書籍化記念SS 幕間 焼き魚と藻塩亭に看板娘が戻るまで
書籍化記念SS、4つ目です。
これに至ってはレギュラー陣が一人も登場しておりません。
みんな唐揚げ好きだよね、と言う話。
とある朝のニーの街、大通りから少し路地に入ったところにある宿屋では慌ただしい空気が流れていた。宿泊客一名という宿屋にあるまじき営業状況のこの宿、『焼き魚と藻塩亭』では夜が明ける前から一家総出でから揚げの仕込みを始めていた。
「エイミー生姜とニンニク擦ったか!?」
「ええ今! 漬けダレに一掬いずつ入れていけばいいわね!」
「お父さん、ファングラビットの前足と腿、全部骨外したよ!」
「よしリンダそれよこせ! こっちの大きさ揃えたやつを部位別に漬けダレに入れて揉み込んでくれ……いやお前今日も仕事だったな。入れるだけでいい、揉むのは俺がやる。エイミーはそれ終わったらレモン櫛に切ってくれ」
「うっ、ごめんねお父さん……休み取れなくて」
きびきびした動作で肉を切り分けているのが宿の主人のイッテツだ。親の仇のごとく生姜とニンニクをすりおろしていたのがイッテツの妻エイミー、大量に仕入れたファングラビットを非常に手際よく解体していたのが娘のリンダである。リンダは大量に出た骨を寸胴鍋に入るだけ入れて蓋を被せた。これはこれでスープの出汁に使えるのだ。それから手を洗って、イッテツが神速で切り分けた肉を大量のタレが入っている大きな鍋に入れ始めた。
「ねえこれって何人分くらいあるの?」
「ああ。今仕込んでんのと昨夜仕込んだのとで二千人前ある」
リンダは耳を疑った。無理もない。ニーの街全体の人口が一万人と少しと言えば、二千人前がどれほど荒唐無稽な数字かわかるだろう。街の人間の五人に一人はから揚げを食べなければいけないのだ。リンダは眉を釣り上げて父親の方を振り返り問い質そうとした。しかし、父親の表情があまりにも確信に満ちていたので、何か勝算があるらしいことに気がついて黙った。
「どうも今回は来訪者達用の武闘会とか言う催しを同時開催するらしい。つまり、今日は街の人間だけじゃない、来訪者も客層として数えられるってことだ。来訪者達がこっちに来て何日経つ?そろそろ故郷の味が恋しい頃なんじゃないのか」
イッテツの目がぎらりと光った。エイミーはそれを頼もしく見やって微笑んだ。
「そう言うことだから、あなたは安心して出勤なさい。心配ないわ、できる限りの事はやってくるからね。でも、お昼休みにから揚げを買いにきても良いのよ。売り上げに貢献してちょうだい」
いたずらっぽく片目を瞑ったエイミーの笑顔に背を押されて、リンダは冒険者ギルドに出勤した。午前いっぱいソワソワして、ニーの街看板料理決定戦の開始時間には貧乏ゆすりが止められなかった。貧乏ゆすりというか、勝手に立ち上がろうとする身体を意志の力で椅子に落とすと言う、側からは全く理解を得られない孤独な戦いを繰り広げていたのであった。
若干の叱責を受けつつ、昼休みになった瞬間リンダは会場へ走った。祭りだけあって人混みが普段とは比べ物にならない。いつもよりもずっと時間がかかったが、どうにか父が出店しているはずの場所付近までやって来れた。はず、と言うのは屋台があるはずの場所には黒山の人だかりがあって、様子が全くわからないせいだ。
「うぉああああ! 親父三十本くれえええ!」
「ジャンクッ! フーッドォォオ!」
「カロリーイイイイイーーーッッッッッ!!!!!」
物凄い勢いで屋台に叫んでいるのはみな来訪者のようだ。時々何を言っているのかわからないが、とにかくから揚げに対する彼らの情熱は尋常ならざるもので、むしろから揚げこそが来訪者の主食なのではないかとすら思わせた。
そして一見無秩序に見えた集団が、実は整然と行列を作っており、最後尾の者が『最後尾↓』と大書きされた木札を掲げて新しく並ぶものにそれを渡す、と言う高度な技を披露していることに気づいたときには仰天した。こんな行列見たことない。大体あんな札、一家の誰も準備なんかしてないのだ。発想すらなかった。と言うことは、並んでいる来訪者たちが自発的に作成したと言うことだろうか?
「か、賢ーい……」
秩序立った集団が素早く注文と精算を済ませ、屋台の脇で受け取ってははけて行く。食べ終わったらまた並んでいる来訪者も結構いて、リンダは「ああ、だから全然行列無くならないんだな……」と、若干現実逃避気味に考えた。
「もしかして、二千人分はけちゃったりして」
結局、行列に並ぶ時間はなさそうだったのでリンダはそのままギルドに戻った。売上げ具合は多分申し分ないだろうし、他の屋台の閑古鳥が鳴いている様を見ても優勝は間違いなくできるだろう。最悪、半分売れ残ったとしても優勝賞金三十万エーンが貰えれば借金の足しに出来る。
考えをまとめるうちに、今朝までリンダの心を深く沈めていた重石のような悩みは綺麗さっぱり消え去った。だってあんなに売れて一串五百エーンなのに、たった八十万ぽっちが返せないわけがない。むしろから揚げを屋台で毎日売れば、リンダがギルドで働く必要もなさそうだった。
「よぉっし! 優勝してたら仕事やーめよっと」
リンダは希望を胸に石畳の上をスキップし始めた。毎日椅子に座って事務仕事をしなくていいかもと思うだけで心が弾んだ。
その後、リンダの予想通り『焼き魚と藻塩亭』は優勝し、元『煮豚と氷砂糖亭』――急に閉店してしまった上、店主のガーンコ本人は捕まってしまったので、ガーンコの父親に――借金もきっちり返済した。リンダ本人は速攻でギルドを辞めて毎日から揚げを揚げまくっている。忙しいせいか来訪者にしかモテないけど、そのうち宿屋を継ぎたいイケメンと出会う予定なので気にしてない。
「いらっしゃいませー」
ニーの街のギルド前広場屋台通りで、リンダは今日もご機嫌にから揚げを売っている。




