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 神隠しの村3

「貴昭がどんな子供だったか?」

 食後、美緒は武尊の言葉に首を傾げた。戸川兄弟と壱華は食事と入浴のために家に帰っている。美緒は首を傾げたまま思い出すように目を閉じた。

「貴弘は体も大きくて霊力も強かったからみんなのリーダーって感じだったけど、貴昭は小さくて細くて、いつも私たちの後ろをついてきてたわ」

「へー」

武尊は目を丸くする。予想よりよほどおとなしい印象だった。

 くすっと美緒は笑う。

「小さなときは本当に泣き虫で」

柔らかく笑み崩れた笑顔は、その記憶が本当に楽しいものなのだと雄弁に語っている。

「今は会社の社長さんなんだったっけ」

「一応、そう言うことになってますけど」

「謙遜しなくていいのに」

美緒は軽やかに笑った。

「いつもへらへらと笑ってつかみどころがないから子供の時からそうなんだと思ってた」

「そんな食えないやつって印象はなかったわね」

美緒は食後の紅茶を片手にテーブルに肘をついた。

「突然いなくなっちゃって心配したけど、話聞いてると元気そうね。よかった」

「あんなのの心配しなくていいですよ」

「反抗期ね~」

ふふふと美緒はまた笑った。そう言われれば、武尊は渋面を作るしかなかった。反抗期と言われれば自分がひどく幼い気がしてしまって嫌な気分だった。

「千穂と未海はそれらしいの無いのよね」

逆に心配だわ、とため息を吐く。

「だって、お母さん強いもん」

反抗なんて無駄、と未海は緑茶の入った湯呑を口元に持っていく。

「まあ、売られた喧嘩は買うけどね」

「そういうとこだよ」

未海はため息を返した。

「武尊のお父さん、会ってみたいかも」

千穂がお茶を飲み終えて湯呑をテーブルに置いた。武尊の渋面が一層渋くなる。

「いいよ、あんなのに会わなくても」

「武尊、お父さん嫌いなの?」

「嫌い」

お父さんのことになると子供っぽいな。そう思ったことは内緒である。

「今日ね、武尊、伊予君に会ったんだって」

「懐かしいわね」

千穂が話題を変える。美緒は目を丸くした。

「武尊にね、この村は行方不明者が多いから気を付けてねって言ったんだって」

「そんなこと言われたの?」

美緒は丸くした目をさらに丸くする。千穂は問いを続ける。

「私、お父さんしか知らないけど、他にもいなくなった人いるの?」

「さあ、私も彼しか知らないわ」

「だよね~」

千穂はため息をついた。

「どうしてそんなこと言ったんだろう」

「忠告だって言ってたよ」

「忠告って何様」

未海が不機嫌になってしまった。この話題も潮時だろうと武尊は判断する。

「こんばんはー」

がらがらと玄関が開く。声は壱華のものだった。

「はーい」

千穂が立ち上がりぱたぱたと駆けて行く。

「いらっしゃい」

居間にやってきた壱華に、美緒はそう笑いかけた。

「今晩もよろしくお願いします」

「いいえ、こちらこそ」

よろしくね、と美緒は笑った。そうこうしているとまたがらがらと玄関が開いて、戸川兄弟が入ってくる。

「お、ちょうど一緒になったか」

啓太がどこか嬉しそうに笑う。それに壱華はきょとっとし、樹はため息をついた。

「今日はトランプ持ってきたんだ」

遊ぼうぜと啓太は笑う。―トランプくらい千穂の家にもあるだろうとは誰も言えなかった。

「夏休みだからって夜更かしはダメよ」

「気を付けます」

「気を付けさせます」

「待てよ。なんで俺だけ気を付けることになってるんだよ」

―突っ込みどころそこなんだ

武尊は内心そんなことを思いながら兄弟の漫才を見つめる。

「だって、一番意志が弱いの兄ちゃんじゃん」

「逆に強いとも言える」

「なんでも逆にするのやめてくれない?」

「ねーねーいいから早く遊ぼうよ」

千穂がそわそわする。トランプで遊びたくてたまらないらしい。

「お姉ちゃん、お風呂に入ってから遊んでよね」

居間から未海の声が掛かる。

「えー」

「えー、じゃないの」

美緒に言われ、千穂はしぶしぶとお風呂に足を向けた。

「お姉ちゃん長いから、先に行かせますね」

「うん」

見上げてくる美緒に武尊は頷いた。

「じゃあ、千穂が上がって来るまで遊んでようぜ」

啓太は迷わずに階段を上って行った。


「人が行方不明になるって?」

 武尊の話を聞いた碧は自分の手札から一枚を抜き取り円の中心に放る。やっているのは大富豪だ。ルールを教えたわけではないが、千穂たちが二階堂家の別荘でやっているのを見て覚えたらしい。ちなみに千穂と武尊はお風呂済みだ。今は未海が入っている。

―賢いって言うか、抜け目ないって言うか

あの動けない状態でちゃっかり見える位置に陣取ったことに武尊は感心する。

「うーん、特別変な妖の気配とかはしないけどな」

碧は考えているのか体を左右に揺らす。不思議なことに指のないぬいぐるみの手にトランプはきれいに張り付いていた。

「そんなにいわくつきの村なの?」

碧は涼しい顔だ。元がぬいぐるみなため表情はないのだが、そんな顔をしているのだろうと思わせる。

「外の奴がそう言ってるだけ」

武尊は自分の手札と捨てられたカードの山を見つめる。何なら出せるか、出すべきかを考えているようだ。そして決着はついたらしく、一枚のカードを山に放る。それに碧がぐっとつまったように見えた。厳しい手だったらしい。

「でも、外からの見方も無視できないよね」

「火のない所に煙は立たぬってか」

碧の隣にいる啓太が唇をなめながら言った。碧は頷く。

「そういうこと」

「行方不明になった人リストでも作る?」

樹が提案する。

「調べて正直に教えてくれるかしら」

壱華は大人など信じられないという態度を取った。いぶかし気に方眉を寄せる。

「そこが一番の問題だよね」

「教えたらまずいことでもあるのかな」

武尊の言葉に千穂が首を傾げる。武尊はもう忘れたのかとでも言うように言葉を続ける。

「その石、月一で紐を通し直した方がいいって先生言わなかったじゃん」

「あ」

千穂の反応に、武尊はため息をついた。

「そうなの?」

壱華が問いかける。説明をしたのは碧だった。

「そう!紐を通すのを儀式に見立てて武尊の力を石に込めたの。石に込めた霊力には限りがあるから、定期的に力を注いであげないと空っぽになっちゃうよ」

「なるほど?」

樹が心配になるイントネーションで言葉を紡いだ。

「まあ、大体神隠しが起きるときって、妖が人を食っちゃったとかだから」

碧は軽やかに恐ろしいことを言う。こういうところが立派な妖だよなと思わせる。基本人間に対して碧はドライだ。それが特別武尊にだけ懐いている。不思議な感覚だった。

―大丈夫かな、碧が側にいて

何か裏切られることでもあるのではないかと心配になる。しかし、物事をよく知っている碧は確かに頼りになるのだ。手放すのは惜しい。

「あとはーそうだな、妖に人間が人間を生贄に捧げる風習があるところもあるよね」

結局食べられるところは同じなんだけどね。と碧は締めくくる。

「生贄か」

柚葉も千穂を生贄にしようとしていたなと別荘での出来事を思い出す。

「入ってはいけない洞穴、生贄」

「洞穴に何かいるのかしら」

武尊の呟いた言葉に壱華が反応する。声は潜められていた。

「何かいて、それを隠してるってこと?」

「だとして、なんで村の中に知っている人間と知らない人間がいるんだ?」

樹に続けて啓太が分からないと言葉を紡ぐ。

「生贄は若い女か子供って相場が決まってるからね」

碧が説明する。

「じゃあ、生贄になる年代の奴には黙ってて、その他は知ってるってことか?」

まじかよと、啓太は眉をひそめた。

「辻褄があってるようで怖いんだけど」

樹は我が身を掻き抱いた。この村には知らないことが隠されているのかもしれないと、千穂たちは思い始めた。

「ねーね―武尊、手、止まってる。早く出して」

碧が大富豪の順番が武尊で止まっていると不満を述べる。武尊は少し嫌そうな顔をしながらカードを一枚出した。

「うぬぬ」

そのカードより強いカードがないのか碧は唸った。

「なんか、怖くなってきちゃった」

千穂も浮かない顔をしている。

「何かあっても守るから、しか言えないな」

武尊の言葉に、少しだけ心が軽くなる。武尊はいつも守ると言ってくれる。意思表示をしてくれる。千穂にとってそれはとても心強いことだった。

「じゃあ、大丈夫だね」

何があっても、大丈夫だ。千穂は心からの笑顔を見せた。


 暗い暗い地の底で、男たちは顔を寄せ合い話し合いをする。時折、ざわっと松明の火が揺れる。

「誰が、金色の使い手をここまで連れてくるんだ?」

「それを決めなきゃいけないな」

そう誰かが言うと、しんと静寂が空間を支配する。名乗り出るのは恐ろしかった。あの少年一人が、どうしても恐ろしい。

「―くじで決めよう」

男たちの中心になっている一人の男がそう提案した。誰も反対意見は言わなかった。紙もペンも何もないから、落ちている石を拾い地面にがりがりとあみだくじを描いた。人数分の棒を書き入れ、一つに丸を付けた。みなで一本ずつ横棒を足してあみだくじを完成させる。

「どれがいいか決めろ」

男たちは悩みながら自分の場所を決める。提案した男は最後に余ったくじを自分のものとした。みな、それぞれ自分が選んだくじを進めていく。しばらくして声が上がった。

「あ」

そう声を上げたのはまだ若い男だった。瞳に確かに狼狽している色が浮かぶ。

「決まったな」

連れ込む役回りから逃れた男たちは安堵のため息をついた。青年を見つめる男が息をついてその背にポンと手を当てた。

「俺も協力する」

「親父」

「心配するな、うまくいく」

「うん」

頷く姿は自信がなさそうで、父親より長身だと言うのに幼い子供に見えた。

「とにかく、あの餓鬼をここに連れ込むのは俺たちがやる」

「ああ、二人で構わない」

中心となっている男が頷いた。

「金色の使い手をここに連れ込み呪いで殺す。そのあと、千穂をここに連れてこよう」

「分かった」

男たちは賛同の意を示す。

「決行は深夜0時だ」

男たちは互いの顔をじっと見つめながら力強く頷いた。


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