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マーメイドウィッチ  作者: いろはうた
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ダークエルフ

振り返れば、ヘレナとカルトはそれぞれ鴉天狗の者に


抱きかかえて運んでもらっており、


ものすごく嫌そうな顔でヤワラがメノウの体を抱え上げているところだった。



「……逃すな」



地を這うように低い声でステファンが命じると、


黒装束の者たちが一斉にヤワラに飛びかかった。


その動きは人間のものとは思えないほど速かった。


一瞬でヤワラとの距離を詰めてしまうほどに。



「くっ……!!」



ヤワラが顔をゆがめて、腰の剣を抜き、応戦した。


しかし、多勢に無勢。


しかも片腕にメノウを抱えている状態だ。


すぐにバルコニーの淵まで追い詰められてしまう。


カルトが助太刀しに行こうするのを、鴉天狗の青年が


必死に羽交い絞めにして止めていた。


フレヤは、それを見て迷いなく息を吸い込んだ。



『―――――――――ッ』



それは、音にならない叫びの歌だった。


これは、人間であれば、一瞬で意識を失ってしまうほど


強く精神に影響を及ぼしてしまう歌。


しかし、少しして、フレヤは愕然とすることになる。


黒装束の者たちが動きを止めていない。


歌が効いていない。


そして、人間であり、この歌の影響を最も強く受ける者のはずの


ステファンがゆらりと立ち上がった。


唇の端に流れる赤い血を拳でぬぐう姿すら見る者に気品を感じさせる。



「フレヤ様。


 あなたの武器である歌は私には効かない」



ビッとヤワラの剣先が黒装束の者の覆面をかすめた。


はらりと覆面が取れて、その者の姿が月光のもと露になる。


とがった耳。


青白い肌。


アイスブルーの瞳。


月光を反射する白銀の髪。


ぞっとするほど整った造作。


まさか、そんなまさか。



「ダーク、エルフ……」



言葉が勝手に唇から漏れ出た。


物語で何度か見たことがあるのだ。


闇に堕ちたエルフの一族。


その心は生まれ落ちたときから、


人間を憎み、支配することしか考えていない。


その声に反応したのか、ダークエルフがこちらを見た。


まるで温度のないまなざし。


どこかで見たことがある。


あの瞳の色。



「気づいてくれた?」



無邪気さすら感じさせる笑みを浮かべて、ステファンがこちらに近づく。


そう。


ステファンの瞳と同じ色なのだ。


この国は、ダークエルフの国だっただろうか。


いや、違う。


民は、みんな人間だった。


宿屋の主人も、食堂の女将も、みんなフレヤの幻惑の歌の力が効いた。


では、これは一体どういうことなのだろう。



「チェンジリング、という言葉をご存知だろうか」



聞きお覚えのない言葉に、眉を顰める。


その様子を見て、またステファンは笑みを深くした。



「妖精の取り換え子というものだ。


 ただ、私の先祖が、それをダークエルフにやられただけだ」



つまり、ステファンは純潔のダークエルフの子孫だというのか。


しかし、それにしては、あまりにも人間に容姿が似すぎている。



「……その髪と耳は人間のものに思えるのだけど」


「さすがに血は薄まるのでね。


 何度も人間との交わりを果たしたせいで、


 見た目は人間と大差がなくなってしまった。


 なんて……汚らわしい」



笑顔で吐き捨てられた言葉。


どす黒いものの混じるそれに、顔をゆがめる。


どうやら、ステファンは純潔を尊ぶ性格のようだった。


人間の血が多く混じる己の身を疎ましく思っているようだった。



「……ここにいろ」



突如チノがそう囁くと、龍の背の上を器用に駆けだした。


それを見計らったかのように、ヤワラが宙に向かって


メノウの体を投げる。


弧を描いて落ちるその体を、絶妙なタイミングでチノが受け止める。


両腕が自由になったヤワラは、剣で強くダークエルフたちを薙ぎ払うと


宙に飛び上がった。


すかさず、紫がかった黒い魔力の塊を投げつけられるが、


ヤワラはそれをひらりとかわし続けている。



「もうこの際、話してしまおう。


 私の目的は、私が人間どもの王として君臨すること。


 そしてより強い子孫を残し、この地位を確固たるものにすること」


「……人間たちを奴隷にするとでもいうの」


「さすがフレヤ様。


 察しがよくて助かる。


 彼らは、ただの奴隷や家畜と同じような存在にすぎない」



自分の国の民を貶めるような言い方をされ、


フレヤは顔をゆがめた。


冷静でいたいのに、心がマグマの様にふつふつと怒りを蓄えていく。



「だから、貴女が必要なんだフレヤ様。


 貴女と子を成したい。


 貴女は、ただの人魚の子孫ではない。


 闇の眷属たる人魚の魔女の末裔だ。


 貴女の人魚の魔女としての血が、


 我が子孫に強い魔力を宿すこととなるだろう」


「私を何度も殺そうとしたじゃない」


「そうだね。


 兵たちの前で王女は死んだ、と見せつける必要があった。


 それに初恋の人から殺されそうになれば、


 絶望してくれるかと。


 絶望は魂を堕とすのにふさわしい感情だから」



フレヤはきつくステファンを睨みつけた。


全て、試されていたというのか。



「私は、あなたに屈したりなんかしない。


 人を、奴隷のように扱ったりなんかしない」


「そうだね。


 貴女の魂は、闇の眷属の者なのに、純粋で清廉潔白だ。


 どこまでも私を楽しませてくれるから、


 どうすれば堕ちてくれるのか、色々試してみたよ。


 貴女の妹姫に乗り換えてみたり、父王を殺させてみたり」


「私は、乗り換えられてなんかいないわ。


 胡散臭そうな顔で、お姉さまに近づくから、


 私が身代わりとなっただけよ」



忌々しそうに吐き捨てるヘレナの顔を驚きとともに見つめる。


彼女は、ステファンの本当の姿にとっくの昔に気付いていたのだ。


フレヤはその時溺れるように恋をしていた。


少しも気づけなかったステファンの本性に、


ヘレナはひそかに気づいて姉を守るために動いていたのだ。


守ろうとしていた妹に、守られていたのは自分だったのだ。



「ふふ。


 まさか君に気付かれているとは思わなかったけど、ヘレナ様」


「……死んでしまえばいいのに」



おおよそ妹の口から出たとは思えない言葉の数々に


フレヤは人知れず打ちのめされていた。


ヘレナは少し間の抜けた愛らしい少女だと思っていた。


どうやら、思っていたよりもずっと強かな娘だったようだ。



「でも、やはり、貴女の魂は堕ちない。


 どんなに裏切られても、むしろその魂の輝きは増すばかりだ」



だから、とステファンは言葉をつづけた。


冷たいアイスブルーの瞳。


そくりと背筋に悪寒が走る。



「貴女の大切なものを、順番に壊すのを続けていくよ」



目を見開いた。


大切なもの。


日常。


父親。


地位。


全部失った。


まだ、これ以上何かを失うというのか。


まだ、これ以上奪うというのか。



「近々、我がオスロ国は、コペンハヴン国と戦争を起こす」



ぎゅうっとこぶしを強く握った。


顔色の変わったフレヤを見るのが嬉しいらしく、


ステファンは楽しそうだ。



「王や指揮官のいないコペンハヴン国に、まず勝ち目などない。


 貴女の国の民は、我が国の捕虜となり、奴隷へと身を落とすこととなる」



ぎりりと奥歯を噛みしめた。


怒りのあまり目の前が真っ赤に染まった。



「私が目的なら、私に直接手を下したらいい!!


 何故、民にまで!!」


「こうでもしないと、貴女の魂が堕ちないからだ。


 闇に堕ちた魂ほど、純粋な魔力を秘めているから」



ステファンがどこかうっとりと見つめてくる。


氷を炎で包んだようなまなざしに、背筋が震えた。


狂気に触れる一歩手前の恋情のようだった。



「貴女の魂が闇に堕ちたとき、それは美しい魔力を紡ぐだろう。


 私は貴女の魂に恋をしているのかもしれない」



睦言を紡ぐようにステファンがつぶやくと、


彼はさっと手を上げた。


途端にダークエルフの者たちは、魔力での攻撃を辞める。



「今宵は逃がして差し上げようフレヤ様。


 だけど、忘れるな。


 貴女は、私だけのものだ。


 私の妃に最もふさわしい唯一の娘。


 いずれ、また会うこととなるだろう。


 それが、貴女の最後の自由だ」



楽しむといい。


そうつぶやくとステファンはバルコニーから部屋の中へと戻っていく。


ダークエルフ達も影の様に彼についていった。


静寂が落ちる。


これも罠なのではないか。


そう思って、神経を張り巡らせてみるが、攻撃の気配はない。


本当に逃がすつもりのようだった。

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