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マーメイドウィッチ  作者: いろはうた
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女王

フレヤは、城のバルコニーに立っていた。


そこからだと、王宮広場を一望できる。


ここは、もともと歴代の王が


民に話をするときに使っていた場所だ。


広場はドームの形をした屋根がついていて、


声が反響するようになっている。


場所を詰めることができれば、


なんとか全国民を入れることができるほど広い。


既に、ほとんどの国民が王宮広場に入り、


不安げに話し合ったり、


バルコニーに立っているフレヤを見て驚いた様子を見せていた。


何故、王宮に呼び出されたのか。


しかも、全国民の一斉召集だなんて聞いたこともない。


あれは、フレヤ王女殿下じゃないか。


お亡くなりになったとお聞きしていたが。


いや、先代のイルグ王を暗殺したのは


フレヤ王女殿下と言う話じゃなかったか。


ステファン様が我らをお守りしてくださるのではなかったのか。


メノウ様のお姿を見ないな。


様々な声が飛び交うのを聞きながら、フレヤの目は、


悠々と王宮に広場に入ってきた大臣たちをとらえていた。


仰々しいほどに、深々とフレヤに向かってお辞儀をして見せる姿に


かすかに嫌悪感を抱いてしまう。


でっぷりと突き出た腹を抱えて、


大臣は立っているメイド達に


椅子を用意するように言いつけているようだ。



「椅子を用意する必要はないわ。


 私は、ここではすべての民を平等に扱うつもりだから」



フレヤの突然の発言に、あたりはさっと静まり返った。


民の視線が一斉に大臣たちに突き刺さった。


痛いくらいの静寂の中、左大臣がゆっくりと口を開いた。



「お帰りなさいませ、フレヤ王女殿下。


 我ら一同、王女殿下のお帰りを心よりお待ちしておりました」



朗々とした声が広場に響き渡る。


思わず眉間にしわが寄ってしまいそうなのをぐっとこらえた。


よく言う。


微塵もそんなことを思っていないくせに。


ぐっとこぶしを握り締めて、嫌な感情をやり過ごす。



「そう、ありがとう。


 今日、みなにここに集まってもらったのは、


 話さなければならないことがあるから。


 どうか、それを聞いてほしい」



ざわり、と広場の空気が揺れた。


民は、困惑しているようだった。


フレヤは、メノウとの取引の話から始めて


ステファンの裏切り、ヘレナの奪還、


ステファンがダークエルフの眷属であることまで話した。


なるべく私情をはさまず淡々と話したつもりだったが


他の者にはどう聞こえたかはわからない。


国民の戸惑いはさらに色濃くなっているのがわかった。


王女だったフレヤを信じるべきなのか


王殺しのフレヤを信じるべきなのか。



「失礼ながら、フレヤ王女殿下」



今度は右大臣が重々しく口を開いた。


どこか芝居がかかった仕草で、一礼する右大臣を


フレヤは警戒心を高めながら見つめた。



「フレヤ様のご境遇には、涙を禁じえませぬ。


 よくお戻りになられました。


 しかし、ステファン王が、フレヤ様を裏切り


 しかも、ダークエルフであるというのは


 どうも、私めにはどうも信じがたい。


 なにか確固たる証拠でもあればよいのですが……」



やせぎすな顔は不安そうな表情を浮かべているが、


この距離からでも、目の奥の嫌な光は感じられた。


彼らには、フレヤの存在が邪魔だ。


フレヤさえいなければ、この国を牛耳れるのは彼らだからだ。


しかし、ここはひけない。



「証拠は、メノウがあなたたちの前から姿を消したこと。


 革命軍の長たるものが、


 大体的な政策も打ち出さないまま失踪だなんて


 そうそうあることじゃないわ。


 ステファン様は、いらなくなった駒は


 すぐに捨てる方なのよ」



民はうろたえたように顔を見合わせている。


それはそうだろう。


隣国オスロ国の繁栄は、コペンハヴン国でもよく知られている。


そのオスロ国を治める賢王ステファン王を


貶めるようなことを堂々と言うフレヤに


違和感しか覚えないのだろう。


それだけ、ステファンの悪い噂は聞いたことがないのだ。



「なるほど。


 フレヤ様を裏切るような非道な行いを


 ステファン王がされたのはわかりました。


 では、ダークエルフの眷属であるというのは?


 そのような伝説上の生き物の末裔であると


 人間の敵であると聞かされましても


 我々にはどうもわかりかねます」



フレヤは言葉に詰まった。


証拠はない。


フレヤ自身だって、ヘレナを攫った日に見た


ダークエルフを間近で見なければ信じられなかった。


その様子を見て好機と思ったのか


左大臣も畳みかけた。



「我々には、王位を欲したフレヤ王女殿下が


 いたずらにステファン王のことを悪く吹き込み


 民を強制的に兵として利用し


 豊かな隣国であるオスロ国を


 侵略なさろうとしているようにしか思えませぬ」



怒りで視界が一瞬赤く染まった。


どの口がそれを言うのか。


何度も死にかけてそれでもなんとか帰ってきた者に


言うのが、そのような下らぬ疑いなのか。


しかし、絶対的な権力を持つ大臣たちの言葉に


民は感化され始めたようだ。


徐々に疑いのまなざしと声が大きくなっていく。



「証拠は何も見せられない。


 だから、私のことを、信じてほしい」



フレヤは深く民に向かって頭を下げた。


民にどよめきが起こる。


今まで、民に頭を下げるような王族などいなかったからだ。


王族というのは、民にとっては


姿すらめったに見ることのない人間で


手の届かないような存在なのだ。


今、その貴き存在が、民に向かって深々と頭を下げている。


信じてくれ、と懇願している。



「――――――私は、信じたい」



小さな声が上がった。


フレヤははっとして顔を上げた。


聞き覚えのある声だった。


これは。



「おれも、王女殿下のことを信じたい」



フレヤが訪れてきた貧しい地方の民の声だった。


群衆の中でその姿を見つける。


相変わらず、痛々しいほどに痩せていて


ぼろぼろの服をまとっている。


それでも、彼らは凛としてそこに立っていた。



「王女殿下は、何度も私らの村に来て


 子供らに字を教えてくれた」


「薬も買う余裕がない病気のおふくろに


 花と薬を持ってきてくださった」



目を見開く。


気づいて、くれていたのだ。


実った。


目の端が熱くなる。


かなわぬ思いだと、そう諦めかけていた心に


炎をともすには十分すぎるほどの声だった。


民はざわめいている。


誰を、どの言葉を信じればいいのか


決めあぐねている。



「しかし、ダークエルフというのは


 いささか信じがたい!!」


「なら、私が証人となりましょう」



顔を真っ赤にして叫んだ左大臣が驚愕に目を見開く。


フレヤも、ここで聞くはずのない声に


驚いて振り返った。



「へ、ヘレナ……!?」



ここにいるはずのない妹、ヘレナが背筋をピンと伸ばし


堂々と立っていた。


隣国の王妃となったはずのヘレナの登場に


フレヤだけでなく、民も驚いたようで


どよめきが広がっている。


ヘレナはちらりとこちらを見やると


そのまま何事もなかったかのように前に進み出た。


風になびく金髪に、海のごとき青い瞳。


まぎれもなく彼女がコペンハヴン国の王族に


連なる者なのだと、一目でわかる美しい容姿だ。



「私は、ステファン王に幽閉されておりました」



先ほど、フレヤが語ったことをヘレナはなぞるようにして言った。


まぎれもなく本人の口から出た言葉の重みは


他人から伝えられたのとは違う。



「お姉さまが先ほどおっしゃったことは全て真実です。


 私は、実質人質のような存在でした。


 囚われの身となっていたところを


 お姉さまに救っていただきました


 ステファン様は、冷酷で狡猾な人柄です。


 ありとあらゆる手段を使って、この国に進軍してくるでしょう。


 そして彼は、ダークエルフの末裔です。


 人間など、家畜程度の存在としか


 認識していません」



あたりが水を打ったように静まり返った。


ヘレナの言葉が確実に民に浸透していくのがわかる。


恐ろしいほどの沈黙の中、フレヤはただただ驚いていた。


妹は、ヘレナは、こんな娘だっただろうか。


こんなにも、堂々とした王者としての風格と


圧倒的な迫力を兼ね備えた娘だっただろうか。


妹は守るべき存在だと心のどこかで考えていた自分を恥じる。


彼女はこんなにも強いというのに


馬鹿なことを考えていたものだ。



「私も、祖国を守りたい。


 どうか、力を貸してください」



ヘレナも深々と頭を下げた。


元王女が二人そろって頭を下げるという


天地がひっくり返っても見られないような光景を


目の当たりにした民はただ驚いていた。


やがて、彼らは、困ったような、だけど


どこか強い意志を秘めた瞳で二人の少女を見上げた。



「フレヤ女王陛下、万歳!!」


「万歳!!」


「新たな女王に海の神のご加護があらんことを!!」


「女王陛下に幸あれ!!」



小さな声は徐々に大きな声となり、


割れんばかりの歓声となった。


しかし、フレヤは顔をこわばらせた。


こちらの言葉を信じてくれたようなのは嬉しいが


女王になるつもりなどさらさらない。


しかし、縋るような民のまなざしを目の当たりにしてしまった。


自分と言う存在が、苦しい生活と


隣国の脅威にさらされる彼らの最後の希望なのだと思い知る。


女王になるつもりはないと言わなければいけないのに


言葉が出てこない。


呆然としているフレヤの手を優しくとった人がいた。



「いつまでも、お支え致します」



敬虔な態度で膝を折って頭を垂れているのはカインだ。


グレーの目を柔らかく細めてほほ笑む彼は


まぶしそうにこちらを見つめている。


違う。


こんなはずではない。


こんな立場が欲しかったのではない。


ただ、この国と民を守りたかっただけで。



「不安でいらっしゃいますか。


 また王族という見えぬ鎖に縛られるのを


 厭っていらっしゃるように見受けられる。


 また頂点にがんじがらめに縛りあげられた挙句


 突然突き落とされるのではないかと怯えていらっしゃるのか」



フレヤにしか聞こえないように低く小さい声でつぶやく


カインの言葉に心の奥底を暴かれてびくりと震えた。


とっさに手を振り払おうとしたら、


やんわりと力を込められて指先が大きな手に包みなおされる。


剣だこでごつごつした手だ。


ずっとこの国を、フレヤを守ってきた手だ。



「恐れることなど何もないのです。


 あなたを苛む闇は私がすべて斬り払ってみせましょう。


 もう、何物にも貴女様を傷つけさせない。


 ……奪わせない」



指先に落とされた唇は柔らかかった。


慣れない他人の体温に違和感を覚えて


フレヤは顔をゆがめる。


こんなはずではなかったのに。


どこで間違えてしまったのだろう。

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