0.企て
じとじとと空気が湿っている。松明が、薄暗くその空間を照らしていた。ここは灯を絶やしてはならない場所、光を絶やしてはならない場所。そうしなくては簡単に闇に飲まれてしまう場所。そこでこそこそと話し合う集団がある。
「ねえ、本当にやるの?」
青年は問いかけた。尋ねられた男は頷いた。
「ああ、やる。やらないと俺たちが死んじまうんだ」
「でも」
「お前は死にたいのか!皆を殺す気か!」
「そんなつもりはないよ!」
「じゃあ、やれ」
強い口調で押し切られ、青年はうんと頷いてしまう。
―あいつはなんて言うだろう
幼馴染の顔を思い出す。彼は反対派だ。自分たちが実行しようとしていることを知ったら絶交されるかもしれない。それは嫌だなと思う。しかし、彼が死んでしまうのはもっと嫌だった。男たちは、実行しなければ男女老いも若いもすべて死ぬのだと言う。それは避けたいことだった。一人の犠牲で何人もの命が救われるとしたら、その犠牲を差し出すのが正しいのかもしれない。そう思うが心は揺れた。助けを求めるように周囲を見渡すが、他の男たちの決心は固いらしく、瞳に迷うような色はない。青年はうつむく。
「妖の手配はバッチリだ。すでに仕掛けてある」
「そうか」
「ダメだった時のために、予備も取ってある」
「これだけあれば守り手たちを倒せるだろう」
男たちの会話は青年の耳をただ通り過ぎていくだけだった。そんなことに気付きもせずに男たちは話し合う。
ひゅっと耳障りな風が吹く。炎がバサバサと揺れた。しかし、途切れることはない。その炎に、絶望的な顔をした青年が映っていた。
「それじゃ、計画通りに」
その言葉に、無言で皆頷いた。
「ねえ、これで何匹目?」
武尊は剣を肩に背負い直してからそう問いかけた。地面に置いてあるボストンバッグに手を伸ばす。
「いつもは、こんなことないんだけど」
えへへと千穂は笑った。その千穂に、武尊はいぶかし気な目を向ける。
「・・・・銀の器として覚醒したから狙われやすくなったってこと?」
「そうなのかなと」
今度はあははと千穂は笑った。それに武尊はため息をついた。
「でも実際今日は狙われすぎだと思うぞ」
啓太も小太刀を振る。ざらっと砂が刃からこぼれた。
「そうだよね。狙われる体質だって言っても、森は遊び場で、俺たちといれば襲われるなんてこともなかったし」
樹もクルルと牙を召還して首を傾げる。
「やっぱり目覚めたのがキッカケなのかしら」
壱華もうーんと唸る。
「それはいいから、速く帰ろうよ!」
千穂が手を振ってそう声をかける。それもそうだと一同は荷物を手に持ち歩き出す。
現在地は森。ここはバス停から千穂たちの村へ向かうための道のりらしいが、武尊には全く道には見えなかった。
―確かに、地面は踏み固められてる気もするけど・・・・・・
武尊は辺りを見渡すが、自分がどこから歩いて来たのかも怪しいくらい判別がつかなかった。
―ゲームに出てくる迷いの森みたい
そんなことを思いながら歩き出す啓太の後を追う。はぐれたら遭難ものだ。
夏休み後半は千穂の村で過ごすことになっていた。ちなみに武尊は家に帰ってはいない。こうなると分かっていたから、陸は別荘に押しかけて来たのかもしれないと武尊を除いた四人は思った。とりあえず、五人は村に向かっていた。その道中、妖に襲われる襲われる。虫のような妖から動物のような妖まで様々だ。
ぎー
羽のこすれる音が空気を振動させる。ハエを巨大にしたような妖が現れる。
「また」
しかし、大きさはあるが強くはない。千穂以外の四人は大きくため息を吐く。
「切っちゃうよ?」
武尊が顕現させたままの剣を振り下す。ハエは音もなく砂となり消えた。
千穂の前に啓太と武尊。後ろに壱華と樹といった具合に千穂をはさみながら森を進む。すると、開けた場所に出た。
「あ!着いた」
千穂が駆けだす。それを武尊と啓太が慌てて追いかける。確かに森の終わりが見え、その先に穏やかな田園風景が広がっていた。森を抜けた場所で千穂は振り返った。
「ようこそ!わが村へ!」
にっこりと武尊に向けて笑顔を放つ。
「お邪魔します」
武尊は気が付けばそんな言葉を返していた。