近づくその時
「失敗したと?」
「もっ申し訳ございませぬ!!」
男は、冷ややかに配下の男を玉座から見下ろした。
不機嫌な様子を隠そうともしない。
絶えず手の中の扇を弄び続けている。
「面白くないな。
実に退屈だ」
「申し訳ありませぬ!!」
もはや、配下の男を見ようともしないで、
彼は視線を宙にさまよわせて考え込んでいる。
彼はちらりと傍に立っている
「これからの予定は何だったか」
「明日は、文書のほうにシウ様の判を押していただき、
その後、何人か謁見を願い出ている者たちと面会の予定でございます。」
予定の羅列に、彼は表情を変えない。
「その後は?」
「明後日には、遠国の姫君の婚礼式への招待が届いておりましたが……
いかがいたしましょうか?」
シウと呼ばれた男は、わずかにその単語に反応した。
「あの姫の妹のか」
「さようでございます」
初めてシウが表情を変えた。
唇に笑みが宿る。
「まことか」
「はい」
「哀れな姫よな」
何に対して哀れと言ったのかはシウにしかわからない。
それ以降、彼はひどく上機嫌で、政務をこなし続けた。
あっという間に、ヘレナとステファンの結婚式に参列するために旅立つ日になった。
ゴトゴトと馬車に揺られて田舎町の舗装の進んでいない道を行く。
ぼんやりと景色を眺めていると、
内陸に進むについて、少しずつ緑が豊かになり、
ぽつりぽつりと見える人々の姿に活気が増していくのがわかる。
フレヤたちの王国より、内陸にあるステファンの国は
津波による被害がなかったため、土砂災害程度で済んだ。
新王であるステファンによる復興への手腕は素晴らしいもので
瞬く間に、今まで以上に豊かな国になった。
それに比べると、どれだけ自分の国が遅れているのかがよくわかる。
「……民を」
同じ馬車に同乗しているチノが視線をこちらに向けた。
先ほど、人さらいに襲われそうになったことから、
特別に乳母と共に同乗を許されたのだ。
「……民を苦しませているのは、私という存在なのかしら」
答えはわかりきっているのに、明確な答えがほしかった。
こう言っている時点で、心が弱いということがよくわかる。
「何をおっしゃいますか!!
姫様が悪いことなどなにもございざせん!!」
乳母が慌ててそう言ったが、チノは何も言わない。
不思議な目の色でこちらを横眼で眺めている。
沈黙が何よりの答えだった。
ふと気になった。
チノは、自分のことをどう思っているのだろう、と。
人さらいに襲われた時、一瞬で屈強な男たちを吹っ飛ばすほどの
力を持つ男だ。
どうして父王にとらわれるようなことになったのか。
考えれば考えるほどチノへの質問が湧き出るように出てくる。
しかし、今は隣に乳母がいる。
聞くのは二人きりの時にしようと心に決めたとき、
ついに、ステファンの城が遠くに見え始めた。
城に着くと、城の執事に迎え入れられた。
客間に通された後、すぐにフレヤ専用の個室に移された。
その手際はきびきびとしていて見ていて気持ちの良いものだった。
ステファンはきっと式の準備で忙しいのだろう。
一度も姿を現さなかった。
見苦しくも自然と視線がステファンを探してしまう。
あまりに自分があさましくて、思わず笑ってしまいそうになる。
チノは家臣用の別の部屋を用意されたようだ。
城に入ってからは、姿を見せていない。
ヘレナも先にこの城に到着しているはずなのに、姿を現さない。
彼女も準備に忙しいのか。
はたまた、姉には顔を見せずらいのか。
ずきりと昨日蹴られた脇腹が傷んだ。
昨日の出来事を思い出す。
あの痛みと恐怖を一生忘れてはならない、そう思った。
少しずつではあるが、民の怒りと不満が大きくなっているのを
フレヤもあの一件で分かった。
なんとかしなくてはならない、そう思った時、
心の中でもう一人の自分がささやいた。
それはただの自己防衛だと。
民に嫌われて悪意を向けられるのが怖いだけだと。
これは自分の甘えなのだろうか。
第一王女である自分はそう簡単に行動は起こせない。
女であるから、余計に政治には口を出すことが許されていない。
女である自分の身が疎ましかった。
男に生まれていたら、きっともっと民のために動くことができただろうに。
コンコン
控えめなノックの音が響いた。
もの思いから我に返った。
「入っていいわ」
静かに扉が開いて、見知らぬ侍女たちが入ってくる。
きっとこの城につとめる侍女たちだろう。
「お召替えの時間でございます」
「ええ。
ありがとう」
城から持ってきたのは、薄い紫を帯びた露出度の少ないドレスだ。
これなら傷も隠せるだろう。
ドレスを着せられ、髪を結いあげられ、化粧を施され、
少しずつきらびやかになっていく自分をぼんやりと見つめる中
結婚式に向かう時間がこくこくと近づいて来るのだった。




