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マーメイドウィッチ  作者: いろはうた
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王妃

空が宵闇色に染まった。


フレヤたちは、王宮から少し離れた王都の森の中にいた。


夜の森は危険で、普通の人間は近づかないからだ。


先ほど合流したばかりの龍族のロンに頼み、千里眼を使って


王宮の様子を確かめてもらう。


今は、ロンが金色の目をギッと細めて遠くを見ている所だった。



「おまえに、似てる金髪碧眼の娘だよな?


 ……見つけたぜ」


「本当!?」


「部屋に一人だ、誰もいない」


「じゃあ、今が好機、ね」



瞳を伏せる。


あのステファンのことだ。


罠、かもしれない。


いや、十中八九罠だ。


そうでなければステファンが実質人質であるヘレナを一人になどしない。


しかし、たとえ罠だと分かっていても、やるしかない。



「鴉天狗一族の者は三人。


 龍族のロンも空は飛べるが、こやつの千里眼で王宮の様子を見たいため


 待機組としてここに残ってもらう。


 ゆえに、人魚姫、汝と汝の妹を抱える者ら、


 あともう一人だけ護衛役として連れていける」


「なら、おれが……」


「っ、か、カルトに来てほしい!!」



名乗り出ようとしたチノの言葉を遮るようにして言うと、


あたりがシンと静まり返った。


目を見開くチノとカルトの姿が目に入り、はっとしたが時すでに遅し。


チノの顔が一気に険しいものに変わり背中に冷たいものが流れる。


だが、彼が近くにいると落ち着かないし、自分が自分でいられなくなる。


絶対に計画を成功させるためにも、


チノにそばにいてもらうわけにはいかない。


理性がそう言っているのに、心はチノから離れたくないと叫んでいる。


顔をゆがめてしまう。


なんて感情だ。


全然いうことを聞かないし、思い通りにもならない。


その様子を、じっとカインが見ているのにも気づけなかった。



「まぁ、その男は鼻もきくし、体術もある程度はできる。


 連れて行って損はないか」



顎に手をあててシウはそう言っているが、


フレヤとしては、視界に入ったカルトを適当によんだだけなのである。


しかし、そんなことを言っていられるような空気ではなかった。


恐ろしいまでの冷気を漂わせているチノのほうを見れない。



「まぁ、別にいいけど」



飄々と言うカルトに小さく礼を言う。


こちらの感情に巻き込まれたカルトはいい迷惑だろう。


しかし、そうでもしなければ平静になれないのだ。



「計画は、先に話した通り、今回は陽動などは使わぬ。


 既に使った手ゆえ、城の警備は最大限に引き上げられているだろう。


 だから、侵入したと悟られぬように、隠密行動に徹する」


「はっ」



シウの配下である、三人の鴉天狗の青年がさっと頭を下げた。



「ロン。


 ヤワラたちに、王妃のいる部屋の位置を教えてやれ。


 そろそろ行動を起こす。


 王妃を救い出さねばな?」



そう言うと、シウはにやりと笑った。


まるで悪役の魔王のようなほほえみだった。


言っていることと顔がちぐはぐで思わず笑みがこぼれてしまう。


とはいえ、これからの道は険しい。


もしヘレナの誘拐に成功したとしても、王妃誘拐の罪は重い。


追手はさらに増えるだろう。


もし本当にそうなったら、シウの国に身を寄せるしかない。


それ以上に安全な場所など存在しないからだ。


不思議と心は凪いでいた。


シウから鴉天狗の者たちに視線を移す。


フレヤを抱えて運んでくれるのは、ヤワラだった。


彼はフレヤと目が合うと、嫌そうに顔をしかめながらも


こちらに近寄ってきた。



「おい、娘。


 この私をこき使うなど万死に値するのだ。


 シウ様のお言葉がなければ、貴様の存在など塵になっているところだ」


「塵にはなりたくないけど、礼を言っておくわ。


 ありがとう」



いらいらと視線をさまよわせながら、ヤワラはフンと鼻をならした。


神経質なうえに、プライドも高く、思い込んだら一直線。


この扱いが難しそうな男を、シウは一体どんな手を使って手なずけたのか。


若干胡乱な目をシウに向けたとき、視界が突然揺れた。


遅れて、やや乱暴な手つきでヤワラに抱き上げられたのだと知る。


彼は非常に細身に見えたのだが、やはり異形の者らしく


身体能力は人間よりもはるかに高いようだ。


ばさりと何かが羽ばたくような音がして、はっと目を見開く。


ヤワラの背にある大きな羽がばさばさと動いていた。


フレヤの視線は、つややかに月光を反射する闇色の羽にくぎ付けだ。



「視線が煩いぞ」


「だって、綺麗なんだもの」



思わず正直な感想を漏らすと、フレヤは地面に落とされそうになった。


あわててヤワラの衣にしがみつく。


しかし、それは落とされそうになったのではなく


ヤワラの手が滑っただけなのだと気づく。


さらに信じられない異物を見るような目で見られた。



「な、なに」


「……神の使いたる鴉天狗の羽だ。


 美しくて当然だろう」



ぶっきらぼうな口調だったが、先ほどよりも若干丁寧に抱えなおされた。


への字に折れ曲がっていた口も、口角が少し上を向いている。


羽を褒められたのがどうやらうれしかったらしい。


わかりやすい人だ。


そう思っていたら、体が突然浮遊感に包まれた。


宙に浮いている。


正確には、空中に浮上したヤワラの腕の中にいるだけなのだが


宙に浮いているような錯覚に陥る。


小さく悲鳴を上げたら、ヤワラは煩わしそうに眉をひそめて


うるさいとつぶやく。


しかし、空を飛ぶのは、そう何度もできる体験ではない。


フレヤは、ヤワラの衣にしっかりとしがみつきながらも


瞳を輝かせていた。



「それでは、シウ様。


 行って参ります」


「頼んだぞ」


「はっ」



ヤワラはひときわ強く翼を羽ばたかせると、夜の空へと舞い上がった。


それに続いて、他の鴉天狗の一族とカルトも夜空へと飛び出した。


びゅうっと風が耳元でうなる。


夜風が少し痛いくらいに体をたたく。


風はひどく冷たくて、体を縮めた。


目をぎゅうっと細めて前を見つめる。


先ほどまでいた森がもう見えない。


林檎ほどの大きさだった城が、どんどん近づいてくる。


数か月前、妹の結婚式に参列するために訪れた城。


満月を背負ってそびえたつ純白の城は、今はどこか禍々しくさえ見えた。


ヤワラたちが一心不乱に飛び続け、目指すのは


城の最南端にある塔の最上階だ。


ヘレナの自室はそこだ。


一見、景色の良い、最も日に当たる温かく明るい場所を


王妃の部屋にしているように見える。


しかし、実際は王妃の部屋からは、入り口は一つしかなく


脱出には果てしなく長く狭い階段を下りねばならないし


外へと窓から逃げるには、塔はあまりにも高すぎた。


狡猾で計算高いステファンらしいと唇をかみしめた。


彼はいつもそうだ。


太陽のような、天使のような外見と物腰で


他人から疑いや恐れなどを抱かれぬようにし、油断させるのだ。


ステファンが、妹のことを本当に愛しているのかも疑わしいところだ。


ヘレナは、昔から天使のような容姿で、誰からも愛されるような


可愛らしい女の子だった。


人を疑うことなど知らず、良くも悪くも素直な娘だ。


早く、救い出さなければ。



「……もうすぐ着く」



ぼそりと言われ、はっと目を見開く。


城の敷地内に入ったのだ。


こちらは、はるか上空を飛んでいるため、


衛兵たちも大きな鳥か何かだと思ったのか、全く気付いた様子がない。


好機だ。


そう思ったのか、ヤワラの飛翔速度が上がった。


塔がどんどん近づいてくる。


塔の部屋にはバルコニーがついていて、


バルコニーへと出られる大きな窓がついていた。


やがて、一行は、バルコニーへとふわりと降り立った。


中の様子を伺うと、本当にヘレナ以外の誰もいないようだった。


彼女は、ネグリジェ姿で、椅子に座ってぼうっとしている。


美しい金髪の巻き毛がゆるやかに華奢な肩を流れ落ち、


愁いのある青い瞳は伏せられている。


なにか物思いにふけっているようで、こちらの存在には気づいていない。


手枷などの本格的な監禁状態ではないが、


実質、この部屋から出ることをそうそう許されてはいないだろう。


ちらりとヤワラやカルトたちに目線を送る。


彼らが無言でうなずいたのを見てから、フレヤは静かに窓をノックした。


ヘレナはわずかに身じろぎをしただけで、こちらを見ることはない。


空耳だと思ったのか、思考にふけりすぎて聞こえていないのか。


フレヤは、静かにノックをし続けた。


あまりにも大きい音だと、他の者に気付かれる可能性があるからだ。


やがて、ぼんやりとした表情で、ヘレナがこちらを見た。

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