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マーメイドウィッチ  作者: いろはうた
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軍議

「メノウたちは……和解とまではいかないが、


 呪術師のトンガの孫だからな。


 それほど険悪な雰囲気ではない。


 少しずつだが一族になじんでいる」



気持ちが通じ合った後、


チノは静かに二手に分かれてからのことを話してくれた。


チノの表情も柔らかく、


危惧していたほど事態は深刻になっていないようだ。



「明日、一族を連れてくる」



静かに告げられた言葉に、


フレヤは深く頷き返した。


つまり、アルハフ族は、コペンハヴン国に手を貸し、


ステファンたちを迎え撃つことに同意したということだ。


どれだけ重い意味を持つことか痛いほどに理解している。


チノの顔は先ほどとは打って変わって、


厳格なものに代わっていた。


今まで虐げられてきた者に、救いの手を差し伸べる。


それは、たくさんのことを切り捨て耐えなければ


できないことだ。



「全国民を代表し、礼を言わせてもらうわ。


 本当に、ありがとう」



アルハフ族の痛みを想い、目を伏せながら告げる。


しかし、アルハフ族だけではない。


この国の民だって、今まで虐げてきた者に


救いの手を差し伸べてもらうなどと屈辱でしかない


と考える者が少なからずいる。


特に、騎士団の中では、異民族の手など借りずとも


自分の国は自分たちで守れると考える者が少なくない。


明日は、騎士団と大臣たちを招集し、軍議を開くつもりだ。


そこに、アルハフ族も招くつもりだが、


いさかいが起こるのは目に見えている。


フレヤはひそやかに息を吐いた。


道はまだ険しい。


まだ気を抜くわけにはいかない。

















フレヤは、氷河よりも冷たいまなざしで軍議の間を睥睨した。


自分の視線に人を委縮させる力があると気づいてからは


意図的に自分の視線から感情を消すように心がけている。


そうすることで、ただの小娘だとなめられぬようにするためだ。


自分の考え方がどこか打算的で冷徹になっているのを感じながら


フレヤはゆっくりとその場に座っている人物に視線を向けた。


右大臣のエンヤ、左大臣のダルク、王国騎士団団長のハイヴ、


副団長のミネルバ、第一部隊隊長カインなど、


その他騎士団の各部隊長が顔を揃えている。


隣国との戦争に備えての軍議だから


当然と言えば当然の顔ぶれだ。


初めて入る軍議の間は重々しい空気に満ちていた。


長いテーブルの一番中央の席に着くと、


全員の視線がフレヤに集中した。


正確にはその背後に全員が視線を向けていた。


影の様にフレヤに寄り添うアルハフ族の長、チノにだ。



「陛下、恐れながら申し上げます」



フレヤの氷の視線を真正面から受け止めた右大臣、エンヤは


何事もなかったかのように言葉をつづけた。


一番に話し出したのはさすが大臣というところか。


もうフレヤは、陛下と呼ばれることに抵抗を示さなくなった。


今の民には王という民衆をまとめ上げる役割が必要だ。


自分が女王と一時的に呼ばれることで


民に安心感を与えられるのなら、と自分の心は殺した。


なにより、この身分は、


私利私欲のためにしか動かない大臣たちの上に立つことができる。


この戦争は大臣たちのせいで不利な立場に陥り


民を危険にさらすわけにはいかないからだ。



「何かしら」


「隣国との戦争にいたしましては、


 ヘレナ様のお言葉もあり理解いたしました」



やたらと丁寧な言い方と内容が鼻につく。


フレヤは表情を動かさないように努めたが、


その嫌な言い方に顔をしかめそうになった。


まるでフレヤの言葉は信じられなかったが、


ヘレナの言葉があったから信じてやった、とでも


言いたげな言い回しだ。


昨日はあれほどフレヤの言葉を信じなかったというのに


手のひらを返したような態度だ。


それは、戦後働きに応じての大きな恩賞を得られると


見越した利己的な動機からのものだと分からないほど


フレヤも馬鹿ではない。


油断なくエンヤを見つめ、その言葉を待つ。



「しかしながら、誇り高き祖国を守るのは


 我が国の民のみでは足らぬとの考えでいらっしゃいますか」



遠回しにアルハフ賊からの援軍のことを言っているのだと


フレヤは瞬時に理解した。


これはある程度予想通りの言葉だ。


実際、騎士団の部隊長の一部は言葉には出さないものの


エンヤの言葉に同意する者がいると顔を見ればわかる。


どれだけ性根の曲がっている人間であろうと


エンヤは右大臣だ。


この国の要たる人間達のうちの一人だ。


その言動の影響力は大きい。


エンヤはお互いの利益のためだけに


手を結ぶことになったとしても、味方にして損はない人間だ。



「なるほど。


 昨日、私が言ったことを信じてくれたようで何よりだわ」


「陛下のお言葉を信じぬ者がどこにおりましょうか」



よく言う。


フレヤは眉を一瞬ひそめたが、瞬時に無表情に戻った。



「では、相手がダークエルフの末裔だといたのは


 覚えているかしら」


「はい。


 にわかには信じがたいお話ですが」


「私も彼らと同じ人間以外の血を引く者。


 では聞くけれど、私の歌に抗えるものはここにいるかしら」



軍議の間が水を打ったかのように静まり返った。


コペンハヴン国の民ならば誰もが知っている王族の特別な力、歌。


この国の象徴であり、宝であり、畏怖と尊敬の対象でもある。


ありとあらゆる人間に絶対的支配力を及ぼす特異な力。


それにかなう者など、この国の民にはいないのは周知の事実だった。



「しかし……異民族を我らが騎士団と同等に扱うということには


 承服しかねますな」



左大臣のダルクが脂ぎった顔をハンカチで拭きながら言った。


不敬とも取れるその態度に、


カインが顔をしかめたのが見えた。


しかし、ここで怒りを見せなどしたら


何もかもが上手くいかなることはよくわかっている。



「異民族を拒むこの悪習を私の代で断ち切りたいの」


「先代の王を侮辱なさりますか」


「いいえ。


 ただ、この国を守り、良いものにしたいだけよ」



怒るでも悲しむでもなく、ただ淡々と言うと


ダルクは黙ってしまった。


フレヤの視線に恐れを抱いたのか


ただ単に言葉が見つからないのかはわからない。


フレヤはダルクから視線を外し、広間全体を見渡した。



「アルハフ族は、ルー・ガ・ルー、人狼の末裔よ。


 その身体能力は、人間よりもはるかに高い。


 その彼らが、今までのことは一度脇に置いて、


 私たちに協力すると言ってくれている。


 その彼らの厚意を蹴るというのなら、


 それこそ私たちは獣にも劣る存在になるわ」



フレヤの歯に衣着せぬ物言いに、


一同はわずかにざわついた。


それもそうだろう。


数か月前まで大人しく王女としての務めを果たすだけだった小娘が


今ではこれほど偉そうなことをずけずけと言ってのけるのだ。



「アルハフ族を我が騎士団の戦力の一部として加えること、


 承知いたしました」



これまで目を細めて成り行きを見守るだけだったハイヴが


初めて言葉を発した。


しかも、アルハフ族の加入を認める発言だった。



「ハイヴ殿!!」


「我ら騎士団が束になってかかっても、


 フレヤ陛下お一人にすらかなわないのは事実。


 魔法のような特殊な力の前では


 いかなる剣士も赤子よりも無力。


 ならば、我らよりも強い力を守るために求めるのは


 なにもおかしいことではない。


 フレヤ陛下のご意見は、道理にかなっていると考えますが。


 それとも、隣国に対抗しうる、


 より有力な戦略でもお持ちでいらっしゃいますかな」


「我が国の剣であり盾である騎士団を


 自ら辱めるとは……!!」



ダルクの顔が熟れたトマトの様に赤黒く染まった。


おそらく、今のハイヴの言葉でアルハフ族の援助に


反対する者がほとんどいなくなったと感じたのだろう。


ダルクは向けるだけで人を殺せてしまいそうな視線を


ハイヴに向けている。


しかし、ハイヴはそれを歯牙にもかけないで


その場から立ち上がると承服の証として


フレヤに向かって一礼すらして見せた。



「では、今一度言うわ。


 アルハフ族が我が国に援助の申し出をしてくれている。


 これを受けるべきでないと思う者はここにいるかしら」



騎士団の頭が承認したのを見たため、


他の騎士団の部隊長も反論の言葉を唱えることはない。


部隊長の中には、いまだに不服そうに


チノの顔を睨みつけている者もいるが


今はとりあえずは良しとしておくことにした。


静まり返る軍議の間。


ちらりと大臣たちのほうを見たが、


悔しさと怒りの入り混じった表情で机を見つめている。


おそらく、今まで自分たちが好き勝手にできた領分に


アルハフ族のような異分子が入ることで、


平穏が乱されるのを良しとしていないのだろう。


しかし、その口は震えるだけで、開かれることはない。


この状況で異を唱える者は誰もいなかった。

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