56幕間 イルルヤンカシュ
イルは結構、いやかなり怒っていた。誰だか知らない敵にもだが、辰砂にも怒りは向いている。
(なんで怒らねえんだよ)
理不尽に攻撃されても面倒くさそうな様子でしかなかったパートナーを思うとまた腹立たしさを感じた。怒りに任せて咆哮を上げ、水魔法を行使する。慣れた規模の水流が木立を破壊していく。手加減する気にもならない濁流の中で射手が光の粒になったのが見えた。
(馬鹿が)
何を思って辰砂を襲ったのかなんてどうでもよかったけれど、辰砂に矢を刺したのは許せなかった。【短気】を使うと3日くらい動けなくなるのだが、それでもいいと思うほどの怒りを感じたのは初めてかもしれなかった。
木立を破壊しつくして少し頭が冷えたときに思い至ったのは町から誰か来てしまうと言う可能性である。絶対に自分にも辰砂にも良い事にはならないのは明白で、動揺しながら辰砂をくわえてとりあえず森の深い方へと逃げた。
飛んで飛んで飛んで、高い崖に空いた小穴を見つけた。辰砂をできるだけそっと押し込んで、自分も小さくなる。【短気】を解除すると同時に体が重たくなった。昔よりもっとしんどいかもしれない。
いつの間にか気を失っていた辰砂の左腕に這いよって、渾身の力で矢を抜いた。使える魔力が少ない事を自覚しつつも回復魔法を行使する。魔力が尽きたものの傷が塞がってほっとした。
「あー、しんどい」
ごろりと転がる。瞼が重たくなってきた。これだけ逃げたのだ、辰砂がお尋ね者になることはないと思いたい。もっとも、もしお尋ね者になっていたとして、元々人が好きでないイルはもうこのまま人のいないところで暮らしても良い気がした。
「早く、起きろよ……俺も寝るから……」




