鉄鎖の闘犬(II)
アメリカ北東部、ロードアイランド州プロビデンスに所在する養護・
リハビリセンターの介護員で雄の三毛猫オスカーが入居者の死期を看取る
という能力がセンセーショナルに取り上げられて、
度々、科学至上主義から懐疑の視線が注がれましたよ。
そうした試みは古くから統計的な検証を以て判別されますが、たいがい
重要な要件が度外されていますねー
彼等が気まぐれで、名聞名利も興味の対象ではなく、敢えて人々に
貢献する義務など感じていないという事です。
愛されて応じる心が生じて、彼等の能力を発動させると言う視点が、
すっぽんぽ~んと抜けているからですねー
愛情の存在に懐疑的なら、収容所に行って一頭でもいいから、
彼等を連れ帰ってシャンプーして、病院連れて言って皮膚病の治療や
健康診断をして、ウンチやしっこの世話をして一緒に散歩して遊んで、
肌を触れ合って寝て、朝の光を一緒に浴びて、星や月を仰ぎ見て眠り
仕事をして居る時も、偶には会いたい会いたいと思い、無事でいるかなー
と思えたら、
色んな事を教えてくれると思いますんですよ‥
声聞・縁覚と言う二乗の中には知識に驕り、
現証を侮る階層が必ずいたりしまして、
釈尊は中阿含経巻と言う経典の中で毒矢の喩えを以て、やんわりと
そんな彼等を批判しましたよ。
「死後の世界はあるのでしょうか、ないのでしょうか? 」ですって?
尋ねられた釈迦は次のように答えます。
「毒を塗った矢が飛んできて身体に刺さったとしますよねーそん時に、
この矢はどこから飛んできたのだろう、この毒の種類は何だろうか
誰によって射られたのだろうか、なんて考えているうちに貴方は
死んでしまいますよー
貴方が本当に成すべき事って、
そりゃ早急に矢を抜く事ではありませんかい?」
……
仏教では一般的な意識下にある霊魂の存在を否定していますが、
西洋の信仰下で、それを動物にも適用しちゃうとしますとね‥
彼等・白人の好きな動物の使役や肉食で教条的な矛盾を呼び起こす事になり、
カントやデカルトの思想に見られるように、無茶ぶり動物機械論などを
夢想して提唱する事に成っちゃう訳です。
人権同様、動物達に生命権を適用したら、そりゃ御不都合でござりましょ?
ねぇ肉欲・飽食の旦那方、
でありながら、デカルトなど自分の愛犬に対しては子供に相対するように
話しかけたというトンチンカンな対応をするのが人間で御座いましてな‥
偏向性のある学者や知識人というものは世間の一般評価とは異なり御都合主義が
垣間見えたりしますので、釈尊は彼等が仏の悟りを得る事ができないと、
強く否定した分けでございます。
御用学者というものは権威を売り物にしている商人で、一方向性のある勢力
から利益供与を受けて一身の安堵を享受してきた生活巧者たちですから、
"崖っぷちへの案内人"と言う別名も‥ないけど、えいっ!つけちゃえ‥
ここで疑問が芽生える"仏"の存在とは如何なるものか‥
その"道"の人達に「仏になりゃがれっ!」ドスッ! とかズドンとかして
無意味な物体になる事では‥勿論それないよ。
こんな展開する僕を勧誘宗教者と訝しんだ彼方‥勿論それも大きく間違いね。
―――
「この世界が何故? 不平等で、
生まれながらにして不幸にみえたりするのかしら?
それは神が言うように、本当に変えられない事なのかな?
それを貴男も探して‥」
パステル色に彩られたコスモス畑に囲まれて、僕は青い空を見上げていた‥‥
風達が髪の毛に触れて微笑みながら通り過ぎていく‥
遠くにいるシスターマリアンヌは手招きして呼び、手作りの氷菓子を僕に
与えながら、そう言った‥そんな言い方って僕は犬のようだ‥
―――
無量義経徳行品の第一の仏徳を讃える韻文である中偈に、三十四の否定形で、
其の身は有に非ず亦無に非ず、から解釈を試みている‥
因に非ず縁に非ず自他に非ず、方に非ず円に非ず短長に非ず、
出に非ず没に非ず生滅に非ず、造に非ず起に非ず為作に非ず、
坐に非ず臥に非ず行住に非ず、動に非ず転に非ず閑静に非ず、
進に非ず退に非ず安危に非ず、是に非ず非に非ず得失に非ず
彼に非ず此に非ず去来に非ず、青に非ず黄に非ず赤白に非ず、
紅に非ず紫種種の色に非ず‥
偶に出没する"荒し"の文言だと思われたでしょ? ちゃいます
これを言葉で表現できうる生命と呼び、冥伏と顕現の両相に亘って悟らぬを
衆生と言い、悟達するを仏と言い十種に号する‥
敢えて一言で語るならば"自在に擁護された自在な生命"として
としか今の言語は申し上げる能力がないんです‥
自在の生命が貴女や貴方、そして僕の本質・本体なのだと、
‥私達の体は相対と限度の物質を仮合して組成されていますからね
行き止まりの無い空間をどのようにlectureできるでしょうか‥
生きていられたらと仮定して、たった独り星も光もない宇宙空間に
漂流しているとすれば、時間も存在も意味を失いますでしょ。
あの世や霊や宇宙の果て、或いは時間の正逆、空間の大小、存在の真意
物質の正反を科学で理論検証できるまで、肉体も寿命も耐えきれません。
肉体は仮合している宿業であり、そもそも此処は穢土という流刑星と
言う事ですから何故、流刑なのでしょうか?身も蓋もありませんね‥
遍満する真理というものに科学は永久に追い着く事ができません‥
心身(六根)清浄にして命の記憶をたどり、覚知する事のみでしょうか。
つまり、そうしてSFが語られ、科学が創造されるのですが、
複合変化を特質とする此の地の生物にとって、崇高な精神形成以前の
科学の副作用は常に苦しみをもたらし続けます‥
―――
まさに人が常に認識できる迄を六識として、
その上に特質としての末那識,性根と表現します。
再顕現する能力の阿頼耶識,を命に刻み込む記憶と表現します。
阿摩羅識こそ、自在に擁護された自在な生命と表現して、人智が不可思議と
認識する範疇を表現します‥
超常現象など、言葉では伝え難い現象と言えましょうか。
―――
幼子に童話を読み聞かせて、命を育む母親もいれば‥
賢人も"ばかちん"も貴女の体、貴女の想いひとつから生まれてくるのですから、
なにより不思議な事だと僕は思います‥
―――
で、鉄鎖の闘犬‥ (これからかいっ!)
―――
私は中古車店の警備係をしていた土佐犬でした。
自分で言うのも何ですが、私は戦闘能力も高くて、見かけも強面なもんですから
誰も近寄ってくる気にはならなかったようです。
ですから孤独でした‥
本当に仕事を全うすると危険な動物として、私も不幸な事になってしまいます。
ですから、体がどうにか隠れるだけの、小屋の鎖に繋がれ、
雨の日も、風の日も、雪の日も、幾つもの夜を、本当に一人っきりで……
過ごして、夢を見ている事が多かったんです。
本当はね‥病気だった事もありまして、殆ど寝ていました。
そのために膝と肘の皮が角質化してしまって、垂れ下り、
誇り高い私には、ちょっと惨めでした。
私は良く悪い夢を見ました‥たぶん前世の夢でしょう‥
多くの同胞を咬み殺したので‥
此の牙で耳を引きちぎり、眼球を潰しました‥相手が悲しい
悲鳴を上げて終わります。
対戦した同胞の犬が主人に蹴り上げられて退場します‥
闘えない彼は、同胞の肉になったそうです……
私はもう闘わない‥そう思った瞬間に私は彼の立場になりました‥
今見る夢と言えば、青い波の打ち寄せる白い砂浜を、元気に駈ける私だったり、
輝く陽の下、緑の山に囲まれた清流に浸り、甘い水を頬張る私だったり、
たまに体調の良い時は、小屋の外に出て山々がそびえる方向を眺めていましたが、
実際には、道路に行き交う車と、工場の建物と排気ガスで、どんよりと澱んだ
景色が見えるだけで、
でも視力が落ちていましたから、よく見えませんでした……
やがて病気のせいで、私の寿命が尽きてしまうと、飼い主である社長さんが、
しばらくの間、お花とドッグフードの缶詰、
そして私が子供だった頃の、可愛い写真を小屋に飾ってくれました。
私がここで、生きていた事を思いだし、懐かしんでくれた事‥
生きている時に、私に振り向いてくれたなら‥
そう思ってしまい、ちょっぴり哀しくなりました……
―――
でも またしばらくすると、おどろく事に、私が一生を掛けて番をしてきた、
その、お店の全てのものが運び出されて、工場は更地になり、
たちまちのうちに練棟の建て売り住宅が建ってしまいました。
なんという事でしょう……
そこに働いていた人達の喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも、
血と汗と涙の歴史さえ、
なにより私がここで、こうして生きていた事も、大きな時間に融かされ
掻き消されるように‥
すべてが虚しく消え去り、忘れ去られてしまう事になるなんて……
全てが否定されたような世界、そんな思いがしていました‥
もう誰もいません‥行くあてもなく電柱の陰で、
いつまで佇んでいても誰も気にとめません。
ある日、私が途方にくれていると、銀色の犬が此方に向かって
歩いてきます。
車道を渡ってくるのに、まるで時間が止まってしまったように車も人も
動いて見えませんでした。
「ずっと、貴男を見ていましたよ、贖はもう
終わり……よく耐えましたね」
そう言うんですが、何の事か、さっぱり分かりません。
彼女の瞳は、とてつもなく慈愛に溢れ、何時か見た銀河の輝きに
満たされていました。
「貴男は自由なんですから、私と一緒に行きましょう?
そしてずっと一緒にいようよ」
私はその言葉に従い、まるで親友に対するかのように彼女に招かれて、
一緒に走り出しました‥最初は足がもつれて転びそうになりました‥
「大丈夫‥大丈夫よ‥貴男は何処へ行きたいの?」
私は、海を見たい!って叫びました!
「よぉ~し分かったわ! 海へ行こう! ついてきて!」
私を永い間、縛り付けていた鉄鎖は、その瞬間に光を放ち消えた‥
銀色の犬が吠えて走り出し、私は遅れまいと懸命に走りました。
やっと彼女に追いついたと思った時、二人で空を走っている事に気づいて、
驚いた途端に落ちそうになりました‥なんて不思議な力だろう‥
私達が、なにより望むものは、どんな時でも私達を忘れず、
一緒にいようと努めてくれる人……
そんな人に、もし巡り合えたら何もいりません。
私達には、どんな一生であろうと、
心から、幸せだったと言えるんです。
水平線が見えてきました‥太陽が登ろうとしている水平線が蜜柑色に
輝き始めました。
いつの間にか海に向かう鳥たちに私達は囲まれています‥
私は‥多くの鳥たちと、一緒に飛びたいと願っていました……
「何て大勢の鳥たちだろう‥」
彼等は口々に叫びます‥
「あなたが私達を鳥の姿にしているのよ!」
「僕は君が白熊さんに見える‥」
「あらー? 猫さんでしょー?」
「私は、彼方を待っていたのよ! ずっと、今度は一緒ね!」
「おめでとーまた始まりだ!」「僕は苦しみに勝ったよ!」
「わたしもよ!」
「悪い事をしなくて良かったね!」
「悪い事するとどうなるのー」
「知らないけど誰かが書けるわよ! きっと!」
賑やかでした‥私も嬉しくなりました! 悲鳴を上げてはいけないと
たたき込まれていた私は、歓喜の咆哮をあげて応えました‥
輝きだした銀色の犬を先頭に私達は一丸となってオレンジ色の輝きに向かい
全員が輝きに包まれて、煌めきの中に溶け込んだ‥
そうして竜巻のような竜になって一気に天空に昇り上がり‥
銀河一杯に炸裂して消えた……
―――
パステル色に彩られたコスモス畑に囲まれて、僕は青い空を見上げている‥‥
(あれ? 夢?‥) 風達が髪の毛に触れて、微笑みながら通り過ぎていく‥
シスターマリアンヌが手を振って僕を呼んでいる…… ……
……
……