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私のぜんぶ、あなたに伝えていいですか?  作者: 千菅茅絃 (あむゆさ)
陽当アタルのサンタ日誌 過去篇
13/25

第四夜 陽当アタルと聖夜の奇蹟 後編

 陽当(ひあたり)アタル。二十四歳。十二月二十四日。

 どうやらおれは、トラックのスリップ事故に巻き込まれて死んだらしい。

 野次馬がぞろぞろとおれの視界に転がっているおれの死体に群がってくる。

 悲鳴。顔面蒼白したトラックの運転手。銀床に滲み広がり続ける血液。……そして、おれの死体の近くに転がり落ちている箱から潰れて出てきた、特大の真っ白な洋菓子。

 魂となったおれの五感はそれらの光景に支配された。

 掴みかけたと思った幸せ。

 しかしそれをおれは掴み損ねた。

 涙が零れ落ちるのが収まると、おれは自然と彼女のことを思い出していた。

 この世に未練を残したまま、おれは死んでしまったのだ。

 おれは雪を降らせ続ける空を仰ぎ、叫ぶ。

「もう少しでいいから……、おれに、この世の時間をください……っ!」

 せめて、この未練を晴らしてから、あの世に連れていってくれと願いながら────。

 魂だけの存在となったおれのこの呻き声は、当然のことのように、この世の住人の耳には届かない。


 しかし、おれの声に応える声が聴こえた。

「────そなたのその願い。(われ)になら叶えることができる。」

 おれは耳を疑った。

 そして声の発信源を探ったが、形としては見えなかった。

 見えない存在のそれは続ける。

「陽当アタル。そなたはこれまで不遇な宿命を抱え孤独な人生を歩んできた。そして、その不幸な運命から解放されかけた、そのとき、その人生に幕を下ろした。」

 あまりにもストレートに、自分の人生の概要を語る、その不可視の存在に、おれは少なからず苛立ちを覚えた。

「お前……、何様だ!おれの人生を全て視てきたようなこと言いやがって。確かに……、確かにおれは、お前の言う通り孤独な人生を送ってきたし、幸せを掴みかけて死んだことも認める。」

 おれは言葉に詰まりながら、見えない誰かに心の内をさらけ出す。

「────だけどな……、おれが必死に目を背けてきた事実を、そんな簡単に……、言葉にしないでくれよ……。」

 いつの間にか、また涙が流れ出していた。

 しかし、おれの言葉に対して、あくまでそれは淡々と言葉を紡ぐ。

「一つずつ質問に答えるとしよう。お前何様だ、とそなたは我に問うたが……、我は、そなたらの世でいうところの、神だ。」

 "神様"の存在を、おれは特に信じてはいなかった。

 ──そういう人は多いはずだ。

 別に神を信仰している人のみが、クリスマスを祝うわけではないことと同じように。

「テキトーなことのたまってんじゃ……──。」

「────ようやく二つ目の疑問を自己解決できたか。そう……。」

 おれと神の言葉が重なる。


「「神だから、陽当アタルの人生の全てを知っている。」」


 神は小さく嘆息し、言葉を続ける。

「────物分かりが良くて助かる。」

 そして神は咳払いを一つして、

「さて、全てを知り尽くしているとはいえ、先ほどはそなたの人生を些か蔑ろにしてしまった。非礼を詫びよう。」

 神は、自らの過ちを認め、おれに謝罪してきた。

 そして、再び咳払いを挟み、神は続ける。

「そなたの望みは、この世での時間をくれ、というものだったな。」

「あぁ、長くなくていい。ほんの少しでいいんだ、だから……。」

 そこでおれの言葉は遮られた。

「ダメだ。」

 おれは思わず絶句してしまった。

「長かろうが短かろうが、死者をこの世に残すことに変わりはない。そなたの選択は時間ではなく、この世に残るか残らないかという選択肢からしか選べない。」

「……そういうことか。」

 含みのある嘆息を吐き、うっすらと笑みを浮かばせていることを想像させる声で、神は問う。

「さて、そなたはどちらを選ぶ?」

 おれは顔色一つ変えずに応える。

「この世に残る。」

「────だろうな。」

 神は、ほんの少しククッと笑い、

「しかしな、残るという選択肢はあるが、タダでは叶えられん。」

「おれは……、なにをすればいい?」

 神は、穏やかに、答えの片鱗を提示する。

「この世界には、存在が確認されてもいないのに、遠い昔から信じられているものがあるな。例えば、そう、サンタクロース。」

「……──何の話だ?」

 神は舌打ちを一つかまし、

「人の話……、いや、神の話は黙って聴け。」

 と、低い声で告げる。

 そしてそのまま、声音を戻し、話し始めた。

「そなたをこの世に留めておくには我と契約をしてもらう必要があるのだ。」

「契約?」

 おれは嫌な予感しかしなかった。

 神は静かに、しかしシステマチックに言葉を紡ぐ。

「そう、契約だ。しかもそなたは男であるゆえ、契約プランは三つある。」

 神から出た『契約プラン』という言葉に違和感を覚えつつおれは先ほどの忠告通り、黙って聴き続ける。

「一つ目のプランは、彦星となり織姫と共に七月七日の晩【人々の心に愛の芽吹きと祈りの成就】の手伝いをするもの。」

 彦星と織姫……七夕か。

「二つ目のプランは、ジャック・オー・ランタンとなり、十月の末日に【迷える人に道を示す】手伝いをするもの。」

 ハロウィンという言葉を遣えばいいのに。神は七夕やハロウィンという行事の名前そのものは知らないのだろうか。

「三つ目のプランは、サンタクロースとなり、クリスマスの時期や人々の心に幸せが満ちる時期に空に浮かび、【子どもたちに歓びと笑顔を贈る】手伝いをするもの。」

 神は説明を終えると、大きくため息を吐き、おれに尋ねる。

「────さて、そなたはどれを選ぶ?」

 神からのその問いに、おれは数秒の間をあけ、答えた。

「ならおれは、彦星になる。」

「ほう?その心は?」

 神は意外そうな声で訊いてきた。

「おれは、彼女との再会を望んでいる。彼女と再びめぐりあい、幸せを共有できれば、おれにこの世への未練はなくなる。────だから、おれは少しでも可能性のある、"彦星"になるんだ。」

 ふむ、と神は相づちを打ち、自分の出したプランに付け足しをする。

「その決定、とりあえず我が受け取った。しかしその職務内容も、一度果たしてみなければ分かるまい。そなたには、一年の猶予をやろう。その間に、七月七日の職務を体験し、残りの期間で、最終決定を下すがよい。我には、そなたの心を、少なからず傷つけた負い目があるからな。この一年の猶予は、我からそなたへ免罪を乞うものだ。どうかそれで許してくれ。」

 神はかなり反省しているらしい。おれはさほど気にしていなかったが、神としては、相当な罪悪感を感じているのだろう。

「分かった。」

 おれは短く答え、神への言葉を付け加える。

「なぁ、神様。おれは、あんたが思ってるほど、さっきのあんたの発言を気にしちゃいない。むしろあんたには感謝してるよ。死んだおれをこの世に残らせてくれるんだ。神様からのこれ以上の奉仕があるかよ。」

 深い、安堵のため息が聴こえ、神は穏やかな口調でこれより(のち)のことを告げる。

「さりとて、そなたは死した魂だ。職務がある日以外は器である肉体を持たぬ。故に、職務の日付までは魂のみで過ごしてもらうことになる。」

 おれは苦笑いを浮かべ、

「生憎、独りぼっちには慣れっこなんでね。」

 と神に返す。

 神は柔らかな口調で、しかしどこか喜びが伝わってくる声音でささやく。

「心配するな、いつでも、そなたの話し相手にはなってやる。死んでまで、そなたを孤独にはさせぬと、ここに誓うぞ。」


 神とのやりとりのあと、おれは自宅へと向かった。

 なんだかんだ長話をしていたこともあって、疲れた。

 魂というのはなにかと便利で、壁もすり抜けようと思えばすり抜けられるし、物を動かすことはできないが物体に触れることはできるようだ。

 自宅に向かうと、玄関の前で彼女が待っていた。

 もちろん、魂だけの存在であるおれに気付くわけはないのだが。

 彼女と玄関を通り抜け、おれは自室のベッドに横になった。

 少し休もう……────。

 そう思い、おれは眠りについた。


 翌日、おれは陽も昇り尽くした頃に、耳障りなサイレンの音で目を覚ました。

 やれやれ、今日はクリスマスだというのに、相変わらず物騒な世の中だ。

 壁をすり抜け、野次馬気分でサイレンの鳴っている方へ向かってみた。

 その道中、昨日おれが死んだ場所も通りがかったが、一晩経っているため、おれの死体は道路からなくなっていた。

 サイレンが鳴っているのは、もう一つ先の交差点かららしい。

 おれはただひたすらその方向へ進んだ。

 またこちらでも、大型車両と歩行者での事故らしい。

 おれは人混みをすり抜けられるのをいいことに、事故現場に近付いていった。

 ────ふと、視界に見慣れた鞄が転がっているのが見えた。

 事故直後だからか、まだ、死体も道路に転がっていた。

 薄茶色のローブコートに、タイトなデニムパンツ。ローブコートの下に着込まれたクリーム色のセーターは血に濡れて赤く染まっていた。

 どれもこれもが、おれには見覚えのある洋服──────。

 死体の顔は、おれを"幸せ"に導いてくれた、まさにその人に、よく、似ていた。

 ────もう、本当に、瓜、二つ…………。

 おれは彼女との会話を思い出す────。


「実は私もアタルと同じ境遇でさ、親も兄弟もいなくてずっと独りぼっちだったんだ」

「そう、なんだ……。────でも、これからは、"二人"だ」


 その場の誰にも聴こえない、おれの慟哭だけが、おれと神だけの世界に響いた。

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