書籍化記念SS 幕間 初恋は破れるものとは限らない
せっかく書籍化するので、記念掲載その2。
これもぜんぜん関係ないお話です。
時間軸としては52話、思春期ふたりのその後とその間。
イチの街を走っているのはうさ耳の少年だった。右手に握りしめているのは、フードを被った、どう見ても怪しいのに何でか悩み事を打ち明けてしまった店主から買ったピンクのブレスレットだ。
うさ耳少年――左千夫はラブリ達に追いついて、いつも通り最後尾の位置で歩いた。ラブリはレン達と楽しげにお喋りしている。左千夫が追いついたことに気づいたのかどうか、もしかするとまず離れていたことすら気づかれていないのかもしれない。左千夫は少し笑った。
「秘めるのも、伝えるのも、確かめるのも……僕の自由、かあ」
店主の言葉を繰り返して、ポケットから右手ごとブレスレットを引っ張り出した。左千夫はラブリが好きだ。でもその気持ち自体が、今までは後ろめたかった。輝いているラブリに自分なんかがそんな気持ちを抱くことさえおこがましい気がしていた。でも店主の言葉は左千夫の目から鱗を落としてくれた。
左千夫がラブリを好きなのは、悪いことなんかじゃない。見劣りだってしない、そもそも気持ちなんてものはどんなものとも比べられないのだから。ラブリの周りの男達がどれほどイケメンで、大人で、世慣れていても、左千夫が抱いている想いには何一つ関係ない。
だから左千夫は集団の先頭、ラブリのところまで移動してブレスレットを手渡した。
「ラブリ、はいこれ。僕もこれはラブリに似合うと思うな」
ラブリは一瞬驚いたように目を丸くした。それから嬉しそうに笑った。
「ありがとさっぴょん!買ってくれたんだぁ!やっぱり可愛い〜」
見るからにご機嫌になったラブリは左手首にブレスレットを引っ掛けて空にかざした。勿論男達は口々に褒め言葉を述べるのだが、目は笑っていなかった。左千夫に投げられる視線は刺さりそうなほどの圧力が込められており、左千夫は思わず肩をすくめた。それでも、無理やり微笑んで口を開いた。
「ねえラブリ、僕ラブリのこと好きなんだよ。付き合いたいし、抱きしめたいし、独り占めしたい。ずっと好きでした」
左千夫の唐突な告白に全員が沈黙した。ラブリは目をまん丸にして固まっていたし、レン始め男達は今や殺気を隠そうともしていなかった。抜け駆け禁止の集団の中で堂々と抜け駆けしたのだから無理もない。ルール違反なのは自分だが、でも左千夫は後悔していなかった。
「あとね。僕は僕がラブリを好きなことを知って欲しいだけだから、返事はいらない。じゃあね」
左千夫はクラン脱退の手続きを手早く行った。幸い、クラン『ラブリと愉快な仲間達』は参加も脱退も自由だったので、メニュー画面を操作するだけで済んだ。
脱退が完了したことに気づいたらしく、男達の顔があからさまに安堵した。眉尻を下げているのはラブリだけだ。
「さっぴょん……」
ラブリが涙目で上目遣いをしてきた。これまでの人生でこの表情にやられた回数は片手では済まないなあ、と左千夫は笑った。今のお願いもわかっている、行くなと言われているのだ。
「ごめんねラブリ。僕、好きな娘の逆ハーなんか見たくないんだ」
当たり前だが左千夫だって男なのだ。誰が好きな子が下心満載の男達に囲まれているところを見たいものか。まして∞世界では左千夫達よりも年上が多い。普段左千夫達が生活している学校よりも、ずっと積極的に言い寄ってくるのである。
ラブリの事は好きだけど、かといって付き合えるとも思ってない左千夫は踵を返して集団から離れていこうとした。
「――さ、さっぴょんのバカぁ! ヘタレ! おたんこなすっ!!」
実際、左千夫はさっさと別の場所へ行くつもりだった。しかし今まで聞いたことがない、レベル低めの罵倒に左千夫は驚いて振り返った。見ればラブリは顔を真っ赤にして眉を釣り上げ、左千夫を睨みつけていた。その目がこぼれ落ちそうなほど涙を湛えていなければ、どう見ても怒り心頭であった。
「なんで勝手に決めつけるの!? ラブリ、さっぴょんのこと好きじゃないなんて一回も言ったことない! さっぴょんこそ、急に、急に告白とかっ……しかも言い逃げなんて、ずるい!」
ラブリは目をぎゅっと瞑って涙を振り払い、男達に向き直って頭を下げた。
「ごめんなさい、ラブリはさっぴょんとお付き合いします! 短い間ですけどありがとうございました! ラブリも抜けます!」
クラン『ラブリと愉快な仲間達』には、絶対的ルールが一つある。ラブリが誰を選ぼうとも、笑顔で祝福して解散すること、である。だからラブリを引き止める男はいなかった。むしろ競うように祝福した。例え内心がどうあろうとも、抜け駆けした左千夫をPKしたくとも、男としての見栄がそれをさせなかったのだ。
かくして少なくとも表面上は、左千夫とラブリはめでたく祝福されながら付き合い始めることになったのである。何処かで誰かの血の涙が流されたかは――まだ定かでない。




