リハビリ短編 夢よりも夢らしき夢
音沙汰もなく、大変にご無沙汰しております。
長い事文章を書けていない状態のまま生きております。
頭の中で時々現れるイルと辰砂の会話を僅かなりと形に残しておきたいので、リハビリを兼ねて書き起こしてみました。
鉄格子の向こうで、金に底光りする双眸がこちらを見つめている。
「辰砂」
「駄目だ、イル、もう少しだけ時間が欲しい……」
返事はなかった。灯りひとつない地下牢で、唯一見えていた金色が瞬いた。
「大丈夫だから。冤罪なんだ。グレッグ先生達も助けてくれるって言ってくれたし、今はここで少し待っているだけなんだ。だからーー」
「ーーだから、辰砂は、身体を取られても平気だって言うんですか?」
咄嗟に手が動かなかったのは自分を褒めてやりたいが、いかんせん言葉に詰まった時点でイルには全て伝わってしまった。衣服の下、身体の状態を見せたわけでもなし、確信には至っていなかったはずなのに。
「左足は膝までですか。右脚は付け根から無い。糸と水には支障が無いから、いくらでも削って構わないとでも?」
無くしたはずの足下から冷気が立ち上ってきた気がした。
「部位再生ポーションも先生にお願いすればいいさ、大した事じゃない。辛い思いをさせるけど、イル、もう少し」
「辛いのは俺じゃないでしょう。辰砂です。苦痛は心も殺せるんです。俺は辰砂の魂を一欠片だってくれてやるつもりはないんです。誰にも」
いつか見た燐光が目から溢れて、滑り落ちるように流れていく。幾筋も頬を伝う。苦しげに顔を歪めたイルーーこの顔をさせているのは、私だな。
「すまない、イル」
「謝らないで良いです、辰砂。だって、だって俺ーー」
イルが言葉を切って、一瞬、目をぎゅっと閉じた。流れ落ちる光が徐々に色を変えつつあった。闇に黒が溶けていく。嫌な予感に心臓が跳ねた。
「人なんてもういらない」
轟音に飲み込まれて、その後のことはよくわからなかった。意識が飛んだのはもしかしたら数秒だったのかもしれないし、一時間くらいだったかもしれないし、一晩だったのかもしれなかった。
気がつくと、私は空にいた。私が捕まっていた街だったと思われる瓦礫が見える。いつかと同じような状態で、しかし規模がまるきり違った。朝日が惨憺たる有様を明るく照らし出している。
「あぁ。起きましたか」
私を支えているのはイルだ。髪も目も鱗も角も光を吸い込むような黒に変わっているが、それでもイルだ。
「もう辰砂を縛るものは何もないですよ。安心して俺といましょう」
声音も態度もあまりにもいつも通りで、それだけに目に宿る熱だけが酷い違和感を持っていた。
「辰砂、もう誰のことも気にしなくて良いですからね。俺だけ見てればそれで良いんですよ。毎日髪も梳って、ご飯も半分こして食べさせてあげますね。それからたくさん撫でてあげます。綺麗な辰砂。俺だけの辰砂。世界で一番大事にしますからね……」
「ーーうわあああっっ!!」
近づいてくるイルの顔面をぶん殴ったところで飛び起きた。なんだ夢か……
「なんというヤンデレ……ああいうタイプには育てたつもりないぞ」
背中にぐっしょり書いた冷や汗がとても気持ち悪い。いつもは朝シャワーなんて贅沢はしないのだが、今日くらいは良いか。どえらい夢を、汗もろとも熱めのお湯で流してしまおう。
「∞世界にのめり込みすぎなのかなあ……」
風呂場の扉を閉めた後ろで、積んでおいた資料が床に落ちてもう一度飛び上がったのは誰にも内緒である。




