161幕間 三者三様
その日もいつも通りだった。いつも通り∞世界で人を殺す。現実ではできない経験に身を震わせる。生き返ると言う安心感が、俺を許して支えてくれる。
ボスは何人かしかいない名付きのPK職だ。成り方はわかってないが名付きは皆イカレてるから、俺がなれないことはわかっている。
今日の仕事は火竜ダンジョンでレイドした後の最前線組を皆殺しにして俺たちのクランの名を売るって目論見だった。ボスはじめ幹部連中がレイドに潜り込んで、俺たちは場所を整えて、挟撃。単純な作戦だ。
ダンジョン内の殺人的暑さに耐えつつボスからのメッセを待つ。レイドが終わったらアイテムの分配やらで少し間が開くから、その間に広場を封鎖しておくのが第一段階だ。だけど、別に終わる前に封鎖しておいたって問題ない気がする。ボスに質問すると笑いながら殺されるから何も言わないけど。
メッセが来た。通路に持ってきた麻痺毒付き刺網を広げる。触ると自分が麻痺になるから注意が必要だ。そして馬鹿が網に引っ掛かる。まともにやり合ったら一番めんどくさそうな脳筋パーティが6人まとめて麻痺ってくれたからすごく良かった。
いつも通り、魔法で後方から援護する。対人での魔法使いの役割は相手方の魔法の相殺、バリア貼り、余裕があれば攻撃だ。不意打ちの魔法で一網打尽、とか出来ればいいけどそんな威力の魔法は使えない。大体そんなの使えたら別にクランなんか入ってない。
6人で連携しながら戦っていたが、もう半分やられた。ボスたちが合流してくれないせいで、単純に24対6だからだ。わかり易い数の暴力だ。今はもう17対3だ。雨霰と飛んでくる魔法を相殺しきれない。悪あがきにバリアを張り直して防御を捨てた。
「ボス何でっ」
前衛の敦志が作戦と違うボスたちの動きに疑問を挟んで死んだ。馬鹿。ボスにボスと呼びかけたら殺されるに決まっている。何でもくそも無い。俺たちは捨て駒にされただけの話だ。
「……それでも脱退できないんだもんなあ」
最後に残ったMPで範囲の火魔法を行使した。火に強い装備を身に着けているはずの最前線組に大した痛手は無いだろうが、せめて。ボスたちも範囲内にいるけど、笑顔は変わらないままだ。
捨て駒にされたり囮に使われたり特攻させられたりしても生き返るのだから痛くもかゆくもないのだろう。そりゃそうだ、ボスは全然痛くない。痛いのは俺だけだ。
取り留めもない事を考えながら俺は死んだ。
(……もうやめよっかなあ)
◇◇ ◇
「終わったねー。こんなもんかあ」
にこにこしながらボスが呟いた。捨て駒側にその旨を伝えないのはいつもの事だ。まあ、逃げだされたり怖気づかれても困るわな。その判断は正しいのだと思う。
レイド後に最前線組を皆殺しにして俺たちのクラン、切り裂きジャックの名前を売るってな目論みでここにいる。一度の襲撃で人数を削りつつ安心させて、もう一度今度は背後から殺す2段構えの作戦だ。ま、あいつらが予想より頑張ったから30人が17人まで減ってるしどうにでもなるだろ。
「じゃ、\(^o^)/。やってくれる?」
ボスが黒いナイフを取り出した。呪われているそのナイフがもたらす激痛を思い出して刃を噛みしめた。オワタァが風魔法を準備して、網に最前線組を押し込んでいく。一か所でも刺されば後は嬲るだけ。簡単だ。
「アラタさん、何で……」
驚愕しているエルフの女の子に大斧を振り下ろした。レイド期間中、結構仲良くなっていた子だ。俺がPKじゃなかったら甘酸っぱい恋愛を楽しむ道もあったのだろうと思う。痛む胸を無視して、次の獲物に向かおうとした。
どしゃっと音がしたのはその時だ。驚いて振り返ると、黒づくめの変な奴らが立っていた。古風なツナギっぽい変なのを着たチビ、悪の女幹部のコスプレした女、貴族風のめかしこんだ派手な男。何だこいつら。その足元から光が弾けて、居なくなったのがオワタァとゴリムチマッチョであることに気付く。オワタァはともかく、ゴリが一撃って。
女がチビを放り捨て、チビが目で追いかけられない速度で跳んだ。大きなナイフを叩きつけられたのはレンだ。驚いた風でも対応しやがる辺り、残念ながらNo.2は伊達じゃない。
女はボスの方に何の気なしに向かう。男は残り二人――俺とYesロリータNoマッチョ、一番そりが合わん奴である――を見ている。装備からして後衛型っぽい、が
「があっ!?」
突如暗かったダンジョン内に閃光が走った。たまたま瞬きした瞬間だったが、瞼越しにも強すぎる光は痛みすら伴う事を知った。自衛の為斧を振り回すが誰にも当たらない。目を開けてどうにか視界を取り戻し、最初に見えたのはロリマッチョが殴られて爆散する光景だった。
「……え」
何をしたら人が弾け飛ぶんだろう?理解が追い付かない。どうして殴ったら爆発するの?出来の悪い映画でも見てるみたいだ。身体は動かないのに脳だけが無意味に空回りする。派手男は光が全部消えるまでを観察してから俺の方を向いた。
「ああ。見えているんですか。敵の前で呆けるなんて、それでよくもまあ人殺しを生業にしようと思いましたね」
こつ、じゃり、と洒落た革靴が地面を踏む。俺は武器を構えようとしているが、どうしても身体が言う事を聞かない。さっきと同じだ。なんでなんだ、このままじゃ死ぬだけで――あ。
「大丈夫、俺は苦しませるのは好きじゃないから、一瞬で済みます」
キラキラする黒仮面から覗く口元が、少し笑った。腹部に叩き込まれた衝撃が全身に広がる。ああ、弾ける。ちらりと、今まで思ったことのない事を考えた。
(――俺、死んだわ)
◇ ◇ ◇
「……」
クランドはぐったりと網に体を預けた。麻痺がかかっていて身動きが取れない。つい先程までレイドを組んでいた最前線組の中にPK職が混じっていたとは。
(いや、まあ疑ってたけどさ)
懇意にしているポーション屋の彼女のメッセージを思い出す。レイドに向かう日時を知りたがっていたので教えたときの返信だ。お礼と、背後に気をつけるよう書かれただけの短いメッセージ。残念ながらそれを打っ棄るにはクランドはじめメンバーたちは彼女を信頼しすぎていた。
(後ろじゃなくて前かいって笑ってたんだけど、まさかもう一回来るとはねー……)
思えばさっきの襲撃者たちはどこか迷っている風だった。最後の一人に至っては投げ遣り感がひしひしと伝わって来ていたし。もう少し丁寧に状況を拾ってみるべきだったと悔やんだが、だからって麻痺が治るわけでもない。
PKたちの中で異色なのは、さっきまでと同じ優しい顔ですでに4人殺してるアンドレイさんだ。変わらない雰囲気が何よりも怖かった。凄まじく黒いナイフで手際よく首を掻っ切っている。
網に押し込まれた瞬間から俺たちの敗北は決定していたのだろう。歯痒い、けど打てる手が無い。歯噛みした。
どしゃっと音がしたのはその時だ。一瞬前まで影すらなかった人物が立っていた。黒づくめのショタっぽい子、黒づくめの露出過多コスプレ女、黒づくめのハロウィン男。まだ真夏なのに気が早い、と全然関係ない事が脳裏をよぎった。
女が踏み潰したのは\(^o^)/さん、男が脳天に着地して、続けざまに踵を落としたのがゴリムチマッチョさんだった。いやPKにさん付けとかええい要らんことばかり考えるな俺!
アンドレイの方に女が近寄っていき、邪魔するとかしないとか話している。女が魔石を摘み上げて顔の横に掲げた。何だアレ、と多分全員がそれを見つめてしまったと思う。方々で悲鳴が上がったからだ。
何も見えない状態で聞こえるのは音だけだ。一度鋭い破裂音がして、アンドレイさんが壊れっぷりを披露して、その声も途中で途切れた。今聞こえるのは遠くで戦っているっぽい音で、それをしばらく聞いているうちに視力も回復してきた。
男と女は俺たちをどうこうする気はないらしい。並んで立ってショタの方を見ているようだ、仮面越しだからよく分からないけど。でもその立ち姿と距離感がものすごーく知ってる誰かと被る。
(なにやってんすか……)
飄々とした顔が甦る。ああ、背格好と言い組み合わせと言い。それは変装のつもりなんですか、いや、成功してるけど。イルさんに至っては角何処にやったんですか。ツッコミが次々に湧いて出る。どれにも答えてはくれないだろうと思いつつ、クランドはもう一度ぐったりしてため息をついたのだった。
(後でちょっと摺り合わせしとかないとな。シュンとカルビは先走りしかねないし……はあ、もうちょっと隠す気でやって欲しかった)
苦労性クランドは本日も絶賛苦労中である。




