とあるギルドのお仕事 流行劇場編
「辰砂。お前との婚約の破棄を希望されました」
宣言は学園卒業パーティの盛り上がりがピークに達しようかというそのタイミングで唐突に行われた。声を上げたのは∞王国第二王子、イルルヤンカシュ殿下である。殿下は私を――婚約者を見つめていた。
「お前は、このユミエ子爵令嬢と私との仲を疑い、様々な嫌がらせを行ったという訴えが出ています。それが本当ならば婚約者としての品位を疑います。私の誠意も踏みにじられました」
殿下は淡々と述べた後、少し後ろを振り返った。ユミエ子爵令嬢は私の方を怯えたように見つめていたけれど、殿下と目があった途端に頬を染めて上目遣いで見返した。見事な演技である。
「私には覚えがありませんが。証拠はおありですか」
私は謂れ無き罪を大人しくかぶせられる程軟弱では無いので、とりあえず容疑を否認した。とは言え何かしらの物的証拠でもあるならば話は別だ。互いの受け取り方の違いで嫌がらせ、と表現されてしまう何かがあったかもしれない。
「前へ」
殿下の声に従って進み出てきたのは、シュウジ、シュン、クランドである。男ばかりだなと思ったが、とりあえず聞こうと沈黙を続けた。
「辰砂公爵令嬢はユミエに食堂の席順について執拗に苦言を呈しました。口を出さない日は1日たりともありませんでした」
「公爵令嬢は教師陣に圧力をかけ、ユミエに解けない問題ばかりを試験にて出題させました。ユミエの成績を悪くさせて故意に補習をさせようとしたと見られます」
「公爵令嬢はユミエが殿下に話しかけることに嫉妬してユミエの制服を破損させました。制服は先週末の体育の時間中に破られており、その時間公爵令嬢は授業に出席してなかった事が確認されています」
男3人の適当な証言が続いた。2つ目と3つ目には既に主観的な意見が混じっており、証言とは言い辛くなっている。殿下は鷹揚に一つ頷き、私に振り返った。
「辰砂、申し開きはありますか?」
おや、反論のチャンスをくれるのか。それならばとりあえず、言う事だけは言っておかねばなるまい。
「まず食堂の席順に関してですが、厨房内で食事を摂ろうとするのはやめて下さいと伝えたにすぎません。賄いを食べれば食事代金も必要ないという独自の説は通りませんし、料理人達に無用な当惑を与えるのはお止め頂きたいと言う旨を、毎日繰り返すことになったのは行いを改めて頂けなかったからです」
「ああなるほど。それは当たり前の事ですね。では、クランド侯爵子息の証言は無効としましょう。それから?」
殿下はそりゃそうだみたいな顔をしている。分かってくれてありがとう。さて次は何だったか、ああ、試験問題の話か。
「試験に出される範囲に口出しする権限など私は持っておりません。また、受験者ごとに出題が変えられるなどと言う事はありませんので、彼女だけが特別に難問を解いたと言う事もございません」
「それじゃ、彼女は他の人達が解けた問題が解けなかっただけだと言うのですね?」
「その通りです」
殿下の質問には肯定を返して私は扇子を僅かに開いた。笑う時には口元を覆うのが、立派な淑女の所作であるらしい。が、とりあえず今これが必要なのは暑苦しいドレスのせいである。じわじわ出てくる汗は止まらないままだ。
「そして、シュウジ伯爵子息の証言ですが。確かに私は先週末の体育の授業には出席しておりませんでした。けれども、私はその授業は出席を免除されています――殿下、貴方の昼食を作る為に」
毎日4時間目の授業は、私は厨房で作業をしている。殿下は私が作る昼食を――ごく普通の素人の料理を――毎日食べては喜んでいるのである。入学から卒業まで、この習慣は4年ほど続いているのだがシュウジは何故こんな証言を出してきたのか。
「そうですね、その日は確かご飯と豆腐の味噌汁と胡麻鯖の生姜煮に、焼き茄子、トマトと胡瓜のピリ辛の和え物でしたね。焼き茄子が凄く美味しかったのでまた作ってくださいね」
ナチュラルにリクエストをぶっ込んで来た殿下をちらりと睨めつけつつ、私はもう一度自称証人達を順番に見た。クランドは出てきた時と同じくにこにこしている。シュンは心の底からどうでもよさそうだ。シュウジはそこはかとなくがっかりしているが――苦労性が滲みでているなあ。頼まれて断れなかった感満載である。
「では、証言はことごとく無効、ひいては訴え自体を無効として――」
「で、殿下!わたし、わたし、辰砂様に階段から突き落とされましたのっ」
殿下が最終的な検討結果を言い終える前に、ユミエ子爵令嬢が左腕にしがみつくようにしてそれはそれは大声で叫んだ。というかしがみついている。殿下は、いかんしかめっ面になっている。
「ちょっと触らないでください!離して!」
殿下が振り払うように腕を一振りして、ユミエ子爵令嬢は吹き飛んだ。あー、もうステータスの差も考えずにもう!糸を伸ばしてユミエを捕まえ、目を回しているだけのようなのでシュウジに預ける。
「もー、俺に触っていいのはばあちゃんと辰砂とウールだけですよ!信じられないったらもう」
ぷんすかしている殿下……いやイルを宥めつつ、私は振り返った。
「こうして悪役令嬢と天然王子は無事に結ばれたのでした。これにて、めでたしめでたし」
観客席からの拍手がぱらぱら起きた事を確認して、私は幕を下ろすように合図した。するすると降りる幕。やれやれ、変な仕事だった。
「お疲れでーす」
「誰得なんだろなあこの劇」
「はー、ユミエがざまぁヒロインとかしっくり来るだけに納得いかねえ」
証人3人組もくたびれた顔で寄って来る。イルにうさぎの林檎を与えつつ全員でねぎらい合った。
「疲れましたね。流行りものを取り入れるのはいいのですが、どうして私が悪役令嬢とか言うものに扮する必要があったのか」
「辰砂は何か悪役っぽいからいいじゃないですか。不思議なのは俺ですよ。何で王子様だったんでしょう」
「いやぴったりだと思うけど……クール系賢者王子的な」
「まあまあ、とりあえず片づけしようよ。このよく解んない台本もおおむねその通りに演じたわけだし、無報酬にはならないでしょ、ちょっと途中になっちゃったけど」
まあ、後半の盛り上がり部分をばっさりカットしたのは否めないけれど。あれほど言っておいたのに、本当にイルに触ってしまったので切り上げざるを得なくなってしまったのである。
「しかし、本当にミスキャストの塊のような気がするよ」
私は台本を閉じて、ドレスから着替えるべく踵を返した。本当に――徒労感あふれる仕事だった。




