哀しみのエスパニョーラ(II)
いつものコースを、三人で運動します。
他家の飼い犬達に御挨拶をしながら走ります。
何かポトッと落ちてるよ‥「あれっ? 雛だよヒヨドリ‥」と思ったら
悪魔のリータにパクッと食べられた! いとも簡単に躊躇なく‥
「わぁーっ! おまえーっ! 何て事を‥」
「チチチチチチチチチヂィーッ!」 親鳥も近くに居たんです!
怒りと絶望の声で叫びました。
しかぁーし、御犬様の口中は以外にデリシャス‥じゃなくてデリケート!
ですから悪魔と取引しまして「その捕らえた哀れな命を解放しなさい!
‥ジャーキーあげますから‥お願いします‥」
リータがぺっ!と出した雛は元気でしたー(あーびっくりしたぁ!)
僕は掌に包んで親鳥がいると思われる林の枝に雛を投げ上げました。
ベールもトカゲ捕まえて遊んでたよ~
「こらこらっ!」口の横から尻尾が出てるって‥
(遊んでたのに~)解放されたトカゲは、命からがら一目散でしたー
「よかったねー!」
しっかしリータのよだれがついた雛、無事に育ててくれるの?かなー
ま、まぁ つぎ! 行こう‥
ベールの方が性格はずっと優しくて、他人様にも気配りしたり女らしいのにね‥
雄犬達ときたら性格のきっついツンデレ・リータに何故か御執心。
でもねリータの世界観は狭いんです。
ツンデレ状態は、お姉ちゃんベールと僕の前だけで、あとはツンばかりで、
デレは無し、しつこくされると刃物だして‥危ないんです。
「他には何もいらないのっ!」
……
「でもあと‥食い物、ちょうだいね!」って足下で言ってますけどね‥
異性にも他人様にも全く興味を示しません。
ある意味‥聖女? (此処deかいっ!)
誰かが近づけば、まず短刀抜いて構えます。
「こらっ!駄目だよっ」って咎めると(ちっ!)舌打ちして短刀しまいます。
考えて見ると‥ベールとリータも哀しい計画繁殖で創出されたタービュレンと言う
牧羊犬ですから、本当は、そんなもんです‥
立派なお家の広い庭で、白い雄犬が放し飼いになってました。
雄犬は囚人みたいに鉄柵の向こうから手招きしてます。
「オネーちゃんこっちきてー」と波動を送りますけど、
うちの悪魔ったらね「知らないわよ」とばかりにツンツンしていて……
リータの異常潔癖を知るベールは「あきらめなさい?」とでも言うように、
代わりに鼻を近づけて意思疎通を図ります。
雄犬はソッポのリータを物欲しそうに見詰めてるばかり‥
性欲なしはベールもおんなじなんだけどな‥
それにしてもさー今は僕の足でマウントやめてくれない? 立場があるから‥
(注釈)犬のマゥンターは多要素を含みます
けどね‥会話中に、これやられたら彼方‥ほんっと視線は彼方泳ぎますよ。
そんな最中に無情にもバスターミナルに見慣れた女子高生‥
「犬飼さ~ん!」
やっぱり見られちゃったじゃんかよー
友人の娘は、含み笑いを隠して僕に言う
「今度、文化祭でやりますから来てくださいねー」
「何を? guiterとvocal? 仕事が休めたら行くよ‥」
(早く行こうよ!)
そんとき悪魔のリータがスカートの中に鼻面突っ込んだもんだから、
僕なんて失語症になりました…
「きゃっ! 冷た~い」
あれ、わざとだよな‥
さて、つぎ行くぞー哀しみの‥スパニエル!
「ごめんよーササミ巻きジャーキー悪魔に取られたぃ!」
リータは長い舌を出してます。
スパニエル嬢は鳥猟犬ですからね、声がとても大きいんだよー
これも選択ブリードの結果、人の都合で特化した才能であっても、無知に出逢えば
驚異となる犬達の不運だね‥
―――
蚊が大嫌いなベールは、パクッパクッとスパニエルにたかる蚊を
追い払ってあげています。
実はね‥スパニエルは可哀想‥
生まれて二ヶ月もしないのに母親から引き離されて、兄弟バラバラ
行方知れずになりました‥性格だって少しは変になりますね。
母犬だって感情あります。
子犬たちの臭いがするふんを全部食べてしまったり‥
悲しさのあまりに異常行動に走りますよー
スパニエルはガラスケースの中で一晩中、母さんのオッパイを慕って
泣きました‥でも生きるため次第に忘れていきましたね‥
「ママーこれがいい!」
「どれどれ‥あらほんと!可愛いわねークルクル巻き毛が縫いぐるみ
みたい! ねぇパパどう思う!」
「えーあぁ、それでいいよ‥ちゃんと面倒見るんだぞ!」
「うん!♪」
少女は大喜びでスパニエルを抱いて帰りました。
愛くるしくて小さくて、ポーチにさえ入ってしまいそうな頃のスパニエル、
みんな可愛がってくれましたよーおもちゃのように、
でもね‥少女もスパニエルも成長します。
中学三年生になった少女が、おめかしして珍しくスパニエルを
散歩に連れて行きました。
同じ通りを行ったり来たり、何故でしょう。
スパニエルはゼンマイや電池で動いてませんから、うんちがしたくなりました。
そのうち男子生徒が二人連れで歩いてきましたよ。
少女は優雅にリードをひいて、絵画の中の主人公を頭に描いて気取って
見ましたが、その時、我慢できずに排便してしまったスパニエル‥
少年達は笑いながら通り過ぎて行きました。
さあ大変、少女は乱暴にリードをひいて急ぎ足でお家に、彼女の顔は鬼のよう‥
もう散歩も行かなくなりました。
スパニエルが有り余るエネルギーを持て余すようになると、
彼女が求める全てのものを、与え惜しむようになりましたよ。
人の都合で大きな声に生まれついた彼女は、寂しくて悲しくて、
「私はここよ! ここにいるの!」
「誰か私を気に止めて!」 吠えました‥だのに
通りがかる誰もが「性格の悪い、うるさい犬だ」と眉をしかめます。
幸せそうな顔をした犬が散歩しているだけで、嫉妬しちゃいます‥
なおさら声が大きくなる事が自分も、誰も気づく事なんてありません。
「お宅の犬、にぎやかねー」
「誰とも仲良くできないのよー」
「性格が悪いのねー」
(こらこら犬は鏡です)
近隣の苦情を恐れた飼い主は家族で相談して、良い考えを思いつきましたよ。
楽しいところへ連れて行ってくれると、心ウキウキさせていたスパニエル、
まるで中世の奴隷のように、病院で声帯を取られてしまいましたねー
‥
麻酔が切れたら痛いですぅ‥一晩中、涙ながして苦しみました‥
「お前のおかげで余計な出費だよ!」なんて言われちゃいましたぁ。
声が出ません‥(わたしどうしちゃったの?)
ストレスは凄いです‥声なき声で吠えまくりました。かすれて出ないけど‥
人は蔑みの目を向けて、みんなが足早に去って行きます。
たまには「あら、あんた声どうしたの?ー」なんておばさんもいて‥
そしてまた数年が経っちゃいました‥早いです
スパニエルの世界の小屋周辺以外は、変化変化の連続です。
飼い主親子は転勤です。でも犬は飼えません。
「どうする?」パパさんが言いました。
「こんなに大きくなった犬はもらってくれるとこ、
ないよね」ママさんが言いました。
「仕方ない保健所に預けようか、いいか?」
聞かれた娘は"ホケンジョ"なんて言われたってね‥
"つけメン"とスマホと方程式しか知りませんから
「別に、いいよ」って言いました。
肉だって畑から採れると思ってたんじゃ‥ないか?
そんで、哀れスパニエルは殺処分……になるところ、危ういところで
捨てる神在れば拾う神在りです。
印刷所の番犬になりましたとさ!
(省きすぎ?)
でもね‥人の創った神様の愛情なんて、チリ神なみでペラッペラッさ‥
犬まで愛してくれませなんだよ‥
そこの従業員がスパニエルの事を気の毒がる程、
愛情が注がれる事、無かったね。
犬なんてねーひとりだけを愛し続けて死んじゃいます‥‥
愛してくれる人と巡り逢う事が無ければ、その一生は無期懲役同様‥
ほんとに愛し合ったら、その人を裏切る事なんて無いんです‥
人の愛に逢える事だけが望みで‥性別・美醜もカンケーなし。
優しさと誠実が持つ強さだけが、生涯の相対的な価値基準‥
―――
さてスパニエル……給餌するナベには蝿がたかり、
水入れには蚊が卵を産んでいっちゃうし‥
雨・風・雪が吹き込むような小っちゃな小屋で、暑い日も寒い日も、
耐え忍んで生きていました‥ホントなら‥
ワンワン物語りのレディみたいに淑女なのに‥
ウンチとしっこが放置され、毛が絡み合って
ボロ雑巾のようなってました‥
透明になりかけている自分を拒み、声にならない声を出して
懸命に吠えてましたよ‥
聞こえるよ‥君の声‥ちぎれんばかりに薄汚れた尻尾を
振りました。
時々スパニエルを散歩に連れ出してくれる婦人がいる事を知って、
救われる思いもしましたけど‥
ベールがスパニエルとノーズタッチをした時にね、
(父ちゃん‥この娘、病気だよ! 心臓に虫がいるよ)
見上げて伝えてくれました‥
フィラリアに犯されていたんです‥
こんな暮らしで病まない分けはない……とは分かっていても
消え入りそうな彼女の姿が、本当に消えてしまった時、
僕は彼女がそんなに早く逝ってしまうとは思わなかった……
雨が吹き込むような小さな小屋を、犬娘達と立ち寄った日でも
彼女は寝ている事が多くなっちゃいましてねー
邪魔しないように声をかけずに立ち去る日も多くなりました‥
本当は、重篤な病魔に蝕ばまれているスパニエルを
見るのも辛くて……ごめんね‥
だから、今も胸が痛むんだ‥
冷たい雨の吹き込む朝方、うずくまったスパニエルの心臓が
(もう、逝こうね‥)と彼女を永眠を誘ったようでした‥
ときおり散歩に連れ出していた婦人は、スパニエルが去った
数年あとに、老ゴールデンレトリバーを知人を介して引き取り、
やがて腰の立たなくなった
彼の介護は、力仕事で年寄りにはキツイと笑っていました。
きっと御婦人もスパニエルを引き取れなかった事、悔やんでいたんだ
と思いました‥
そうだね‥
可能性を秘めながら、愛される事もなく去って逝く多くの命たち、
僅かの出会いさえ違ったのならば、運命もまた変わった事だろうか‥
今では、この通り道で、薄汚れたスパニエルが生きていた事さえ、
忘れ去られようとしているけど、
御婦人が薄幸のスパニエルを散歩させていた野原も、
今は住宅が建ち並び、小さな命達のエピソードも
土が重なるように埋もれ消えてしまう‥
人間の悲劇がある限り、動物達の哀しみなんてきりも無いけど、
彼女は確かに、ここで生きていましたよ
……