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 休息2

 武尊は三日ほど寝込んだが、その後は順調に回復した。

 ばっしゃーん

水しぶきが上がる。武尊が川に飛び込んだ音だ。続いて啓太も飛び込む。

「ぷはっ!」

啓太が水面から顔を出す。先に飛び込んだ武尊は啓太を避けるため少々流されたところにいた。しかし、すぐにすいすいと泳いで川岸に上がる。

「すっかり元気だな」

啓太も川から上がりながら武尊にそう声をかける。武尊は頷いた。

「うん。もう平気」

「一日中寝てるから心配になったよ」

「あんなに寝たのは久々」

武尊はぐっと伸びをする。あくびをかみしめた。バシャンと音がしたから、樹辺りが飛び込んだのだろう。

「眠いのか?」

「んー眠くはないんだけどね」

「本当はまだどこか悪いんじゃないか?」

「元気になったと思うんだけどな」

武尊はぐるぐると肩をまわした。啓太もつられて肩をまわしだす。

「武尊~引っ張って~」

千穂に名を呼ばれ、武尊は視線を千穂にやる。千穂は浮き輪を手近な岩に紐で結び付け流れる遊びをしていた。流れ切ったから引っ張ってくれと言っている。

「自分で帰ってきてよー」

恥ずかしいと未海が声を上げる。

「だって!お姉ちゃん!」

「うう~」

千穂は仕方なく足をバタバタさせるが進まない。

「さっきまではどうやって戻ってたの?」

「紐を引っ張って?」

「なんでバタ足を試したんだろう」

未海と武尊は助ける気などないのに千穂から目を離さなかった。

「もう千穂、何してるの?」

救いの神とは現れるものである。壱華が紐を引っ張って千穂を川岸にあげた。

「ありがとう~戻れないかと思った」

未海と武尊はため息をついた。

「よお!楽しそうだな!」

突然声が掛かる。皆振り向くと、そこには光がいた。

「光兄!」

千穂が嬉しそうに浮き輪から体を出した。光が笑顔で近寄ってくる。

「よかった、元気になったんだな」

「おかげさまで」

光は武尊を見て笑った。しかし、すぐ表情を真剣なものに変える。

康恩やすおき、見なかったか?」

「康兄は見てないよ」

樹が川から上がりながら答える。光は目を伏せる。

「そっか」

「太良さん、まだ見つからないんでしたっけ」

「そうなんだ。親父を探し回ってるみたいだな」

「そうですか」

武尊は考える。自称助けてくれた男性は武尊だけを森に引っ張り出し、太良は祭壇の前に置いて来たと言っていた。それは本当ではないようだ。

『千穂を頼んだよ』

ハッキリと聞こえたわけではなかったが、確かに彼はそう言った。

―千穂の知り合いなのかな

―花束を贈ったとか言ってたしな

千穂を頼むと言うことは、千穂の味方ということか。だったら、もしかしたら彼は―

―殺したのか?

最悪の予想が脳裏をよぎる。そして首を横に振った。

―最悪も何も自分だって、また人を殺したんだ

―見せしめみたいだった

ただ一人を、これ以上千穂を狙うならどうなるかと見せつけるために殺したようだった。あれ以来、太良の人間だけではなく荒川の人間も見ていない。報復もないから、斎が動いたのかもしれない。

「どうしたんだ?怖い顔して」

光がそう言って顔を覗き込んでくる。それから逃れるようのけぞりながら武尊はふいと横を向いた。

「別に」

「気にしてんの?」

何を―とは言わない。そこには、様々な言葉が入る余地があった。どれか分からない。だから答えた。

「別に」

「―反抗期の弟みてぇ」

「な!」

視線が自然と光に戻る。光はにかっと笑った。

「俺は良い活躍ぶりだったと思うぜ」

―だから、どこの話だ

「それに、正しい判断だったと思うよ」

―荒川のことか

やっと目星が付く。武尊はまたふいと視線を外した。

「俺じゃ無理だった。お前だからできたんだろうな」

「よそ者だから?」

「そう言うんじゃないけどよ」

うーん、なんて言うか、と光は頭を掻き始める。

「こう、覚悟とかあるんだろうなって」

「覚悟?」

武尊はまた視線を戻した。光は頷いた。

「だって、普通できねぇもん」

―普通はできない

―普通から外れている

―俺はいつ、覚悟を決めた?

それが、思い至らない。

―守るとは決めた。でも、争いに対して覚悟を決めたわけじゃない

それをいつの間に自分は―

「武尊!」

腕を掴まれる。その小さな手。あまりにか弱いその手は、しかし、今でさえ何かしら吸い込みその体に蓄積させている。けれど、いくら力を吸収しても、弱いのがこの少女で―。

「わけ分からない」

「どうしたの?」

「どうもしない」

武尊は千穂から体を離すと岩の上に登って川の中に飛び込んだ。それに笑顔で啓太が続く。

「光兄は?泳がないの?」

樹が一緒に遊ぼうと目に込めて話しかける。光は困ったように笑った。

「俺は、康恩を探すから」

「そっか」

樹はそれじゃ仕方ないかとつぶやくと、自分もやると岩の上に駆け上って行った。

「千穂、あいつと仲良くしろよ」

ぽんぽんと頭を軽くたたかれる。千穂はぷくっと膨れた。

「分かってるよ。すぐみんなそう言うんだから」

「だって、お前あいついないとすぐ死にそうじゃん」

「それも分かってるもん!」

ぷいっと千穂は横を向く。すたすたと浮き輪のところに戻るとまた流れる遊びを始める。

「康兄のこと、お願いね」

壱華がそう言葉を駆ける。

「あれは、きっと康兄の意思なんかじゃないわよね」

千穂の力が必要って言ってたし。壱華は目を伏せる。

「―俺も、そう思ってる」

光の目は少し寂しそうだった。壱華の隣にいる未海も、そんな光の様子に複雑そうな色を瞳に浮かべる。何も言えなかった。

「じゃあ、俺行くわ」

光が手をあげて去って行った。子供たちは武尊以外手を振って光を見送った。

 光は、一人こちらを見ない武尊を見た。

「マジで、千穂のこと頼んだからな」

その声は誰にも届かなかった。


 日々は穏やかに過ぎた。きっと祝いの席に出て来た妖もあの黒装束が用意したものだったのだろう。それが一度作戦を断念したようで、妖の姿を見かけることはなかった。どうやって持ち込んだのかはまだ謎ではあったが、そこを解明しようとするとそれはそれで面倒事に巻き込まれそうだったのであえてしなかった。あっという間に夏休みは終わりを迎えた。

「じゃあ、お姉ちゃん気を付けてね」

未海が美緒と一緒に森の入り口まで見送ってくれた。

「うん!気を付ける」

「みんなの言うこと、ちゃんと聞くんだよ」

「分かってるよ」

姉妹は先ほどしていたのと同じ会話を繰り返していた。美緒が耐え切れなくなったのか、ぎゅっと千穂を抱きしめた。

「本当に気を付けて。また無事に帰ってきてね」

「大丈夫だよ」

千穂は嬉しそうに笑いながらトントンと優しく美緒の背を叩いた。美緒は千穂から体を離す。少し涙がにじんでいるように見えた。

「それじゃ、行ってきます」

「いってらっしゃい」

千穂たちはバス停へ向けて歩き出した。千穂たちは何度か振り返って二人に手を振った。

 男性陣は重そうな荷物を抱えている。あれやこれや土産だと言って持たされたのだった。

「ごめんなさいね、お母さんがへんなもの持たせて」

「スイカは変なものじゃない!」

啓太が壱華の言葉を否定する。武尊は一つスイカをネットに入れて肩にかけていた。壱華の母親が持たせてくれたものだった。

「それより、この米いらないだろう」

啓太が重そうに袋を持ちあげる。これは啓太の母親から持たされたものだ。

「せめて野菜にしてくれればよかったのに」

樹も少し持たされて迷惑顔だった。

「じゃあ、俺が貰う」

武尊が引き取り手に名を上げる。

「マジでか」

啓太が信じられないと顔で言っている。

「俺、あんまり学食行かないし」

「昼は行くじゃん」

「昼だけね」

千穂の言葉に武尊はそう返した。

「学食行くのめんどいから自分で作ってるんだよ」

「そうなの?学食行かないほうが面倒じゃない?」

「それは思想の相違だよ」

「はあ」

千穂は武尊の言葉を理解しきれない。頭の周りにクエスチョンマークを飛ばした。その様子を見ていた武尊だったが、これ以上説明はしなかった。

 わいわい会話をしながら歩いて行く姿を、美緒と未海はいつまでも見送っていた。


 二時間に一本のバスに乗る。そのバスに見知った顔が乗っていた。

「「あ」」

武尊と伊予は目が合い、同時に声をあげた。武尊は大きな荷物とスイカを持ち、伊予は身軽な格好をしていた。どこかに遊びに行くところだろうと武尊は判断した。

「この前はどうも」

武尊がにっこりと笑顔で言う。その笑顔に少々寒気を覚えながら伊予はそっぽを向いた。

「何もなかったならいいんだ」

―何もなくはなかったけどね。

太良親子の姿はあの夜以来見かけてはいなかった。

―本当に行方不明になってしまった

そう思っていると、伊予から声が掛かる。

「あいつら、今東京の学校に行ってるんだってな」

伊予の言うあいつらは武尊より先にバスに乗り込み後ろの席を陣取っていた。乗客も少ない路線だ。荷物置きに席を使っても平気だろう。

「そうだけど」

「お前は東京の人間?」

「そうだよ」

「そう」

伊予は視線を武尊に戻した。

「今までは平気だったかもしれないけど、気を付けろよ」

「分かってる」

「武尊~」

千穂が席から武尊の名を呼ぶ。

「じゃあ、縁があればまた」

そう言葉を残して、武尊は伊予に背を向けた。

―大丈夫。守り切って見せる。

どこから沸いて来るのか分からなかったが、武尊にはそれができる自信があった。その背を、伊予は複雑な色を目に灯して見つめた。

「あいつらと一緒にいたから貴輝は死んだんだ」

その声は武尊に届いていたが、武尊は聞こえなかったことにした。


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