189幕間 辰砂とイルの1分クッキング餃子食べたいスペシャル
「私は餃子がッ、食べたいッ!」
「えーと、そんなに力を込めなくても大丈夫ですよ。ぎょうざが何かはよく分かってないですが」
「おっとすまない。年に何度か餃子食べたい病を発症してしまうんだ、そうすると居ても立っても居られないと言う恐ろしい症状が出る」
「で、食べれば治ると。単に好物なんですね、わかりました」
「今日は物凄く普通の餃子を作ることにしようか。皮も簡単なんだが時間の都合上出来合いの皮を使用する」
「ふむ?ひき肉と野菜を混ぜるわけですね」
「うん。イルはまず手袋をしてボウルに入れたひき肉を混ぜてくれるかな」
「はーい。あ、もうここで調味料入れちゃうんですね」
「そうだね。肉にしっかり味をつけておくと何となく味のまとまりがよくなると信じている。異論は認めるよ、人の数だけ正義は存在するからね」
「格好いいこと言ってる風ですがそうでもないですね」
「気にするな。ま、ここで入れるのは生姜、ニンニク、醤油、塩、胡椒、ごま油が少しと好みで甘さを足せばいい。私は砂糖入れないけど母は入れるな」
「ふーん。ところで生肉だから味見が出来ないですね」
「雰囲気でいいんだけど。まあ、料理に慣れてない人とか我ながらセンスが無い自覚がある人は大人しくレシピを参照した方が良いだろうな。薄い方はまだいいが濃いと食べられないから。次はその量から好きにアレンジしていけばいいわけだ」
「なるほどー。はい、混ざりましたよ。そっちの刻み野菜を足すんですか?」
「いやまだだ。微塵に刻んだ白菜またはキャベツとニラに塩をして水を絞る必要がある、ふん!漬物みたいな見た目になったら足していい」
「おお!水気が結構出て来るもんですね。葉っぱのくせに生意気な」
「イルは野菜の良さがわかってないなあ。美味しいのに……次は刻んだ椎茸も入れる。きのこ類はタネに水分が回りやすいので、入れる派と入れない派がいる。私は入れるが、皮がくっつきやすくなるので管理に注意すること」
「今の所野菜にかさ増し以上の意味を見出せませんけどねえ。はい、まんべんなく混ざりましたよ。何だか最初よりかなり粘りますね」
「ひき肉はこねるうちに粘りが出て来るもんだからそれでいいんだ。じゃないといつまでもまとまらないだろ?さて、それじゃ包んでいこうか。本当はタネをしばらく寝かせた方が美味しいが尺の都合上しょうがない」
「時間制限がありますからね」
「皮を一枚利き手じゃない方の掌に乗せて、タネを適量中心に置く。包める自信がある量にしておかないと悲しい事になるので注意」
「これくらいですか?」
「ちょっと多いかな。上手くなったらそれくらい楽勝だけど、最初だからちょっと減らしときなさい……ん、そんなもんかな。じゃあ、この小皿に入れた水を指先にちょいとつけて皮の外周半分くらい撫ぜる」
「半分くらいと、うん、できました」
「ばっちりだな。じゃあまず水を付けた部分の真ん中あたりがてっぺんに来るように半分に折っててっぺんだけをくっつける。指で押さえるだけでいいよ」
「水が仕事してるんですね」
「イルは賢いなあ。学者か研究者にもなれそうだ」
「……。俺は手芸家になるんですから他の事に浮気しないんです。やるとしたら辰砂の秘書です、アルフレッドさんみたいな紳士の」
「あ、アルフレッドさんか(彼はどっちかって言うと執事だと思うが)。秘書が付くほど大層な事はやってないぞ?水が付いた方の皮でひだを寄せていくんだ」
「ひだの向きはバラバラでもいいんです?あ、中心に向けるんですね。辰砂は手を広げすぎなんです、今でもあれこれ忘れてるでしょう。俺がちゃんと覚えておかないと」
「う、痛いところを突くなあ。確かにやりたい事が多くて後回しになってる事も山ほどあるな。私は中央に向けるけど、一方向に流してもいいんだよ」
「やりやすい方でってことですね、わかりました。後回しにし過ぎて忘れちゃってる事もあるんですよ。だから俺ちゃんと書い……ゴホン、ちゃんと教えてあげますからね」
「うーんまあね、いつも助かってるよ。ありがとう」
「……どういたしまして。さあ、全部包めましたけどここからはどうなるんです?」
「物凄い早さだったなあ、流石Dex値1000越えだ。手の残像が見えてたぞ。ではこれを焼いていこう。しっかり熱したフライパンに油を敷いて、餃子の底を押し付けるようにしながら並べていく。丸く並べても良いし列にしても良いよ」
「火加減は思ったより弱めなんですね」
「弱めの中火だな。これ以上強いと皮だけ焦げる。もちろんこれで焦げるならもっと弱めないと駄目だけど。適当に底に焼き色が付いたらカップ半分くらいの熱湯を入れて即蓋をする。湯気を逃がさないように」
「茹でるには少ないですけど……わ、すごい湯気。蓋にいっぱい水滴が付いてますね、あ、流れ落ちた」
「この蓋ガラスだからよく見えるなあ。ええと、密閉した中で湯気を加熱すると、お湯が沸くよりずっと熱くなるんだ。その蒸気で物に火を通すことを蒸し焼きと言うんだ、肝心なのは少しずつ湯気が逃げる事、これで水が無くなるくらいを目安に出来る」
「ふむふむ、お湯より湯気の方が熱くなるんですか……勉強になりますね。あ、水が無くなったから蓋はもう要らないんですか?」
「仕上げ焼きをしないとパリッとした感触にならないからね。大方水気が飛んでるのと、皮が透き通ったのを確認したら少し火を強めてごま油を回しかける。沢山は要らないけど、足らないと焦げる」
「あー、良いにおい……これは凶悪ですねえ」
「30秒くらいかな、最初に焼き色を付けた面がパリッとしたら出来上がり。フライパンと同じ大きさの皿があったら被せてひっくりかえしたら盛り付けも完了、簡単だろう?火傷には注意しないとだけど」
「おお、一瞬ですね。丸く並べた餃子がぎっしりしてて美味しそうです」
「油をケチるとひっくり返しても剥がれなかったりして悲しい事になるんだよなあ。初心者はコーティング済みのフライパンがおすすめだ、さあ!熱いうちに食べよう」
「ひゃっ、このタレ酸っぱいですね!これ付けて美味しいんですか?」
「酢醤油だからなあ。大丈夫、少なくとも私は大好きだ」
「本当かなあ……頂きます、むう!んぐぐ」
「口に物を入れたまま喋らない!飲み込んでから!」
「こほん。失礼しました。美味しいですよ!酸っぱいのと肉汁のじゅわーって感じとよく合って!後、悔しいですが野菜がなんか美味しいです、しゃきしゃきして」
「ふふん。どんな野菜嫌いも餃子は好きなもんだ。個人的には肉の美味しさを倍以上にしていると思っているぞ……んー、次は小龍包でも作ろうかなあ……」
「うーん、ちょっとだけのお肉だったのにすっごい満足感が。魔法の料理ですねえ……うう、止め時が見つかりませんよ辰砂、これホントに魔法かかってないです?精神系魔法とか!もぐもぐ」
「イルが言うと現実味があって怖いから止めなさい。何もかかってないから。さてそれではみなさんまたいつかお会いしましょう。ごきげんよう」
「ごくっ、ごきげんよう!」
なお、本文中のイルの沈黙時間は角の付け根が揉みたいけど料理中なので必死に我慢している時間です。




