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マーメイドウィッチ  作者: いろはうた
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戦いの歌

フレヤが軍事演習場にメノウを連れて現れると、


騎士とアルハフ族の戦士たちは驚いたようだった。


剣を振っていた手を止めて、目を丸くしている。


しかし、騎士たちはさっと騎士の礼の形を取った。



「皆、楽にしてほしい。


 ここに来たのは提案があってのことなの」


「提案でございますか」



団長のハイヴが低くそう尋ねた。


それに軽く頷いて見せる。



「メノウもいるじゃん?」


「そう、これはメノウからの提案。


 戦局をよりよくするためのものよ」



提案がメノウからのものだと知ると、


騎士団の者たちは若干表情をこわばらせた。


声に出して何かを言うことはないが


やはりその視線は柔らかいものではない。



「提案とはどのようなものですかな?」


「私とメノウの力で、騎士団の力を強化するの」



「へー?


 いいんじゃない?


 こいつら二人がかりでも、おれにはかなわなかったし?」



カルトの言葉に騎士団の者たちは


一様に悔しそうな表情を浮かべているが


反論の言葉はない。


やはり、人間よりも身体能力の高いアルハフ族の戦士には


少し鍛錬を積んだ程度で人間がかなう相手ではないのだ。



「試すだけ、試させてほしい。


 どうかしら」


「陛下の国と民を思うご献身ぶり、


 一国民として、ありがたく、誇りに思います」



ハイヴが膝をついた。


それを見習い、騎士たちも一斉に地面に膝をつく。


ハイヴは騎士団長。


彼が言うことは騎士団の中で絶対。


しかし、カインはそれでも声を上げた。



「お言葉ですが、団長。


 陛下を戦場の最前線にお連れするなど、危険すぎます。


 陛下に何かあれば、それこそわが軍は総崩れとなります」



カインはやはり納得していなかった。


フレヤは振り返ってカインのほうを見た。


しかし、フレヤが口を開くよりも早く、


ハイヴが話し出した。



「王とは、その身をもって国を守り支える者。


 お飾りだけの王など我々には必要ない」


「ハイヴ団長!!」


「目を覚ませカイン。


 おまえの目の前にいる方は、守られるだけの姫ではない。


 この国の女王たる方だ」



カインの顔は見たことがないほど険しい。


ギリっ、と奥歯を噛みしめる音が聞こえた。



「我々には、時間がない。


 わかるな」


「……御意」



押し殺された声は震えていた。


部下の前で団長に意見するなど、


きっと部隊長としてのプライドに傷がついたはずだ。


それでも、意見したのはきっとフレヤのことを想ってのことだ。



「カインありがとう。


 私は、大丈夫よ。


 だから、私を信じて?」



カインの傍に行き、その手を手を取り、


顔をのぞき込む。


カインは唇をかみしめていた。


そのグレーの目はこちらを見ない。


そのかたくななまでの態度は、


ただただ主を失うことを恐れてのものにしか見えなかった。


しかし、違和感が何故か胸の中に生まれた。


違う。


主を失うことが恐ろしいのではない。


カインはもっと別のことを恐れている気がする。


それが何なのか、フレヤにはわからない。


ハイヴは厳しい表情を保ったままだ。


立場上、厳しい言葉をかけるしかないのだろう。



「しかし陛下、その娘は陛下を陥れた娘です。


 我々騎士団の力になると我々を油断させ、


 今度こそ陛下のお命を狙うつもりかもしれません」



やはり部下と上司は似ているものなのかもしれない。


さっきカインが言ったことと似たことをハイヴも口にした。


メノウのことを表向きに言っているが、


その言葉はアルハフ族の裏切りも暗喩している。


ハイヴの言葉に、アルハフ族の面々は


嫌悪感を顔に浮かべ殺気立った。


それをチノがさっと手で制するのが視界の端で見えた。



「ハイヴ、その可能性はないわ。


 さっきカインにも言ったのだけど、


 メノウが私たちを裏切るためにそう言ったのなら


 この場に現れた時点で、声を使って


 あなた達全員を操っているわ。


 それに……」



フレヤはここで言葉を切った。


騎士達の顔を見渡す。


彼らは真剣な表情でフレヤの言葉に聞き入っていた。



「アルハフ族たちは、私たちに傷つけられたにもかかわらず


 私たちに手を貸そうとしてくれている。


 それは、自分たちを守るためだけではない。


 私たちを信じようとしてくれているからよ。


 信じようとしてくれる彼らを、


 信じることから私たちは始めないといけない」



つたない言葉ながら、フレヤ必死に言い募った。


アルハフ族とコペンハヴン国。


敵対していた者たちが、手を組もうとしている。


そのきっかけとなるかもしれないからだ。



「だから、私の歌とメノウの声、


 これらを使うことを試させてほしい」



騎士団の面々は顔をぐっと引き締めた。


ハイヴが静かに頭を垂れた。



「御意に」



フレヤははっとした。


ハイヴは命令としてのフレヤの言葉ではなく、


フレヤ自身の思いを


自ら騎士たちに話してほしかったのかもしれない。


騎士たちの瞳には熱いものが宿っているのが見えた。


フレヤの言葉を、陛下からの命令、としてしか


受け取れなかった彼らは不安だったのだ。


だから、ハイヴはわざと、アルハフ族を貶めるような


ことを言って、フレヤの言葉を引き出した。


心の中でハイヴに礼を言うと、


フレヤは騎士団にもう一度視線を戻した。



「では、さっそく始めましょう。


 まずは私の歌から試してみましょう」



フレヤの歌には歌詞がない。


その時に願うこと、そしてフレヤ自身の感情によって


歌の効果が変わるのだ。


だから、フレヤの歌は歌というよりも大きなハミングに近かった。


アルハフ族の戦士たちは一度演習場の脇に下がり


その場に騎士たちが神妙な面持ちで整列した。


カインもその中に混ざっている。


フレヤは歌う前に少し迷った。


歌の効果はフレヤの望みによって変わる。


何を望めばいいのだろう。


騎士たちに何を望むのか。


フレヤは歌いだした。


ダークエルフをも蹴散らす圧倒的な力。


この国への侵略を阻む堅固な盾。


必要なことなのに、なぜかどれもしっくりこない。


一方の騎士たちは、己の体に不思議な力がみなぎるのを感じて


顔に驚きを浮かべている。


フレヤの力は知ってはいたが、


実際こうして体感するのは初めてだからだろう。


彼らの体は薄い青色の光を帯びていた。


これはフレヤの歌の力が


その対象に大きく作用した時に起きる現象だ。


だが、フレヤは満足していなかった。


どこか消化不良のような、


もやもやした感情が胸を埋め尽くしている。



「ありがとうございます、陛下」



ハイヴが騎士団を代表してフレヤに一礼する。



「やめて、ハイヴ。


 まだ、これでは不完全だわ」



フレヤはうなだれながら言った。


何かが足りないのはわかるが


どこをどういう風に変えて歌えばいいのかわからない。



「そこをどいていただけますか」



フレヤを押しのけるようにして、


メノウが騎士団の前に立つ。


途端に隣に立っているフレヤでも感じられるほど


騎士団からの空気が刺々しいものに変わった。


助けてもらう立場なのに、さすがに無礼すぎると


フレヤが口を開きかけた瞬間、メノウがさっと手で彼女を制した。



「私のことが嫌いなのは知っております。


 私もあなた方、コペンハヴン国の民など


 この手で八つ裂きにしてしまいたいほど憎いことに


 今も変わりありませんわ」



騎士団の非友好的な視線をはるかに凌駕する勢いで


辛辣な言葉が次々とメノウの口から飛び出した。


一瞬唖然としてしまったが、我に買えり


あわてて両者の間に入って止めようとしたが


メノウの顔を見てはっとした。


彼女の目は薄赤く輝いていた。


声に力が宿っている証拠だ。



「だけど、気持ちは同じだと思っております。


 何かを守りたいという、強い気持ちは」



凛とした声に、その言葉に、騎士団の面々は


一様にはっとした表情を見せた。


それはフレヤも同じことだった。



「この女王陛下は非常に甘くていらっしゃるから


 綺麗ごとばかりおっしゃっているようですが


 私は違います。


 私がたとあなた方が完全に相容れることは


 決してないでしょう。


 だけど、似ている。


 何も大切なものを失いたくないと、


 大切なものを、かけがえのないものを


 守り抜きたいという気持ちは、同じです」



決して大きな声ではなかった。


だけど乾いた大地に水がしみいるように


静かに、だが確実にメノウの言葉は騎士たちに届いている。



「私たちは、互いの利益のためだけに協力し合うだけの関係。


 ならば、私は、私の大切なものを守るために


 あなたがたを利用するまでです。


 だから、あなたがたも、私を大切なものを守るための


 道具として利用してください。


 ……私も、その間は憎しみのことは一度忘れます」



騎士たちは、どこか唖然としていた。


ヘレナとそっくりの顔から出る、


強烈な言葉の数々に驚いたのかもしれない。


メノウが今できる精いっぱいの譲渡だった。


そして、まぎれもなくメノウのむきだしの本心を


騎士たちにさらすものだった。


フレヤははっとして騎士たちを見つめた。


彼らの瞳にはともしびのような赤い光が


しっかりと宿っていた。


メノウの声の力が宿っている。


フレヤは唇をかみしめた。


メノウの背中がどこかまぶしくさえ思えた。


メノウ自身もよくわかっているだろうが、


彼女には人を従わせる圧倒的なカリスマ性がある。



「貴女も」



突然メノウがぐるんとこちらを振り返った。


その目は声の力によって、キラキラと赤く輝いている。


緑と赤のまぶしいコントラストはまるで宝石のようで


フレヤは一瞬その強い光に見とれた。



「なんですかそのひょろい歌は」



王家の誇る人魚の歌を真正面から貶したメノウに


一同は唖然とした。


フレヤも一瞬何を言われているのかわからなくて


ぽかんとしてしまった。



「その程度の歌では、私の声の足元にも及びません」



ふんっと鼻息荒く言う姿は、威風堂々としていて


これではどちらが王族なのかわからない。


いや、メノウも一応王族の血を引いているのだった。



「貴女の気持ちは、その程度なのですか」



嘲りを含んだ言葉に、わずかに頭に血がのぼる。



「……違う」


「ならば、何を迷っているのですか?


 私に血を這いずり回る苦しみを与えるのではなかったのですか?


 私ごときに力ですら負けるだなんて


 悔しいとは思わないのですか?」



明らかに挑発だった。


メノウはフレヤをわざと怒らせようとしている。


歌により強い力を籠めるには


より強い感情が必要なのだとメノウも知っている。


フレヤは力なく唇を緩ませた。


なんて、情けない。


フレヤは目を閉じ、すぐに開いた。


その目には凍えるほど強い光が宿っている。



「騎士団よ。


 女王として命じる」



空気がびりりと震えるほどの圧倒的な存在感。


騎士団の者たちは、気づけばその場で膝をついていた。



「我が国のために、いいえ、私のために、


 血を流し、命を捧げなさい」



傲岸不遜な言葉。


ぞっとするほど甘美なまでの響きを帯びている命令は


騎士たちの血肉に毒の様にしみ込んだ。


まるで人魚の誘惑の歌の様に。


かつてのイルグ王を彷彿とさせる立ち振る舞いに


騎士たちはいっせいに頭を垂れた。


だがハイヴは気づいていた。


私のために、などと言っているが、


全ての責任は自分自身が負う、ということだ。


彼女は、恐れていた。


女王という見えぬ鎖に縛られることに。


だけど、今フレヤは自ら進んで鎖に囚われることを望んだ。


彼女は、真の意味で女王となったのだ。


歴戦の騎士であるハイヴでも


気おされるほどの覇気をフレヤは身にまとっている。


フレヤは唐突に歌いだした。


それは先ほどまでの美しい旋律ではなかった。


荒々しく、凍えそうなほどに熱い、


人魚の女王による戦いの歌だった。

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