったな」
肩をまわしながら啓太が戻ってくる。そんな啓太に壱華が首を横に振る。
「片付けたら終わりだと思ってるんじゃないでしょうね」
「え?終わってないのか?」
実は千穂も啓太と同じことを思った。見れば、樹もやれやれと首を振っていた。
「村には先生が結界を張ってるでしょう?どうしてあんなに入ってこれたのよ」
そう壱華が言えば、ああ、と啓太は手を叩いた。そして首を傾げた。
「なんでだ?」
「・・・・・・誰かが手引きしたんじゃない」
武尊は周囲に鋭い視線を走らせながら会話に入る。この瞬間、怪しい人間は見当たらなかった。
「村の人間がか?」
啓太が声を潜める。そして周囲を見渡す。啓太も怪しい人間は見つけられなかった。
敵は全部倒したが、騒動事態はまだ収まってはいない。あたりは喧騒に包まれていた。
「落ち着け!怪我人は他にいないか確認しろ!」
指示が飛ぶ。その指示は、貴弘から発せられたものだった。
「あの人、中心人物なの?」
「うん。あの世代で一番強い人」
「そうだったんだ」
武尊は小声で千穂に尋ねた。千穂も小声で返した。そう言えば、混乱の大きさから見えている人が多いと武尊は気づく。
「霊感持ってる人、多いの?」
「うん。でも見えるだけの人が多いよ」
「そう」
「助かった、礼を言う」
気が付けば、貴弘が目の前まで歩いてきていた。武尊は千穂に傾けていた上体を起こす。
「いえ、当然と言うか、条件反射みたいなものなので」
「言うな」
くっと貴弘は笑った。
「それにしても修業がきついとわめいていた啓太がこんなに強くなるとはな」
「それは忘れてください」
「樹も妖が怖いと泣いていたな」
「それも忘れてください」
「真面目に修行していたのは壱華だけじゃないか?」
「裏話だ」
「「聞かないでください」」
面白がる武尊に、兄弟は苦虫を何十匹もかみつぶしたような顔をした。武尊はアハハと笑った。あのかわいい顔だった。何人かが驚き見惚れる。しかし、武尊はいつまでも笑っているタイプではないので、すぐにその笑顔は消えてしまう。武尊は視線を感じて首を傾げた。見惚れていた人々はそれに慌てて視線を外す。
「?」
「どうした」
「いえ、何でもありません」
首を傾げている武尊に貴弘が尋ねる。本当は視線を感じたからだったがそれについては言わなかった。貴弘は視線を千穂に移した。
「千穂はもう家へ戻ったほうがいいかもしれない」
「だって」
「分かった。お母さんと未海に言ってくる」
「一緒に行くよ」
武尊は千穂について行くことにする。この村に敵がいるかもしれないのだ。一人にはさせられない。
「啓太と樹と壱華も一緒の方がいいんじゃないか」
親には俺から話しておこうと貴弘は三人を促した。
「じゃあ、お願いします」
三人はぺこりと頭を下げて千穂と武尊を追った。
「本当に強くなったな」
三人の背を見送る貴弘はそう言葉をこぼした。村の大人は妖の出現に慌てるしかなかった。それを子供たちはものの見事に撃退して見せた。しかし、何よりも胸を占めるのは。
「貴輝も生きていれば、あの中にいたんだな」
「そうですね」
気が付けば斎が貴弘の隣に立っていた。
「村長は今のをどうお考えですか」
「村の中に手引きした者はいるのでしょう」
斎は悲しそうに目を伏せた。しかし、すぐに瞳は力を取り戻す。
「四人が付いていれば大丈夫でしょう」
「確かに強いですが、子供だけに任せていいものでしょうか」
「いいのです。下手に大人を選んで敵だったらいけない」
「―分かりました」
斎の意向に従うことにした貴弘は、啓太と樹の親と壱華の親を探して歩き始めた。残された斎は一人ため息をついた。