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私のぜんぶ、あなたに伝えていいですか?  作者: 千菅茅絃 (あむゆさ)
陽当アタルのサンタ日誌 完結篇
18/25

最終夜 陽当アタルと【ほんとうの笑顔】

 二〇十九年六月十日。十一時十七分────。

 なぜこんな日のこんな時間に、神から召集されなければならないのか。

 おれはサンタだぞ。季節としても違いすぎる上に、月日のことを考えても真反対も甚だしいというもの。

 ……しかも、召集場所がよりによって、おれが生前トラックに跳ねられた交差点。

「なぁおい神様よぉ、なんて名前の嫌がらせだこれは……。」

 おれのぼやきに相変わらず形を表さず声のみの存在である神はそれでも言葉を返す。

「────……すまないな。しかし此処を選んだのは、決して我の嫌がらせなどではない。此処でなければならない事情があるのだそうだ。」

 なんだ?

 まるで他の神と対等に話せるような言い回しだな。


「おれをここに呼んだのは、神様(あんた)じゃないような言い方だが?」


 おれの問いに神は短く嘆息を漏らした。

「なかなかに察しが良い。伊達に三年以上も我と関わっておらぬな。」

「そりゃそうだろ。で?おれをわざわざここに呼んだやつは誰なんだ?」

 場による苛立ちと焦燥感は、おれの内に疑問符を次々と生み出していた。


「うむ……、どこから話したものか……。」

「最初から全部話せ。さすがにおれも、フラストレーションくらいは溜まるんだ。」


 「それは我の欲するところではないな。」と神は小さく嘆息混じりに言葉を溢すと、ここにおれを呼ぶことになった経緯(いきさつ)を語り始めた────────。


「『八百万(やおよろず)の神』という概念が、そなたの世と国にはあるのだろう。しかし実際には、それほど多くの神はいない。精々十分の一……、いや、百分の一いればいい方だろう。我も知らぬ神もいる。そなたが、そなたの世の者全員を把握していないことと似たようなものだ。しかしまた、それでも、我が神の一柱であるということにも変わりない。そして我の”神”としての使命────それは、『生前不遇な目に遭った死人(しびと)の魂を雇用し、現世に干渉できる役職を与える』というものだ。我はそなたの他にも、月陰(つきかげ)カゲル、夜桜(よざくら)ザクロ、……そしてつい半年ほど前、未練を晴らし、代償に自らの魂を昇天させた星灯(ほしどもり)トモリを、採用し雇っている。──トモリについてだけは殉職したようなものであるが故、”雇っていた”と言い直す必要がありそうだがな。我の使命はこの通りであり、裏を返せばこれ以外の使命や権限を持つことはなく、我自身、他の神の使命についてなどそもそも知らぬ。しかし我は、役職の幅や、そもそもの死人の役職の種類を広げるため、あらゆる暦に目を通し、随時、死人の干渉頻度を増やすため、精進している。その中で、我は見つけたのだ──……っ。我にはできぬが、他の神にならできる、陽当アタルを救う(すべ)と、それに適した記念日をな────。」

 神の緩やかな声音は、おれの聴覚に、暖かく優しさに満ちた(さざなみ)を送り込む。

「──それが、今日だったのか……?────この場所も、その術を試みるには、適切な場所だったってことか?」

「左様だ。今日は何の日か、そなたは知っておるか?」

 全く見当がつかない。孤児院の頃、それなりに親しかった友人の誕生日の前日……、だった気がしなくもない。だが、神も認める”記念日”と呼ばれるものとなると──、やはり皆目思い当たらない。

「……分からないな。それってポピュラーな記念日なのか?祝日でも祭日でもないないとなると、孤児院育ちのおれには関係ない母の日やら、この時期だと父の日しか浮かばないんだが……?」

「仮にも神の一柱である我ですら、暦を捲るまで認知できていなかったのだ。そなたが知らぬのも無理はない────。」


 神はゆっくりと深呼吸を挟むと、また、静かに柔らかく、言葉を紡ぐ。

「────今日、六月十日は、”時の記念日”。そなたの生まれた日本という国で、初めて、”時計が民に時を伝え、刻み始めた日”なのだそうだ。」

 「へぇ、初耳だよ。」……──こう応えるしかなかった。本当に知らなかったし、特段知らなくても生きていける記念日でしかなかったのだ。

「当然だ。我もこれを知ったときには驚きを隠せなかった。しかしな、この”時の記念日”というものについて、もう少し考えてみよ。聡明なそなたなら、思い至れるやもしれぬ。」

「────場所がここじゃなかったら、神様と同等の千里眼を使えないこともないが、ここって時点でおれはなるべく頭を使わないようにしてんだ……。あんたも知ってるだろ?おれにとって”いい思い出”になるはずだったものは、あの日、この場所で、台無しになったんだからな。」

 ────ついでに更に嫌なことを思い出したが、神にわざわざ言わなくてもいいだろう。あの現場(・・・・)は、共に見届けている。


「それはすまぬな。あぁ、我の失態だ。そういえば以前にもこのようなことがあったな────。」

「あったよ、間違いなく。あのときおれは、あんたに返しきれないほどの恩をもらって、いまもこうしてるんだからな。」

 「些か懐かしいな……。」と物思いにふけようとする神だったが、今日おれに伝えるべきことを思い出したかのように、一つ咳払いを挟み、脱線しかけた話を元に戻す。

「当時の日本という国に、現代にも見受けられるような、長針と短針が備えられた歯車式の時計があったかどうかは、いまの我は知らぬ。しかし、サンタクロースに課せられている、プレゼント譲渡の年齢制限のように、”神”のルールも時と共に変化し、現代仕様になっている。そして当然、”時”を司る神もこちら側にはいる。……──時の管理に明け暮れて、相当のことがない限り、表に姿を見せることはないのだが、この”時の記念日”においては、あの神にとっての”誕生日”のようなものでな。是が非でもその様を顕す。そなたらには視えぬが、声くらいなら聴くことも叶おう。さて、そろそろ呼ぶかの。時の神、どうせ覗いておるのだろう────?」

「……────余を呼び立てるとは、知らぬ間に貴様も偉くなったものよの?ただの職安という分際に、変わりはなかろうに。」

 聴き覚えのない声。荘厳さを醸し出す初老の男声とおぼしき声音は、世界そのものをほんの僅か、揺らしているようにも思えた。船酔いになりかけたときのような微弱な眩暈(めまい)がおれを襲う。

「──すまぬなアタル。この神の世界への影響力は、我のような端くれの神とは次元が違うのだ。」

「時の神様なんだから……、そりゃ当然ってもんだろ……。おれとしても、生きてるときに、”時の神”と”死後の魂を雇う神”、どっちの方が存在している可能性が高いか、なんて訊かれたら、二つ返事で前者を選ぶよ。」

 「はぁーーー。」という、雇用の神のとてつもなく深く長い溜め息が降ってくる。

 そもそも、神なんて存在そのものが既にあやふやな存在なんだぞ。それでそんな二択迫られたら、現実味のある方を採るに決まってんだろうが。


「貴様は相も変わらず、本当に硝子細工のような心を持っておるな。陽当(ひあたり)アタルも困っているではないか。」

 ……なんだ、この違和感。

「ほう、違和感には気付けるが、解までは出せんときたか。」

 盛大な高笑いが聴こえる。見抜いた上で笑うなんて、悪趣味な……。なんなんだよ、神ってのはこんなやつばっかなのか。

「──いやいやすまない。貴公の違和感も、解に容易に至れないのも理解しておる。よきにつき。それでこそ、サンタクロースとして時を過ごし、得た、正しい心の在り方だ。……ちなみにいま、貴公を雇っていた神は声が届かぬようにした上で、余の袖にしがみつき泣きじゃくっておるぞ?」

 神の泣く様なんて、どこに需要があるんだよ。

「ホントに硝子のハートみたいだな。いや、おれも薄々察してはいたけど、まさか泣くとは思ってもみなかったよ。」

 おれの返答に小さく息を漏らすと、時の神は、神の一柱としての言葉をささやく。

「……────神にとって、認知度というものは貴公ら人間のそれよりも、重要性が高いのだ。神同士の認知は些末な問題。しかしな、基本的に”神”は、人間が想像し、創造しなければ、生まれることも、認められることもない。そこに信仰心まで生じさせている神となると、神の総数から見れば、雀の涙ほどの数しか存在しない。故に、人間から他の神……余と比較されたとき、余の方が圧倒的に認められるに値すると知ったこやつは、いまこのように気分を沈ませている、というわけだ。陽当アタルよ。どうかこやつを嗤わず、嘆息程度で収めておいてやってくれ。」

 ……確かに、自分が世界中の誰からも認識されないというのは、元人間のおれでも相当なストレスを感じることだろう。サンタクロースになった後も、あの神がいたことで孤独感に苛まれずに済んでいた、というのもまた否定できない事実だ。

「物分かりが良くて助かる。やはり、貴公がサンタクロースになったのは、ある種の"宿命"だったのかもしれんな。」

 「さて、本題に移ろう。」と前置きが長かったことを自覚しているのか、時の神は、言葉を連ねる。

 まるで、サンタクロースになるときにあの神と契約したときのように、その声音は穏やかでありながら、システマチックさも孕んでいた。


「────単刀直入にいこう。余がここに顕れたのは、貴公、陽当アタルの人としての死の時を流転させるためだ。更に要するなら、貴公をサンタクロースの座から解任し、人間として改めて命を与えるために、余はここにいる。」


「──────………………え。」


 思考が全く追いつかない。

 この神は……、なにを……、言ってるんだ……──?

「理解が遅れるのも無理はない。しかし事実だ。こやつが貴公と余をここに呼んだのも、貴公のことを余が知っているのも、全てはこのためなのだ。」

 神は、大地に強い風が起きるような、大きく深い呼吸を一つ挟み、話を続ける。

「貴公のサンタクロースとしての行動は、正直なところ、時間軸のみに留まらず時空軸すら逸脱したものだ。これ程まで図々しい魂は、余の知る限り貴公が初めてだ。」

「それは……、どうもすみませんでした。」

「いや、謝罪の言葉が欲しいのではない。」

「──……でも、子どもが泣いてれば、こんなおれにでもできることってのを探してしまう────。」

「そう、その思考(・・)動機(・・)だ。それが、貴公のその超越的な行動原理(・・・・・・・・)が、神々の目を瞑らせているのだ。貴公は自責の念など抱かずして良い。むしろ、本来なら誇るべきなのだ。……とはいえ、貴公は無自覚である故、誇ることもしないのであろうな。しかし事実として貴公のその在り方は、神々からすれば称賛に値する”美徳(・・)”なのだ。」

 おれの言葉を遮った時の神だったが、確かに時の神の言うように、おれにはその自覚がない。

 おれのなにが”美徳”と称されているんだ?


「貴公の美徳は、死した魂と成り果て、神と会話できるほどの、凡人以上の存在となってもなお、”現世の凡人の(・・・・・・)心の隣人であることを(・・・・・・・・・・)やめない(・・・・)”ことにある。上から目線を決め込み助け船を出すのではない。貴公はいつも、人の心の隣に寄り添い、自らの意思に従い、自らに可能な手を探し出し、その手を躊躇なく差し出すのだ。そして、これを確固たる美徳に成し得ている最も重要な思考は、このような行動原理を、貴公自身”意識せずに為している(・・・・・・・・・・)”ことにある。」

「──……あぁ、そうだな。言われてみれば確かにそうだ。でも、言われるまで気付かなかった。」

 時の神はくすりと笑うと、

「そうでなければ、余がわざわざ顕れることなどしないよ。」

 そう、続けるのだった。

「まるで、最初から決められていたことのようだ。今日は時の記念日だ。さて、時計の長針と短針が一日に重なる回数の合計は、分かるか?」

 数瞬逡巡したあと、おれは答えに至る。

「────二十四(・・・)回……だな。」

「そうだ。では、その時計に記されている数字は、どこまである?」

「────十二(・・)までだが……。な……っ、おい、まさか……────っ!?」


「ふっ、察しがいいな。それらの数字は、貴公の役職と密接な関わりにある。”十二(・・)”月の”二十四(・・・)”日。それがサンタクロースたる貴公の、本当の職務日であり────、存在が認められる日だろう?」

 意外なところに、おれの"役職"と"時"というものの間に共通点があった。ここまでくると、時の神が出てきたことにも納得せざるをえない。

「────これを『奇縁(・・)』と思うのは、よもや余だけではあるまい。しかしな、この(えにし)があったことで、余は貴公に干渉することが叶い、余の思いを伝え、余の神としての力を貴公に献寿することもできるのだ。」

 粗く息を吸った神は、心の奥底から歓ぶように、こんなおれに喝采を贈るように、声高らかに言葉を放つ。

「さあ、時を戻すことこそ叶わんが、貴公の死した時の歯車と、貴公の死に伴い起きた万物万象……、それらの流転、変換の用意は既にできている。貴公はここで、どの運命を選び採る?」

 おれは……──────、

「……おれはもう、生前おれ自身が得ようとした最高の幸せを願い求めたところで、戻ってこないことを知っちまってる。それでまたあの孤独に、あんな場所に戻されてまた独りになるくらいなら……、この仕事を続けて、どこかの世界の小さな幸せに、少しでも貢献できる道を選ぶよ。」

 「わざわざ来てもらっといて悪いな。」とおれは付け足し、言葉を返した。しかし実際、これがおれ、陽当アタルの本心なのだ。紛い物が入る余地もない本物の答え。

「本当に貴公は、どこまでも献身に徹するのだな。神の一柱として、感服する他ない。しかしまた、貴公にも貴公のための望みがあると窺える。もしやそれは、貴公と半生を共にしたいと願い、しかし貴公を失った事実に耐えきれず、自ら命を絶ち、魂諸共、人心研究監視界じんしんけんきゅうかんしかいに強制移送された娘のことか?」

 全く、”神”ってのは人の心の理解にはとことん乏しいのか。傷口を抉られるような感覚を、この世界を俯瞰する神々は知らないのだろうか。

 ……いや、『心究界(しんきゅうかい)』なんてものを創り出すんだ。本当に理解できないのだろう。

「────……どうやら、図星であった上に、心の傷にも触れてしまったようだな。すまない。しかしな、貴公の聴き損じもあるのだぞ?」

「──聴き損じ……だと?」

「あぁ。余の言葉を、よく思い出してみよ。『神の話は黙って聴け』と、雇い主の神にも、最初、言われなかったか?」

 その言葉を聴かされたことには、確かに身に覚えがある。

 しかし、なにを聴き漏らした……?

 時の神が実現可能だと言った事柄を思い返す。おれを生き返らせることが可能であるといった旨のこと以外で、神はおれになんと──────…………っ。

「おれの死に伴って起きた万物万象の流転、変換……。」


 おれは、らしくないことなんか重々承知で、それでも、淡い期待を込めて、しかしどうしても弱々しく言葉を紡いでしまうのだった。

「──結論を出すのも早く、即断即決の行動力を持つ貴公だからこその聴き損じだな。やれやれ……、もっと喜んだらどうだ?」

「そんな……、てことは本当に……っ?」

「貴公の思っておる通り────……。」


「「愛した彼女(・・)も心究界から解き放たれる……!!」」


 ありえないと思い込んでいた。

 そんな奇蹟は、もう、この陽当アタルが望むことが許されることではない。身に余る奇蹟だと、そう、決めつけていた。

 それに、彼女とは二度と逢えないという前提があったからこそ、おれはサンタクロースを選ぶことになったようなものなのだから。

「あんた……、本当におれらの神様なのか……。」

 「──なにを今更。」と、また大きく笑う神の声音。それに呼応する、この世界を揺るがさんとする地響きは、おれにとってまさに”福音(・・)”になっていた。

「────さて、二度目の問いかけだ。とはいえ、問いの内容は先ほどと同じものだ。余の申し出に、貴公はなんと、答えを寄越すのだ?」

「あっはははははは!!」

 微笑を含ませながら問いを投げる時の神に、おれも歓びを隠せなかった。

「時の神。あんたの名前、なんていうんだ?」

「余の名か……、余を含め、神々は人間のように固有の名を持たぬ。しかしここは、貴公の名に少しばかりあやかった名を自らに与えるとしよう。……──”ヒノザシ”、うん、悪くない。余の名は此よりヒノザシだ。」

 おれの名前が元になっていると思うと、どこか、くすぐったさに似た感覚を得る。

 ただ、同時におれは、懐かしさすら感じるほど久々に、高揚し熱を持つモノを胸の辺りに感じていた。

「それじゃあ、ヒノザシ様。おれは、胸を張って、その申し出を承ろ──……。」

 ────しかし、おれの言葉は、おれ自身の信念により抑制された。

 これまでおれは、数こそ少なかったかもしれないが、それでも、サンタクロースとして、子どもたちに笑顔を届けてきた。このおれのただの我欲で、それを無にしても良いのだろうか……。

 そんな漠然とした背徳感は、おれを口ごもらせるには十分に過ぎた。

「貴公ときたら、どこまでも杞憂の尽きんやつだな。責めるようなものではないが、もう少し、自分のことを思ってやってもいいんだぞ?」

「でも、おれは……──っ。」

 息が……、苦しい……────ッ。"子どもたちへの献身に己が全てを費やすと決め、動き考えているおれ"も、我欲があるからこそ生まれ出でることができた"おれ自身"に他ならないのだ。

「────”杞憂”という余からの言葉を、貴公はまた聴き逃し、その意味を考えることもなく、そうして無為に苦しんでいる。」

「杞憂……?不要な心配って意味だったか──。」

「そうだ。だから、安心するがよい。貴公のサンタクロースとしての働きにより救われた、数多の子どもの命やその魂が、無になるなどということには断じてならん。」

 断言的なその口調からは、なにか、誓いめいたものを感じた。

 時の神ヒノザシは、言葉を続ける。

「余が司りしは”時”のみだが、”時”であるがために、ある種の万能性もあってな、貴公を雇った神然り、他の神が生まれた時も、粗方知り覚えている。貴公ら人間でいうところの、己が腕の中で産声を上げた赤子のことを忘れん医者のようなものよ。そのなかには当然、”仮初めの存在を作る神”や”模倣を司る神”もいる。あやつらに余が一度頭を下げるだけで、二つ返事で貴公の魂を模した存在を創造するであろう。」


「……────(わたくし)たちに頭を下げる必要などありませんよ。私たちの同胞たる"時の神"……、いまは名を得た、ヒノザシ様。」

 突如、女性らしき知らない声が降ってきた。

 しかし、時の神が最初に言葉を発したときほどの衝撃はなく、どうやら、世界への影響力はあまり持ち合わせていないようだ。

「申し遅れました。私は”模倣”を司る神。貴殿が陽当アタル殿ですね。貴殿に関する噂は、こちらでもよく耳にしていましたよ。」

 時の神"ヒノザシ"が、最初からおれの名前を知っていたのもそのせいか。ずっとこびりついていた違和感が解消された。

「……どんだけの有名人なんですか、おれ。」

「それはもう、私含め、貴殿が想像されているより遙かに多くの神々が、貴殿のことを粗方存じ上げております。なんでも、元人間とは思えないほどのとんでもない利他性を秘めているとか。そこで、私も、貴殿の在り方に魅せられた神の一柱として、力を貸させていただきたく、こうして顕れている次第です。」

 ものすごい過大評価を下されているような気がする……。それに、神様からそんなに腰を低くして接されたら、こっちが謙遜したくなるんですけど。


「いやいや、模倣の神様……でしたっけ?そういう気持ちで接されると、おれの方が困りますから……っ。」

 「はぁ、そういうものですか?」と困惑を隠せない声音。神というのは本当に、事象至上主義のやつばかりのようだ。

「とはいえ、私も貴殿に貢献したく顕れたことに変わりはありません。貴殿、『陽当アタル殿には人として幸せになる”義務”がある』ということは、私たち神々の議会で、既に決定しているのです。しかし、貴殿が人に戻れば、当然私たち神の声は貴殿の耳に届かなくなる。そのため、手前勝手とは分かりつつ、貴殿に命を授ける前に、貴殿とこうして最後に語らいたかったのです。私も、いま、貴殿と言葉を交わしているのですから、ここにいる二柱の神のことを責めることは叶わない立場ではあるのですけれど。」

「……要は、おれを雇った神も、ヒノザシも、貴女も、”寂しかった”だけですか?」

「"貴殿と私たちが話せなくなる"というだけの事柄が、こうも胸を苦しませているのは、きっと、貴殿のいうところの、”寂しさ”のせいなのでしょう。」

 「あぁ、私たちは神だというのに、まだまだ知らないことが多いようですね。」と続けざまに言葉を漏らす。

「────この際言わせてもらいますが、神様たちは"心"というものを知らなさすぎです。『心究界』なんてものを創るくらいなら、神のみなさんも、おれのようにサンタクロースにでもなって、子どもの心に触れてみた方が、よっぽど人の感情を理解できるというものです!」

「あはは……、これはまた、痛いところを突かれました。では、そのご助言に従い、直ちに心究界を"閉鎖"しましょう。」


「…………────え゛。そんなに簡単にできるものなんですか!?」


「私の司りしは”模倣”ですよ。ここだけの話、これは神相手にも通用しますし、その辺りはアタル殿がお気に留めておかれていなくても良いことです。」


 やや小声になってはいるものの、「えっへん!」と言わんばかりの、自信に満ちた声音は崩れることを知らない。しかしそれでも、彼女もまた神のうちの一柱なのだとおれに実感させてしまうのだった。

「これからは心究界に代わり、貴殿を模範とした”サンタクロース”を、元心究界出身者から優先的に雇うとしましょう。彼らも”心”と呼ばれるものに傷を感じ、命を投げ棄てる道しか選べなくなったのでしょうから。きっと、いまと未来を自らの命の鼓動で歩まんとする子どもたちの心に、寄り添うこともできるでしょう。そう──。」


「……そう、貴殿のように。」

「……そう、貴公のように。」

「……そう、そなたのように。」


 三柱の神々の声が重なる。そこには、雇い主の神の声も含まれていた。


「照れくさいな……。まぁでも、そこまで言ってもらえたんだ。おれも惜しむことなく、改めて人生をやり直すよ。ありがとな、神様たち。……さようなら。おれとしては、サンタクロースとして在ることができたこれまでの時間も、これはこれで"幸せ"だったよ……!」

 どこにいるかも分からないけれど、おれは天を仰ぎ、穏やかで清々しさに満ちた"ありのままの気持ち"をそのまま表情にあらわした。きっと安らかな笑みでも浮かべているのだろう。

 魂だけだった霊体に、懐かしい暖かさが戻ってくる────……っ。



「わたしたちを救ってくれてありがとう。わたしたちの、陽当アタル(サンタさん)────。」



 ────子どもたちのそんな言葉が、どこからか聴こえた気がした。


 *****


「アタルー?なーにぼーっとしてるの。もしかして、今日がなんの日か、忘れちゃってる??」

 ────気付けば、横断歩道の前で、上を向いたまま立ちつくしていた。

 雪化粧を施された街並みは、上手く思い出せないが、しかしどこか懐かしさを覚えずにはいられない光景……。

 はぁ。なんだか、長い夢の中にでも浸っていたような感覚だ。

 隣から声をかけるのは──、

「あぁ、悪い。今日はクリスマスイブ……、それと、四年目の交際記念日だったな」

 初めておれに、”幸せ”を教えてくれた彼女。

 いまはおれの返答のせいで、僅かに眉間に皺を寄せてしまっているけれど────、おれにとって、本当に本当に、大切な人。

「ホントは三年と一ヶ月だけどね。あ、アタル!あそこにいるの、きっと双子さんだよーっ!」

「閏年なんだから少しは見逃してくれよ……。にしても、あぁ確かに双子みたいだな。ハハ、ハハハハ……ッ、やっぱり子どもは可愛いもんだな!おれ、子どもの笑顔のためなら、なんでもできる気がするよ……!!」

 「もう、アタルってば、相変わらず大袈裟なんだから。」と言葉を紡ぎながらも、彼女の表情には満面の笑みが浮かべられている。


 今年もまた、クリスマスがやってくる。

 四年間、"二人だけ"のクリスマスだったけれど、来年からは、三人(・・)で迎えられる予定だ。四年の月日を経て()となった彼女の、いまはそのお腹の中にいる、未だ逢うことも叶わぬ三人目。

 この子の前に訪れるサンタさんは、今頃どこにいるのだろう……?

 どうやって、いま以上の幸せを、おれたち三人に届けてくれるのだろう────。

 *****



 ”情けは人の為ならず”。


 本物のサンタクロース(・・・・・・・・・・)たりえた『陽当アタル』は、"情け"などと認識してはいなかっただろうし、これを我から言われても、

「情けをかけてるつもりは更々ない。」

 と返していたことだろう。

「自分にできることを、おれがしたくてしてるだけだ。」

 そう、付け足されていたことだろう。


 "真に優しきサンタクロース"はそんな男だったと、新たなサンタクロース候補の魂に、我はまた、語り聴かせるのだった。



Fin.

 茅絃のことのは ──あとがき──


 茅絃(ちづる)のことのは

 ……という名のあとがきです。

 失礼、挨拶が遅れました。

 はじめまして、千菅茅絃(ちすがちづる)と申しまする。

 読みは『ちすが ちづる』です。

 ツイッターの方では、「茅絃のことのは」の頭にハッシュタグを付けて、その日思ったことや感じたことなどを声として残しておくことってことをたまーにやってます。……まぁ、んなこたどうでもいいんですけど。

 とはいえ”完結した物語”にあとがきを添えるなんてのは初めてなもんで、なーに紡ごうかなと思いつつ、いまこうしてキーボードカタカタやってる次第です。


 閑話休題。


 今作に限らず、ボクが紡ぐ物語全てに共通することなんですが、

"

 『物語のキャラクターたちが外の世界に発せない[[rb:思い > 気持ち]]を、あの子たちの隣に立って、足を震わせながらも代弁する。』

 これが、いまのボクにできる精一杯。

 でも、そのために自分が採れる行動は、紡ぐこと。

 選択肢なんて他にない。一つだけ。

 だから紡ぐ。

 かわいくてしゃーない、あの子たちのために。

"

 という、ややポエミーながらも、紡ぎ手としてのこの個人的なモットーに基づき、『紡ぎ手兼代弁者(・・・ ・・・)』として、彼らの言葉や行動を、紡ぐことで、"代弁"しています。

///

「……気持ちはなんとなく分かるけど、なげぇよ」

 ……────誰ですかいまの台詞言ったの!?

「はい、どうも、陽当アタルです。実はわたつたのミキやゆさよりも、おれの方が、こいつとは付き合いが長いんで、ぶっちゃけ後付け設定みたいになって……」

 やーめーろー、そういう裏事情くっちゃべるの!

 てか、むしろボクとお前との付き合いが長かったから、あの子たちもお前に助けを乞うたんだろうが。……なんだかんだアタルも駆けつけてくれたやんけ。こっちとしてはイレギュラーもいいとこだったけど……。それでも嬉しかったよ、ありがとう。

「まぁ、あのときは放っておけなかったし……、お礼とか、くすぐったいからやめてくれませんかね茅絃さん。……とーはーいーえー!よ。おれの物語を大団円に導くきっかけをくれたのは入院病棟の看護師さ……」

 はい、ホントね、そうだね、病棟看護師さんには頭上がんないね。

 お前の過去は悲惨も過ぎたよね……、ごめん!

「悪いと思ってんならいいけどさ……。乗りかかった船だし、おれみたいな過去背負ったやつ出てきたら、遠慮せずおれを呼んでいいからな。”子どもの頃に負った傷”ってのは、後々までけっこう深く残るんだ。……茅絃も知ってるだろ?」

 らーじゃ、模倣の神がいるからな、「お前みたいな存在はいつでもどこへでも現れてくれる」って思っとくよ。ありがと。

「おれがやりたくてやらせろって言ってんだ、礼なんざいらねぇよ」

///

 ────とまぁこんな感じに、キャラクター固有の意思や性格、果ては物語世界での人権の自由をも尊重して、こうして、物語を紡ぐに至っています。

 ……つか、かわいいなこんにゃろ。


 "あとがき"そのものが、既にえらく長いものになっているんですけど、こっからしれっと重要な話をします。

 ”陽当アタルのサンタ日誌”

 今作を紡ぎ始めるきっかけをくださった欠かせない作品がありまして。

 第57回 JUMPトレジャー新人漫画賞 佳作 石川光貴(いしかわ こうき)先生作

 『となりのサンタさん』

 こちらの漫画作品を読んだ際、「身近なところにいるサンタさんってのもいいな……!!」と思いまして、そこから今作を紡ぎ始め、こうして無事完結を迎えるまで紡ぐことが叶っております。


 最後に。

 こちらを発行するにあたり、今作の表紙絵の使用に際してほぼ迷いなく二つ返事でおっけーを出してくれたイラストレーターのあむくん。

 (さっきアタルも口走ってましたが)大団円を迎えるきっかけをくださった病棟看護師のH山さん。

 『となりのサンタさん』を通し、この物語のきっかけをくださった石川光貴(いしかわ こうき)先生。

 ボクの現在の"紡ぐ型"としての原型である、『氷菓』および『古典部シリーズ』を執筆していらっしゃる米澤穂信(よねざわ ほのぶ)先生。『境界の彼方』を執筆していらっしゃる鳥居(とりい)なごむ先生。『藤堂家はカミガカリ』を執筆していらっしゃる高遠豹介(たかとお ひょうすけ)先生。『天久鷹央(あめく たかお)シリーズ』や『優しい死神の飼い方』を執筆していらっしゃる知念実希人(ちねん みきと)先生。

 『五時間目の戦争』を描かれ、ボクの紡ぐお話の"物語性"や"価値観"、"物語に込める思い"に深く影響を与えてくださった、漫画家の故・(ゆう)先生。

 物語を紡ぐことへの自信をくださったイラストレーター&漫画家のrioka先生。『セレスティアル・ブルーシリーズ』を執筆していらっしゃる作家の水無月秋穂(みなづき あきほ)様。

 また、このような物語も、読者様のお手許へ届けて良いと、ボクに思い至らせてくれた作品『魔法使いの嫁』を描かれておりますヤマザキコレ先生。

 心よりの尊敬の念をここに(したた)めますとともに、奉謝いたします。

 そして、この物語を手にしてくださっている読者様。そのお一人であらせられます、これを読むあなた様へ、最大の感謝を。



 それでは、陽当アタルのサンタ日誌における「茅絃のことのは」のあとがきの筆は、ひとまずここに、置かせていただくことと致します。


///

 アタルもいいよねー?

「はいよ、おれはこの物語で幸せになれたし、あとは茅絃の他の物語で、基本子ども相手に”サンタさん”やっとくよ」

 ありがと。お前、ホント子ども好きだな。ボクもだけど。

「……言っとくが、ロリコンって意味じゃないからな?」

 分かってるし、そりゃボクもだよ?

「茅絃が犯罪者予備軍じゃなくてよかった。子どもって可愛いもんな」

 失敬な。けどホント、子どもはみんな可愛くて、尊いよね。




 千菅 茅絃

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