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 始動3

 太良は森の中へと進む。太良の足は速い。武尊は手を引かれているから問題ないが、壱華が遅れがちになる。

「ちょっと、待って。壱華が」

武尊さえ小走りになるのだ。壱華がついてくるのは大変だろう。

「待ってられないよ」

その言葉に武尊はぐっとつまる。人の命が掛かっている。確かにゆっくり歩いてなどいられない。武尊は振り返って壱華に手を伸ばした。

「壱華、手!」

その意図を読み取って、壱華も手を伸ばした。しかし、手が届く前に何かにつまずきこけてしまう。

「きゃっ!」

やぶの中を進んでいるから、壱華の姿は簡単に消えた。

「壱華!止まって!壱華が!」

「待ってられないって言ってるだろう!」

武尊はぎゅっと唇を噛むと後ろの壱華に声をかけた。

「壱華はいったん家へ戻ってて!」

「でも!」

「俺は大丈夫だから!ここですれ違っても意味ない!」

「分かったわ!」

壱華は引き返すことにしたらしい。しかし、もう姿は見えなかった。

―ちょっと急ぎすぎじゃないか?

そう思いもするが、自分の息子の命が掛かっているとなればこれが正しい気もする。武尊は困惑していた。冷静さを失った人間はこんなものなのかと疑念が募る。

 ざくざくと森の中を進んでいく。

― 一人じゃ戻れないな

森をどう進んだのか分からなくなってしまった。自力で帰るのは無理だろう。そんなことを考えていると、太良が少し落ち着いて来たのか話し始めた。

「あんたが来てくれてよかった。俺達じゃ歯が立たねぇ」

「―敵は、この前の夜に出てきたやつらなの?」

「そうだ。あのでかい奴だ」

太良は頷いた。足の速さが少し緩む。

―これなら壱華を帰さなくてもよかったな

武尊は少し後悔した。実際壱華の結界は便利であるわけだし。襲われている人間を一時確保することだってできる。

―間違ったかな

そう思うがすでに遅し。壱華の気配はもうなかった。

 茂みの中を歩いていると、突然開けた場所に出た。しかしそこは前日のように花が咲き誇っているような場所ではなかった。逆に、草木も育たない荒廃した土地のように見えた。むき出しになった岩の崖がある。それを見上げる。

―高いな

単純に感心してしまう。その崖には入り口が一つついていた。

―洞穴?

思い出す言葉がある。

『本当は入っちゃいけないって言われてた洞穴になぜか入って、そこで死んでたの』

―入ってはいけない場所

―貴輝の死んだ場所

―もしかしたら人を生贄に差し出される人ではないものがいるかもしれない場所

武尊は足を止めた。太良が振り返る。

「何してんだ!速く!」

「待って」

武尊は腕を引かれるが頑として動かなかった。静かな瞳で問いかける。

「そこは、入っちゃいけないんじゃないの?」

「!」

太良は何も言わなかったが反応が是と答えていた。武尊は太良の腕を振り払った。

「入っちゃいけないなら、俺は入らないよ」

「待ってくれ!ここは祭壇があるんだ。守り神様を祭ってる。悪戯するといけないから子供には入るなと言ってあるんだ」

「どうして祭壇になんか行ったの?歩いてたら出くわしたんじゃないの?」

「持ち回りで掃除してるんだ!千穂たちが入らないように、嘘ついてたんだ」

太良はそう力を込めて説明する。怪しいと思わないでもない。もう祭壇に悪戯をする年頃でもないし、洞穴については昨日話題に上がったばかりだ。実際に、洞穴には神がいるという。その神が生贄を欲している可能性はゼロではない。しかし、太良は武尊にすがりつく。

「頼む、助けてくれ!」

「・・・―分かった」

武尊は一歩踏み出した。

「こっちだ」

太良がまた武尊の手を引く。

「手、握らなくても逃げないよ」

「そ、そうか?」

太良はどこか落ち着きなく手を放した。

―結構強い力だな。

少し、手首がじんじんと痛んだ。

 案内されて洞穴へと入る。中は暗かったが外からの光が入ってくるため歩けないほど暗いわけではない。じめじめと湿った空気がまとわりついてくる。

―こんなところに神を祭るのか?

もっといい場所があっただろうと武尊は思った。もっとふさわしい場所があっただろうと。何か粘着質なものが体に張り付いてくるような感覚がした。ぶるっと体が震えた。

―なんだ?この感じ

「ここからだ。ここから入るんだ」

「エレベータ?」

その光景は異様だった。洞穴の中に整備されている文明の利器。それはあきらかに浮いていた。

「乗ってくれ!この下にいるんだ!」

そう言われるが、なぜかためらわれた。武尊は冷え始めた体を温めるように腕をこすった。

「―貴輝は入っちゃいけない洞穴で死んだって聞いた。それって、ここなんじゃない?」

「なんでそんなことを!」

「聞いた」

太良は明らかに狼狽した。せっかく呼んだエレベータはその扉を閉じてしまう。

「そうだ、貴輝はここで死んでた!このままじゃ俺の息子まで死んじまう!」

泣きそうなその顔に、武尊はエレベータのボタンに手を伸ばした。押す。

 シャン

剣が鳴った。

―敵がいるってこと?

この下に?武尊は見えないはずの地下を見通そうとでもするように地面を睨みつけた。

「速く!」

太良がエレベータに乗り込む。武尊もそれに続いた。

―シャン

剣が鳴る。エレベータが動き出し、あの独特の浮遊感が襲ってきた。エレベータは思ったより深く下りて行っているようだった。

―シャン

―シャンシャン

―シャンシャンシャン

剣が、鳴る。今までにない鳴り方だった。

―シャンシャンシャンシャンシャン

―シャンシャンシャンシャンシャンシャン

「頭、痛い」

武尊は頭を押さえた。

「大丈夫か?」

太良が顔を覗き込んでくる。武尊は背を壁に預けた。息が乱れてくる。苦しい。

―シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン

―シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン

―シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン

ずるずると座り込む。そこから動けなくなる。

―やばい、意識跳びそう

グラグラと世界が揺れている、視界が歪んでくる。武尊はぎゅっと目を閉じた。

 エレベータが止まる。

「こっちだ」

太良が武尊を外に出すため立たせようとする。

「頼む!もう少しなんだ!」

―シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン

―やばい

頭は剣の鳴る音で満ち、ガンガンと痛んだ。エレベータの壁に背を預け、武尊はそのまま気を失った。


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