1.対面1
「いらっしゃい」
そう出迎えてくれたのは千穂の母親と妹だった。それぞれ、美緒、未海と名乗った。武尊は千穂の家でお世話になることが決まっていた。千穂の家に着くまでに壱華と戸川兄弟の家はあったため、三人は荷物を置いてから一緒に千穂の家まで来た。
「おばさん!こんにちは」
啓太がにっこりと挨拶をする。
「こんにちは」
ニコッと笑って美緒は啓太に挨拶を返した。
―きれいな人だ
武尊は素直にそう思った。肩につくくらいの髪はまっすぐで見事な黒色をしている。目元がきりっとしたきれいな人で、陸と並んでも遜色なさそうだ。というか、陸が好きそうなタイプだ。未海も母親似の美人だった。
武尊はちらっと隣にいる千穂を見た。それに気づいた千穂がむくれる。
「今!似てないって思ったでしょう!」
「よく分かったね」
「みんな似てないって言うもん!」
確かに、千穂も美少女と言ってもいいが完璧にかわいい系だ。それに対して美緒と未海はきれい系だ。
「まあ、いいんじゃない?似てなくても」
俺も父親には似てないって言われるし。と付け足す。
「でも武尊はお母さん似じゃん!私、お父さんとも似てないんだよ!」
「そうなの?」
「そうなの!」
ふいと千穂はそっぽを向いた。それに未海が突っ込む。
「お姉ちゃん。相変わらず子供だね~」
「うるさいな」
「速く上がりなよ。皆さんもどうぞ」
「お邪魔します」
お言葉に甘えて武尊は玄関を上がる。千穂も、たんと軽やかに上がった。
「靴ぐらい合わせなよ」
武尊は自分と千穂の靴を並べた。
「ああ、ごめんなさい」
未海が謝罪を述べる。
「お姉ちゃん、子供だから」
「知ってるから大丈夫」
「そうですか?」
「うん」
武尊は頷いた。そうなんですか、とどこか複雑な表情をしながら未海は部屋の奥に案内してくれた。
居間に通される。キッチンでは美緒が何か飲み物を準備してくれているようだった。
「どうぞ、座って」
美緒が台所からそう声をかける。武尊は遠慮なく座布団の上に座った。隣を千穂が陣取る。壱華と戸川兄弟も座布団に座った。未海は美緒の手伝いにキッチンに姿を消すが、すぐに飲み物の入ったコップをお盆に乗せて現れた。
「オレンジジュースで良い?」
「いい!」
「お姉ちゃんには訊いてない」
「意地悪!」
「すぐいじけるんだから」
未海はため息をつきながらコップを配った。
「いただきます」
武尊はジュースに手を伸ばす。
「美味しい」
「果汁100%なんで!」
未海はなぜかそう胸を張った。
「なんで未海が偉そうなの?」
「別に偉そうじゃないよ」
「そうかな~」
千穂は目を細める。
「そうだよ~」
未海は千穂のそうかな~をまねた。それに気づいた千穂が眉根を寄せる。眉間にしわが寄った。喧嘩腰な千穂を放って、未海は畳に座ると興味津々と言った体で武尊に話しかける。
「あの、武尊さんが金色の使い手なんですよね」
―ああ、そう言えばそういう呼び方だって先生が言ってたな
忘れていた呼び方をされて、武尊は一瞬何のことか分からなかった。
「そうだね」
「黄金の剣はなんでも切れるって本当ですか?」
未海はきらきらとした目で武尊を見つめる。武尊は今までのことを思い出しながら言葉を選ぶ。
「なんでも切れるかは分からないけど―でも、直接刃が当たらなくても切れるよ」
「じゃあ、剣って本当に金色に光ってるんですか?」
未海の質問は止まらない。
「光ってるかな」
仄かに、と付け足す。
「じゃあ―」
「未海、うるさいよ~。あんまり質問攻めにしちゃうと武尊疲れるよ?」
千穂がどことなく姉らしく未海を止める。
―別に構わないけどな。
話すこともないし、と武尊は思ったが、別に千穂が話してもいいのだと思い至りありがたくだんまりを決め込む。
「え~。ちょっとくらいいいじゃん」
「ちょっとじゃないから止めたんじゃん」
「ちぇー」
けち、と言って未海はどこかに姿を消した。唇を尖らせて頬を膨らませるところは千穂とそっくりだと武尊は思った。
「大丈夫だった?疲れなかった?」
千穂は隣の武尊に話しかける。武尊は頷いた。
「平気」
「ならいいけど」
千穂はちゅーっとストローでオレンジジュースを飲む。
「遠かったでしょう」
そう言いながら、美緒がクッキーを大皿に出してくれる。ほんのりと甘い匂いが漂った。
「森の中を歩いたのは驚きました」
そう答えれば、美緒はくすくすと笑った。
「本当に田舎で」
何もないけど、ゆっくりしていってね、と美緒は空いている座布団に座った。自分はアイスコーヒーを持っている。
「帰りは何もなかった?」
そう問われて子供たちは黙ってしまう。正直なことを話した方がいいのか、隠した方がいいのか迷う。というか、どういうスタンスなのか武尊には分らなかった。
「ちょっと、襲われたかな」
千穂はえへへと笑いながらそう答えた。本当はたくさん襲われたのだけれど、それを言うと心配されると思ったのだろう。しかし、まったく何もなかったと答えるのも怪しまれるという判断だろうと武尊は推測する。
「そうだったの」
美緒は眉根を寄せた。しかし、すぐに穏やかに目を細めた。
「みんな大変だったでしょう?ありがとう」
そう笑顔で言われると悪い気はしない。
「怪我とかしなかった?」
そう問われて、子供たちは頷いた。
「弱いのばかりだったので、平気ですよ」
武尊がそう答えると、うんうんと樹と啓太が頷いた。
「サイズは大きいのいたけど、大きいだけだったしね」
「そうだな、強くはなかったな」
「そういうわけなので、怪我人はいません」
壱華がそう締めくくる。その言葉に、美緒は笑った。
「みんな強いのね」
「美緒さんも強いじゃん」
樹がクッキーに手を伸ばす。
「そうなの?」
武尊が興味を示す。樹がうんと頷く。
「この家は美緒さんが結界張ってるんだよ。先生ほどじゃないけど、先生の次に強いんじゃないかって言われてる」
「すごそう」
そんな感想しか口をついては来なかった。
「それは昔の話よ」
美緒は恥ずかしそうに笑った。
「年を取ると力も弱まってきちゃって」
だめね、と笑う。
「後から壱華ちゃんにも結界張ってもらおうかと思ってるんだけど、いいかしら」
「かまわないですよ。やっぱり何重にも張ってた方が安心ですよね」
「ええ、そうなの」
穏やかに笑う物腰に、これくらい陸も落ち着いていたらいいのにと武尊は思った。ちょっと恥ずかしくなる。
「今日は皆が帰ってきた祝いをするって言ってたから、楽しみにしてるといいわ」
「それ、俺居てもいいんですか?」
武尊がそんな質問を投げる。美緒は当然よと笑った。
「皆楽しみにしてたの。どんな子が金色の使い手になったんだろうって」
「あんまり見られるのは慣れてないんですけど」
「その頭で言う?」
千穂が突っ込む。しかし、武尊は涼しい顔だ。
「ここだと珍しいかもね」
「今、村を馬鹿にしたでしょ」
「まさか」
武尊は両手を上げるとひらひらと振って見せた。それに千穂はウーっと唸る。そのやり取りを見て、美緒はくすくすと笑った。
「よかった。仲良しなのね」
「「まさか」」
二人の声はきれいに重なった。