約束の"きずな"
(それを話したら命はないぞ‥)
夢の中の夢で"悪意ある思念"が僕を脅迫していた‥
「どの話さ?」と強気を装い、闇に尋ねたが返事はなかった‥
尋常ではない居心地の悪い空間だったよ。
心臓さえ止まりそうな気配に恐怖していた時、けれども突然
"別の想い"も頭に浮かんだ‥
(十羅刹が貴方を護ると申し出ている‥)
此の悪夢から目覚めたい一心で僕は深慮なく、それに同意した‥
(いいよ何でも、早くたすけて!) 思うと同時に、まるでTurntableの
上に置かれたように、ぐるりと空間が移動して目眩がした僕は
四つん這いに倒れ込んでから、仰向けにされて目覚めた‥
とは言っても、全身が異質な重力に縛り付けられていて、
歯を食いしばって力を入れても、指一本動かないんだ‥
それは夢の一つから覚めただけの‥みっともないけど
その時はまだ、死が怖かったから‥‥
得体の知れない物が飛び出してきそうな深層の夢っていうのも、
合わせ鏡の一面だけが笑っているように、不気味だったんだ‥
いずれにしても当時の僕は何も理解できていないピノキオそのもので、
それは忘れていた十六歳の記憶だった‥
僕は、悪夢から目覚めようと指を動かす事に集中していたんだけど、
(おまえはまだ、遠い未来へと布石を置かなければならないよ‥)
自分の中の思念が、そう"言った"かと思うと、隣に存在する命の感触に
導かれ、書物が閉じられるように次々と夢から目覚めて、
光は戻ってきたんだ‥
「どうしたの?‥凄い汗よ?」
有村美華子が少し驚いた表情で声を掛け、僕を起こした。
「金縛りで死ぬかと思った‥疲れてるのかな時々‥」それは経験したけど、
何時もと違う不快な脅迫の言葉を思い出して、言葉を飲み込んだ。
時間が経ってみると、次第に他愛のない夢だとも思われたし……
でもそれ以来、僕は善悪の既成概念と偶然に対しては懐疑的になり、
この世の事象には一定の法則が存在するのだろうかなどと言う稚拙な妄想から
求道の心が目覚め始めた。
―――
昭和五十二年の四月八日に生まれて、職務中の事故のせいで三本足になった盲導犬
サーブは有名だから知ってるかな‥
昭和六十三年六月十三日までの"十一年間"を目一杯に駆け抜けたよ。
使役犬達の寿命なんてストレスのせいか、そんなもんなんだね‥
誘導の使役中に、コントロールを失った車両がサーブと盲人である亀山氏を
襲って、彼女の犠牲的回避行動で、亀山氏は致命的な怪我を免れたものの、
自らは左前足切断という重傷を負う事になり、一時は安楽死という選択もされた
そうで、事情を知った善民の猛反対により生存を選択されたと言う事だった。
彼女の先駆けとしての功績は周囲の善意を融合して、様々にめざましい成果を残し
たけど(犬としての私は、この様に生きましたよ) 僕はそう受け止めたんだ‥
渋谷のハチや、名古屋のサーブ嬢の生き様と生存期を俯瞰するように同時代を
人として生きた生命も、また鮮やかだったけどね‥
言い忘れていたけど、ハチの標本検体がホルマリン液で保存されていて、
(2011年)三月一日の調査発表では、肺と心臓の 広い範囲で
悪性腫瘍の存在が確認されたとあるよ‥
人に近接して暮らし、その縮図でもある犬達一生の幕引きも、やはり癌が多いね。
病魔を統括する十羅刹女が肉体の終焉に深く関与している事を
仏教典では示唆しているんだけどfantasticでしょ‥
――
「私は器量も頭も悪いしねー半分朝鮮人だと言われて虐められたのよー
若い人には信じられないでしようけどね‥そう言う時代だったの‥
だから読んだし、書いたのよ‥
日記を書かなかったら、とっくに自殺していましたよ‥」
……
雫石とみさんは、巡り逢った夫と二人の娘も、そして家も空襲で失なった‥
寄る辺なき多くの女性が体を売るような風潮が高まって、
抑止する目的で創設された婦人保護施設に、彼女も保護されたが、復興過渡期に
ある施設の風紀は乱れており、盗み在り、差別在り、虐めも復活したそうだ‥
「書かなければ生きられなかったのよ‥」
通常であれば心は荒んだ事だろうが、彼女はまさに火の鳥だった。
"六十五歳"で書籍デビューを飾り、それまで肉体労働で稼いだ財産と印税の
資金を元に、後に続く作家達へとの想いでNHK厚生文化事業団の助力を経て、
公益信託「雫石とみ文芸賞基金」を設立したんだと言う。
しかし彼女の暮らしぶりは"清貧"そのもので、一間のアパートに一対の食器と
ベッドがあったが、それも町からの借り物だと笑っていたよ。
「私、葬式費用だけは信頼できる知人に預けてあるので、私が死んでも大丈夫よ、
迷惑は掛けたくないから‥」と微笑んで平成十五年に九十一年間の歴史を閉じた。
あのね‥こんな寓話があるのね‥
人の子を喰らう鬼でありながら我が子を想う 十羅刹女の母が
釈尊によって隠された末子を求めて 狂ったように助けを求め、
そうして諭される‥
「鬼子母神よ あなたは他の幼い命を奪い、糧としてきた あなたには多くの
子供が、ありながら、たった一人の子供でさえ、それほどに苦悩している‥
あなたが奪った命達にも母はいたのだ……」
「全ての生き物にとって命は愛しい‥我が身に引き比べて、殺してはならない
殺さしめてもならない」 (中村元訳-ブッダの真理の言葉-岩波書店)
……と言うことは、
自らが直面した苦悩をもって、他の母達の血涙を知り、深い後悔の念を起こした
ばかりか 法華経において弘通する者を守護すると誓い‥
この段で許され、始めて末子が見えるようになり、善鬼神になった‥という
後世が思惟すべき理を、
この文底から、幾つを読み解かれるだろうか‥
悪意の中に身を置き、愛娘を二人も奪われるような苦しみさえ、今を生きる
人々にとっては痛痒の対象にもならないと、君は言うだろうか……
体を砕かれるような‥他の苦しみの涙が分からないのに、
どうして、今の自分の苦しみが理解されるだろう…
此の地に繁殖する為だけではないと、様々に身を変えて彼等は道標を築いて
逝くのだけど‥
強要されて肉になる動物達の怨念も凄まじい‥
絶望が形になって仕返しにきたら、
その時がきたらやってやる‥そう思う怨念が、人を喰らう魔物に変える‥
汝須く 一身の安堵を思わば 先まず四表(地球世界)の静謐を祷らんものか
とする立正安国論の文言もね‥
"菩薩天使"の遺伝子の一部であり、善鬼神を発動させる詩術を構成する
要素のひとつだよ。
TMVというウィルスが生物と無生物の両極性を示して人間の頭を混乱させるよう
に、文字も、また遺伝子の配列のように、配置によって毒となり薬となるよ‥
人を救う言葉もあれば、死に追いやる言葉にだってなるんだね‥
いいや‥こんな話は止めよう‥ 明日に月が落ちてくるとしても、
ソドムとゴモラを再現すれば、多くはお気に召すのだろう‥
それなら人は定められたように、爛れるようなSEXと妄想に明け暮れていれば
"希望に満ちた朝はやってくる"のだろう‥
意思の疎通は思念、光、を使う種もあるけど、人は文字と言語を多く通常に使用
するが動物達は多く思念を使うんだ‥
阿摩羅識・(あまらしき)を発達させたものは思念も使えるので、
多種類の存在と意思を疎通する事ができると言う事になるんだね‥