涙のViolence(II)
卒業 Liveのメンバーである九条竜太はLead guitar担当だったが、或日の事、
右手に包帯をして現れ、骨折したのだと言う。
仲間の中学生達は事情を知っていたようだったが、僕は「竜太? おまえ、
それどうした? 弾けんのか?」と尋ねてしまった‥
同時に二つの事を訊ねられた応え難さに苦笑して‥
大丈夫とは言ったものの重ねて尋ねる僕に、竜太は事の次第を打ち明けた。
彼は中学に入り、試合で骨折した事が契機となって遠ざかる迄は、
空手をやっていて喧嘩に負けた事もないので、前述の鰐口達と仲良くなった
という経緯がある。
虐められた少年が自殺する事件が起こる以前から、他生徒を威圧したり、
校舎のガラスを割るなど日常的に行なわれ、
嫌がらせをする為に学校に来ているような連中と、自分が此処にいる事は、
その不条理に荷担していると、気づいた竜太は悪童達から
距離を置くようになっていた。
そうしてバンド仲間達との交流が深まり、鰐口達とは縁を切った。
そんな竜太を僕は愛でた‥
いやいやBL要素なんて、僕はフツーにありません。
美男揃いだったバンドは忽ち女子生徒注目の存在になったが、
鰐口率いる胡蝶蘭グループは全員がこれに嫉妬した。
もともと彼等は女の子の注目を浴びたくて、他に売る物もなく、
不良を"装っていた"のだから当然だ。
阿呆な親・親族も居たかも知れないが、彼等には帰って寝る家もあれば、
飯も食えるし、風呂もあり便所もあったのだ‥
そうした"腐ったトマト"は下級生も勧誘して一大勢力になっており、
とても一生徒の立場で抗える状況ではなくなっていた。
目障りな竜太だが、いきなりTOPが撃沈されては面子も無い、と狡猾に思う
鰐口達は、二年生だった腐れトマト等を糾合し、恫喝も背景にして
肝試しだと煽り、竜太の人気を貶めようと一対一での勝負を焚き付けた。
哀れ"腐れトマト"は竜太に潰されたが、彼も大事な時に骨折して、
胡蝶蘭グループは、ざまあみろとばかりに小躍りして喜んだ。
大勢で取り囲んだ上での犯行だったから、竜太の父親は学校に抗議したが、
のらりくらりと埒が開かなかったので、竜太の父親は直接"腐れトマト"の家を
訪ねて、父兄共々に抗議をしてきたのだと言う。
しかし"腐れ"の一族はどこまで行っても腐れでしかない。
"そもそもの所以"を恥じる事はなく、反省などと言う知性は装備していない
「親が出てきゃがってよ!」と一人が唾を飛ばせば、
「ほんとかよぉーきたねぇー奴らだなぁ」 「やっちまぉぅーぜ!」
という事になった。
バンドに穴を開ける事もできない竜太はギブスをしてLive を終え、一部の下級生
を含む生徒達から賞賛されている時に、わざわざ水を掛けるように、
十人ほどの腐れトマトが現れ、呼び出しを掛けた。
メンバーの女の子達が「竜太が呼び出されて連れて行かれちゃった!」と
告げられた僕は会館のロビーを走り抜けて、外へ出たところで竜太を取り囲んで
いた彼等を目にした。
「お前等! 何してる!」群れの中に足早に近づいたところ、一番背の高い、そう
僕よりも高い"腐れトマト"が「うるせ!ーこのやろ!ー」と殴りかかってきた。
大層な技など必要もない。
弓形に繰り出された右手の打撃など懐に入った時点で勝敗は決まっていた。
要はスピードさ。
僕は三つの攻撃と防御を同時に行った。
左中段受けの応用で、右腕間接を受けて威力を消殺、近接過ぎるから
平拳を裏にして喉を突いた。
膝蹴りはむしろ平拳のダメージを減少する為に、相手を後方に送り出す目的で、
何れも触れる程度だったのは、乱闘など正直避けたい僕が相手に"違い"を
見せるだけの事でよかったからだ「おまえら! こんな事続けてて本物に出会った
ら殺されるぞ! やめておけっ!」
立派な図体をしていて油断はできないが法律上、少年ではあるからね。
効果は充分にあり、要は野犬の群れを相手にしている時と似ている。
リーダーを集中的に痛めつける‥弱かったから、そんな必要も無かったけどね‥
けど、腐ったトマトは大袈裟に包帯を巻いて朝礼に姿を見せたそうだ。
生徒達がそう伝えてくれた。
つまり被害者に早変わりしたという事だ。
そうなると問題は後に控えている四十匹ほど居ると思われる腐れトマト達と、
鰐口の背後にいると言うヤクザもんの事だったよ‥
―――
此の時代の狂いは凄まじく根底にあるものは不信だね‥裏切りという銃弾を打ち
込まれた者が立ち上がるのは容易な事じゃない。
そうして疑心暗鬼という鬼の子供を作り、育ててきたわけだけど‥
それにしても‥気がついたら寝苦しい‥
目覚めた僕の胸にはリータの後ろ足が、顔の上にはベールの後ろ足が乗っていて、
二人は仰向け全開で口開けて寝てた‥
これでも不審音には即座に目覚めて警戒態勢をとるのだから
(頭の血管切れないか?)
などと心配してしまうが、僕は彼女達も信じている‥
―――
博報堂生活総研の生活定点という調査の広範な項目に対し、二十年前と比較して
明らかに"信じる意識"は軒並み下落していると言う結果が出ているそうだよ‥
個々人の性格心情を形成する愛・お金・運命・宗教・善意・霊魂・来世・超能力・
学歴・占いの類いなどの中で、お金・学歴・占いなど、目に見えて体感できる
もの、要は自分にとって役に立ち、都合の良いものだけを承認する傾向がある
そうで、文字通り、みんなでBlack company‥なんだかなー
集合した意識が社会を創って企業を創って、みんなで火傷してりゃ世話ないや‥
―――
知らなければならない裏事情は沢山あって、誰も教えてくれなかったけど、
リータは水汚染の事を命懸けで教えてくれたよ‥
僕がただの馬鹿だったんだけどね‥
リータはボール遊びが幼犬の頃から大好きで、整地された緑地の除草剤がもたらす
結果を想像できなくて肝臓癌になってしまったが‥
臨終の淵から這い上がり、約三年間の寿命を延ばして死魔に抗った‥
日本全国で統合すれば東京都ほどの面積になる"ゴルフ場だけ"でも地下水汚染は
深刻なのにね‥自分が承認して、好きな物なら子孫がどうたら、
ペットボトルの水、飲んでたって知ったこっちゃねぇーって‥
僕だって知ってるよ‥Stealth Market、陥れる為に攪乱する情報操作、
悪意の為のなりすましに、小汚い一人芝居‥知りたくもないし、見たくもないね‥
"腐ったトマトや"鬼や魔の一族なんて、
どうでもいい事に夢中になってる無関心って、こんなもんかな?
―――
「何にもできゃしねぇよ!」自分達もいずれ同類になる。こうした大人達の
保守的狡猾さを見透かして、胡蝶蘭グループは増長するばかりだったよ‥
温和しい教師や悪事を"ちくった"と思われる父兄宅にも脅迫紛いの電話を掛けて
効果のほどに味を占めていたから、僕の処にも御電話、掛けてきたんだよね?
僕はね、病気のリータ達と少しも離れていたくなかったんだ‥
仕事へ行くのも辛かった位さ‥通話を終えてから僕は涙が溢れたよ‥
……
「貴男にはこれから、幾つも悔しい事や、怖い事も起こるでしよう‥でも大丈夫よ
私が何時も傍にいますからね‥忘れないで‥」その一年後に‥
シスターマリアンヌは白血病で亡くなったと園長先生から便りがあった‥
「そうだねマリアンヌ‥ただ悔しいんだ‥なぜ何時も僕なんだろう?
何故? 僕とリータの残された時間を犠牲にしなければならないのだろう‥
ねぇマリアンヌ? 僕は何で、損な役割ばかりなんだろう‥」
……
―――
「よぉアンタさぁ、ずいぶんうちの連中を痛めつけてくれたじゃんかよー」
鰐口は電話の向こうで凄んでいた。
「なに? 何だって?」僕は分かっていたけど一応尋ねたよ‥
「病院行ったんだぜーどうしてくれんのよーこのままじゃ済まされねぇよォ」
「……」
「よぉ聞こえてんだろォーよぉちゃぁんとケジメつけてくれよォ」
「‥それってさぁ‥金を出せって事?」
僕の声のトーンも落ちたのだろう‥
「ケジメをつけろって言ってんだよー」声が震えてきた。
「ヨーヨーって、おまえはRapperかよ? 脅迫しているんだぜ‥
分かってるの?」
「何だとーばかやろうぉっ! 警察なんかこわかぁねぇよ! このやろうっ!
家に火ぃ点けてやるからな! 覚悟して待ってやがれ!」
……
何だって? この愛しい狗娘達に火を点けるって? それだけは禁句だったよ。
僕はそれでキレちゃった!
「‥おい小僧! 声が震えてるぜ‥よ~く分かったよ潰してやるから待ってろ‥
すぐだ」
……
鰐口は無言で通話を切った‥
大の字になって涙を流した時に、何処まで覚悟をしたのか知っていたベールと
リータは、僕の涙を舐めて(父ちゃん‥何があったって平気だよ)
そう伝えてきた‥
リータはヘケヘケ舌だして、ベールは首傾げてる‥
「‥そうなの?」