110幕間 辰砂とイルの1分クッキング七夕15分拡大スペシャル
「今日は七夕である。なので、素麺を食べよう」
「素麺?ですか?辰砂が作るものは美味しいから期待していますが、どんな食べ物なのですか?」
「白くて細い麺だ。茹でて冷やし、味を付けたつゆにつけながら食べる」
「だから、さっきから鍋が沸騰してるんですね」
「その通り。素麺はこの通り、束ねた状態で売られている。一把、二把と数える」
「いちわ?兎みたい」
「……(説明すると長くなるのでスルー)さて、素麺を茹でる前に、好みの味付けにするべく薬味を準備する」
「香りの強いものが多いですね」
「まず紫蘇。大葉とも言う。生息地は田舎の古い民家周辺。一度植えれば毎年勝手に生えてくれるが、庭が紫蘇だらけになって大変な目に遭う草だ。新たに植えたい場合は植木鉢かプランターを推奨する」
「へえー。こんなに柔らかいのに生命力は強いんですねえ」
「野生に近づくほど葉が固く、香りは薄くなる。これは農家さんが丹精込めて作った大葉だからいい香りだし柔らかいのだ。さて、それではこれをまず中央の葉脈に沿って縦半分に切り、ついでに固い部分を除く。そうしたら千切りにする」
「わ、香りが広がりました。辰砂の薬草類も良い匂いがするといいんですけど」
「諦めなさい。あれはああ言うものなの。次、茗荷。こんななりだが蕾である。地面から生えたところを取って使うが、私は植えていないのでこれも買ってきたものだ」
「なんかすごい涼しい感じの匂いですね?」
「半分に割って小口切りにして使う。独特の刺激が苦手な人は一旦水に晒してもいい。今日はそのまま使おうかな。イルの言うとおり、この匂いこそが茗荷の身上だ。好き嫌いの別れる匂いなので、お客様に支度するときには確認した方がいい」
「あっこれ美味しい。甘しょっぱくて」
「こら、勝手に食べない!全く。次は、干し椎茸の旨煮だ。干し椎茸は、冷水に漬けてジッパー付きの袋かタッパーで冷蔵庫で一晩戻すと味がよく出る。急ぐからと言ってお湯で戻したりは厳禁だ」
「どうしてですか?」
「美味しくないから。後、上手く戻らなかったりもする。理由は各自調べるように」
「ふーん……不思議ですねえ、美味しいからいいけど」
「今日は前もって作っていたのだけれど、戻した干し椎茸を、戻し汁と醤油と砂糖、好みでみりんを加えてゆっくり煮るだけだ。薬味にしたいから、一旦取り出して薄切りにし、また汁に戻してあるが丸のまま煮てもいい。ほら、食べたがると思って丸のやつだ」
「ありがと!うわー、煮汁がじゅわっと出てきて甘しょっぱくて美味しいですよ。……これは何かの茎ですか?」
「当たり。山葵です。こんなものが民家に生えていたら養子縁組を考えるな。これはそのまま、目の細かいおろし金で優しくおろすだけだ。いざ食べる時に各自やります」
「おろし金と言いつつ何かの皮ですよね?これ」
「それは鮫肌。物凄い高級品ってわけでもないから、こないだつい買ってしまった。おろしたものが滑らかになる優れものなんだ。さて、薬味はこれくらいでいいか。地域によって随分色んな物を入れるのだけど、私はこれくらいが好きだ」
「4種類かあ。多いのか少ないのか俺にはわかりませんが」
「どうだろうね?そのまま食べる人もいるし。さあ、虚しく沸騰を続ける鍋の前に行こう。さっきの素麺の端を糸で結びます。この工程は普段絶対やらないけれど、今日はイルがいるので、美しい素麺と言うものを見せてあげましょう」
「美しい素麺、つまり向きを揃えると言う事ですね?」
「そう言う事ですね。食べる分だけ糸で結んだら(10把)鍋に入れます。ばらけるように、結んでない方から振りつつ投入」
「あ、結構すぐに柔らかくなるんですね。ちょっと振っただけでばらけた」
「あっという間に茹で上がります。茹る前に激しく沸騰させると、鍋が噴きこぼれるので火加減には注意」
「凄い勢いで泡が盛り上がってましたね。面白いけど掃除が大変そうです」
「まあ、でんぷんだから水拭きすれば取れるけれど。焦がすと一気に面倒になるからやらない方がいいだろうね。総こういっているうちに麺に透明感が出てきました。これで茹であがりですので、流しに置いたざるに空けてしまいます」
「わあ。湯気が凄いですよ。結構熱い」
「今日は鍋が大きかったからなあ。眼鏡が曇るので、特に手元に注意すること。さてそうしたらすかさず水を全開にして素早く麺を洗います。ボウルを下にセットして水を溜めつつ、優しく」
「麺が細いから、適当にやると千切れそうですねえ」
「雑にやるとどんどん千切れます。良い麺だともっと腰があるかもしれないけど、一庶民にはハードルが高いからね。粗熱が取れたら、ボウルの水を捨てて氷水を放り込みます」
「氷水……氷にちょっと水が入ってるくらいの比率ですけど」
「ざっくり言うと氷水だから。大丈夫。これで麺をさらに洗って引き締めます。しっかり冷えたら心なしか面が引き締まったように見えてきます、これで出来上がり。糸で結んだ端っこを包丁で切って、皿に適当に綺麗に盛りましょう」
「適当と綺麗が両立するあたりはさすが辰砂ですねー」
「褒めてもこれ以上は何も出て来ないぞ。さて、つゆを入れる猪口も折角なのでガラス製です。七夕なので。つゆは好みの味の麺つゆでもいいですし、自家製で作っても美味しいでしょう。私は麺つゆは甘いので、適当な感じで作っています」
「ふん?良い匂いですね。これこないだの葛篭の中に同じ匂いのする奴がありましたよ」
「良く覚えてたなあ。あれも使ってみたいんだけどなかなか時間が取れないんだよな。鰹と昆布だしに醤油、酒、味醂を好きな割合で入れて煮切るだけで出来ます。では頂きましょうか」
「どんなもんなんでしょうか?あ、なんだろうこの感じ。つるつるしていて滑らかですよ!喉越しが楽しい!」
「ふふんそうだろう。薬味も試してみるといい」
「紫蘇だと爽やかですね!つゆも結構しっかり香るのに、全然邪魔じゃない!茗荷も入れちゃおうかな?あ、なんか高級感まで出た!なんだろうこの華やかさ」
「茗荷は嫌いじゃないみたいだな。嫌いな人は物凄く嫌いなんだけど。損してる気がしてならないよ」
「干し椎茸は後にしよっと。先に山葵を……くるくるっと、あれ?辛い匂いがしますね。これはちょっとだけにしようかな……はあ!ぴりってしてすーってして美味しいですよ!」
「急に頭悪そうになったけど、気持ちは分からなくもないなあ。適量だと美味しいんだよな」
「ちょっと別のお皿に干し椎茸とつゆを入れてと。あれ?さっきと全然違う。まったり美味しい……ゆっくり食べたい……美味しいですよ」
「この自由自在さが素麺の長所だよ。ふふん、楽しんでくれたようだな」
「素晴らしい食べ物でしたね。最初は糸みたいとか思っちゃってごめんなさい」
「素麺も気にしてないと思うよ。∞世界にも素麺があるといいのだが」
「探しましょう!素麺!きっとどこかにあるはずですよ!」
「あ、うん(思ったより熱が入ったな)。えーと、お時間が来たようですね、それではまたいつかお会いしましょう、ごきげんよう」
「ごきげんようー!」




