舞踏会
*リンゴーンと荘厳な鐘の音が響き渡る中、
うららかな午後の光に照らされながら、結婚式は執り行われた。
花嫁はまぶしいくらいに美しかった。
青みがかかった美しい金髪を花嫁のヴェールに包んで、
それはもう、息をのむほどに妹は美しかった。
そこに立っているのは本来自分だったはずなのに、
言葉を失ってしまうほどに彼女は美しかった。
その隣に立つステファンも、絵画のごとく美しく、
フレヤはひどく惨めな思いでその場に立ち続けなければならなかった。
なすすべもなく、神の前で永遠の愛を誓う二人を
見続けなければならなかった。
もはや、涙すら出なかった。
悲しむという感情を、どこかに落としてきてしまったに違いない。
壮大な結婚式が行われた後は、夜に舞踏会が行われる。
おそろしく重い体を引きずるようにして、
フレヤは舞踏会に出なければ、ならなかった。
無言で壁の花となっていると、気を利かせた優し気な青年達が
次々とダンスに誘ってくれたが、フレヤはそれをすべて丁重に断った。
踊るだなんてとてもじゃないがそんな気分になれない。
そうすると、ひそひそと貴婦人たちが話し出す。
おそらく自分のことを話しているのだろう、とフレヤは他人事のように思った。
もはや、すべてがどうでもよくなってきたとき、突然曲調が変わった。
優雅なワルツが流れ出す。
さっと人波がわきによって行ったかと思うと、
二人の人物が中央へと現れた。
ヘレナとステファンだ。
唇がわななき震えるのを止められない。
二人は優雅に一礼して、ゆったりと踊り始めた。
初めての舞踏会でステファンと踊ったことがいやでも思い出されて
フレヤは動けなくなる。
あの時、たしかに恋に落ちた。
どうしようもないほど彼は素敵だったのだ。
だというのに今はどうだろう。
彼は妹のものとなり、あの時と思い出は甘くて儚い幻へと変わってしまった。
二人が躍る。
優雅に回る。
誰よりも美しい、誰よりも魅力的な二人。
己が敗者なのだといやでも現実を突きつけられる。
ふらりと上半身が揺らいだとき、思いっきり右手首をつかまれ、
カーテンの裏に引きずり込まれた。
そこには黒衣のチノがいて思わず驚きの声をあげてしまいそうになる。
「チ……」
「見なくていい……!!」
激しい何かを秘めた声で囁かれる。
フレヤは戸惑いを隠せずにチノの緑の瞳を見つめ返した。
「お前はもう十分耐えただろう。
なぜ、いまだに耐え続けようとする」
カーテンの外では優雅なワルツと感嘆の声が絶えず聞こえてくる。
きっとため息が出るほど美しい二人のワルツが披露されているのだろう。
「離して、チノ。
私は姉として見届ける義務があるわ」
「おれはおまえの護衛を言いつかった身だ。
お前の身も心も、どちらもおれが守らねばならない」
言葉とは裏腹に、握る手は徐々に力が緩められる。
やがて、ぽつりと言葉が漏れた。
「おまえを、守らせてくれないか。
せめて、この一曲が終わる間まで」
かすれたささやきだった。
元の場所に戻らなけらばならない。
わかっている。
わかっているはずなのに、フレヤは戻れなくなった。
幸せな二人を見なくて済む甘い誘いに惹かれてしまった。
結局、フレヤはその場から一歩も動くことはできなくなってしまっていたのだった。
何故かはわからないが、不思議とチノの濡れたように光る唇だとか、
男らしいのどぼとけだとかそういうところに目が行ってしまう。
自分がたまらなくはしたない女になってしまったように思えて
フレヤは顔を赤くした。
違う。
これは、舞踏会の空気にあてられてしまっただけで
ただの気の迷いだ。
別に何もおかしくなどなっていない。
一際音楽が優雅に響き渡る。
ワルツが終わりに近づいているのだ。
チノがこちらを見ている。
不思議なほど深い緑の瞳はフレヤのことしか映していない。
なんだろうこの胸に生まれた気持ちは。
動機がやけに早い。
先ほど飲んだ飲み物はお酒だっただろうか。
「……ヤ」
音楽が響き渡っていて、チノの声がよく聞こえない。
顔をチノのほうに近づける。
ふわりと何かが香った。
チノの匂いだと気付いた瞬間、かっと顔が熱くなった。
「――――――フレヤ」
こんなところで名前など呼ばれでもしたら、
平静さを保っていられなくなる。
言葉がでない。
初めて名前を呼ばれた。
ただそれだけのことなのに、どうしてこんなにも自分は混乱しているのだろう。
美しい余韻を残して音楽が消えた。
はっとフレヤは我に返った。
ふりほどくようにしてチノの手から自分の手を取り戻す。
思っていたよりもするりと手は抜けた。
何故かチノを直視することができない。
フレヤは、できるだけ急いでその場を後にした。
広間の中央では、
ステファンとヘレナが躍り終わってお辞儀をしているところだった。
それを視界の端に入れながらも、フレヤは早足で部屋の隅を横切っていく。
バルコニーへの窓が開いているのが見えた。
フレヤは何も考えず、肌寒い風の吹く、
バルコニーへと向かっていった。




