城
王宮の門まであっけないほど簡単にたどり着いてしまった。
あっけない、と感じてしまうのは
自分の神経が必要以上に張り詰めているからだ。
深く息を吸って気持ちを落ち着けようとする。
町の中を通ってきたため、国の様子は一部とはいえ見て取れた。
王や統治者のいない今、民は困惑していた。
幸いカインの所属する騎士団が
秩序を保ってくれているようだったが、
それも長くもつかはわからない。
彼らは、いまだにステファンの正体を知らない。
彼が、ヘレナの良き夫であり、この国の革命を成功させた者だと
信じて疑っていない。
その固定観念を突き崩すのは簡単なことではなかった。
王都でこの状態ならば、貧しい地方では
より劣悪な状態となっているに違いない。
「止まれ!!」
王宮の門で、門番が声を上げた。
第一関門だ。
フレヤはゆっくりとフードを取り払った。
矢理を向けて牽制しようとした不審人物の容姿を見て
門番の目が驚愕に見開かれる。
「ふ、フレヤ王女殿下……!?」
死んだはずの王殺しの第一王女を目にして、
驚きを隠しきれないようだ。
フレヤはあごをぐっとひいた。
毅然として見えるように振舞わなければならない。
「通してほしいの。
私は、この国を救いに来た」
門番の顔は困惑の色に染まっていた。
どうすればいいのかわからず、
うろたえている。
「姫は、嵌められたのだ。
ご乱心などなさっていない。
先王は別の者の手によって殺された」
それまでは後ろに控えていたカインが
スッと前に進み出てきた。
「カイン隊長……!」
門番はカインの部下だったようで
さらに目を見開いた。
絶対的に信頼を寄せる上司の言葉は
大きいようだ。
門番は迷いながらも門をゆっくりと開いていった。
「……お二人のことを、信じております」
フレヤははっとした。
もし、フレヤが王宮に入り
王宮の者に危害を加えるようなこととなったら
彼が責任を負うのだ。
それだけ重い決断と信頼を置いてくれたのだとわかった。
「ありがとう」
フレヤは、しばらくぶりに見る王宮に一歩足を踏み入れた。
おそらく革命のときにできた城内の破損が
まだ痛々しく残っている。
「――――――フレヤ様」
背後からの声に、フレヤはゆっくりと振り返った。
立っていたのは、騎士団の団長、ハイヴだった。
たしかもすぐ60になるはずだったが、
そんなものを感じさせないほど彼の立ち振る舞いは堂々としている。
きっちりとなでつけられた銀髪の端が
風に揺れているのが見えた。
己の上司であるハイヴとの対面に、
カインはさっと姿勢を正して騎士としての礼をとった。
しかし、さりげなく彼はフレヤの前にたった。
まるでハイヴからかばうかのように。
はっとする。
自然体で立っているように見えるが
ハイヴの手は腰の剣にさりげなく添えられていた。
いつでも抜刀できる姿勢だ。
「久方ぶりにございます」
「ええ。
久しぶりね、ハイヴ」
ハイヴは、父の代からずっとこの王国を
支えてくれた家臣の一人だ。
もしフレヤのことを国にあだ名すものだと判断したなら
ハイヴは容赦なく斬り捨ててくれるだろう。
「どちらに行かれるおつもりなのか
このおいぼれに教えてくださいますかな」
「王宮に用があるのよ。
……私は、これからこの国の全国民に招集をかけ
そこですべてを話すつもりよ。
ハイヴ、手伝ってもらってもいいかしら」
ハイヴの眼光は鋭かった。
びりびりと空気が震えているような錯覚。
殺気なのだと気づくのに、数秒かかった。
「全てとは?」
「私は、この国を救い守るために戻ってきたの。
……細かいことは皆の前ですべて話すつもり。
急がなければならない。
隣国が、半月もすれば攻め込んでくる」
「そのお言葉、どう信用せよと」
「私の命を懸けられたらいいのだけどそうはいかない。
私は、まだ死ぬわけにはいかないの」
フレヤはすっと息を吸い込んだ。
いつでも歌える姿勢だ。
必要とあらば、歌う。
この距離だと一気に近づかれることはない。
静かにハイヴの様子をうかがっていると
彼はふっと息を吐いた。
「失礼いたしました、王女殿下」
呼び名が変わった。
それは、フレヤを王族として認めたということになる。
「あなたさまがお変わりないか少し意地悪をしました。
あなたさまは、少し、強くなられたようだ」
予想外の言葉に目を見開く。
武術の訓練などしていない。
何度か野宿を重ねれば、誰でも強くなれるということだろうか。
フレヤの考えていることが分かったらしく、
ハイヴは苦笑した。
「そういう、強さではなく、
精神的にお強くなられたということですよ」
「……強くならねば、耐えられないことがたくさんあったのよ」
声が自然と低くなった。
ハイヴに敵意がないと判断したのか
カインがすっとフレヤの前から身をひいた。
「我が騎士団に、王女殿下からの招集を公布いたしましょう。
今宵には、集めきってみせましょう」
「ええ、お願い」
ハイヴは騎士の一礼すると足早にその場を立ち去った。
その唇には笑みが浮かんでいた。
亡くなったと思っていた王女が生きていた。
生きているどころか、わざわざ危険を冒してまで
コペンハヴン国に舞い戻ってきた。
隣国に亡命するなどいくらでも生き延びる方法はあるのに
それでも、彼女はコペンハヴンに戻ってきた。
四十年以上武人を続けているハイヴの殺気に気おされることなく
むしろ、その強い意志を秘めたまなざしは
ハイヴを驚かせた。
フレヤは、美しくなっていた。
ドレスや宝石で着飾っていた王女としての時よりも
土埃で薄汚れた今のほうがぞっとするほど魅力的だった。
彼女はまぎれもなく、
上に立つものとしての素質と覇気を備えている。
その堂々とした気迫は女王のそれだった。
(……強くなられた)
ハイヴの足は、騎士団の館へと向かっていた。
「お帰りなさいませ、姫様」
城に入ると、フレヤ付きだったメイドたちが
一斉に一礼をした。
革命の日以来、彼女たちの安否がわからなかったので
ほっと胸をなでおろした。
「無事、だったのね」
「はい。
我ら一同、姫様のお帰りをお待ちしておりました」
「よして。
私は、姫ではないわ」
「いいえ、我らが主はフレヤ王女殿下、
ただお一人にございます。
姫様の無実を信じて待っておりました。
必ず、生きておられると」
メイド頭の声は震えていた。
主を突然なくしてどれほど不安だっただろう。
フレヤは、前に進み出ると、メイド頭の手を取った。
彼女は肩を震わせて、泣くのを必死にこらえていた。
「ありがとう。
そう言ってもらえてとても嬉しい。
だから、どうかもう泣かないで」
「フレヤ様は、今夜全国民に招集をかける。
みなも、その準備をするように」
カインの言葉に、メイド達ははっとした表情を見せた。
「女王としての表明をなさるのですか……?」
期待と不安に満ちた瞳を向けられる。
フレヤは静かに首を振った。
瞬時にメイドたちのまなざしが落胆の色に染まる。
「何ゆえにございますか。
姫様ほど女王にふさわしい方はございません」
「私は、女王になりに来たのではないわ。
この国を、救いに来たの。
今まであったことを話すために、
これからのことを話すために、
全国民に招集をかけたの」
「全て話されるおつもりでいらっしゃいますか」
「ええ。
国民の王宮広場への誘導を手伝ってもらえるかしら」
「……かしこまりました」
低く低く頭を垂れる彼女たちは何を思うのだろう。
よく今まで頑張ってくれたとねぎらいたいが
時間があまりにもなかった。
フレヤは頼んだわ、と口早に呟くと、その場を去った。
メイドたちがさっと散っていくのを横目に見ながら
城の廊下を進む。
彼女たちは優秀なメイド達だ。
きっとうまくやってくれるだろう。
「……大臣たちは城にいないようね」
「そのようですね」
背後からついてくるカインが
あたりに視線をやりながら答える。
フレヤは唇をかんだ。
父の代からの疫病神のような存在。
己の私腹を肥やすことしか考えず、
娯楽にふける父王をいさめることもせずに
やりたい放題やっていた張本人たちだ。
フレヤは王女、という微妙な立場であったため
彼らより位は上でも、表立って口出しはできなかった。
今でも苦い記憶として脳裏に刻まれている。
しかし、彼らがここにいないとなると、
国民の一斉召集の時に顔を初めて合わせることとなる。
フレヤは眉を寄せた。
いやな予感しかしない。
厄介なことになりそうだ。




