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マーメイドウィッチ  作者: いろはうた
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王都への道

部屋に戻り、カルトと対峙する。


部屋にある二つのベッドをちらり見つめた。


簡素な造りの、悪く言えば粗末なベッド。


しかし、フレヤにとっては久しぶりのベッド。



「座れば」



あごでベッドで示され、フレヤはおずおずと座った。


やはり、男性と部屋に二人きりという状況はあまり慣れない。


チノとの二人きりは慣れたが、カルトはあってからまだ日も浅かった。


しかし、彼はフレヤに危害を加えるような真似をしない気がした。



「で、さっきの酒場で情報は?」



カルトは、もう片方のベッドに腰かけながら言った。


フレヤは首を振った。


何も情報は集められなかった。


カルトの顔を見る限り、何か情報をつかんだのだろう。


大したことだ。



「早く教えて」


「まだ何も言っていないんだけど」


「その顔は何か知っている顔でしょう」



だから焦らすなとカルトを半眼になってにらむ。


でもやはり彼はいつもと変わらぬ人を食ったような笑みを浮かべていた。



「これ聞いたら、お優しい王女サマは、また迷うことになりそうだけど」



フレヤは眉をひそめた。


この言い方だとあまりよい情報ではなさそうだ。



「カルト」



思わず声に焦れた色がにじんでしまう。


チノによく似た緑の瞳がこちらを見る。



「王宮が沈黙してるんだと」


「え……?」



予想外の言葉にフレヤは目を見開いた。


握りしめた掌に汗がにじむ。



「革命が起きてもう一週間以上経つのに、何も行動を起こさないことを


 みんな不安がってる」



それだけ、というとカルトは口を閉ざした。


たしかにそれだけといったらそれだけだ。


フレヤは顎に手を当てて考え込んだ。


だが、彼らは革命軍だ。


革命を成し遂げたなら、不安がる民をまとめるのためにも


何かしら大きく声明などを発表したりしないだろうか。


そうしたほうがのちのちも統治をしやすいし、


自分たちは前の政権とは違うのだと示すことができる。



「不自然ね」


「あんたに追手をかけているっていうのもあるだろうけど、


 たしかに何もしなさすぎだな」



カルトはくしゃりと自分の髪の毛をかき回した。


沈黙が落ちる。


途端にめまいのような強烈な眠気が襲った。


当然と言えば当然だ。


山や川を何時間もかけて超えてきたのだ。


強く瞬きをして、ぼやけた視界を何とかしようとする。


カルトが自分の額に巻いてある色鮮やかな飾り布を突然外しだした。



「今日はもう寝よう」



咄嗟に何か言い返そうとしたが、


フレヤを気遣っての発言だと悟り言葉を失う。


大人しく靴を脱ぎ、足の裏が真っ赤に腫れていることに気付いて


わずかに顔をゆがめる。


どうりで痛むわけだ。


じんじんと熱を孕んでじくじくと痛む。


まるで自分の胸の痛みのようだった。


目を閉じるだけで鮮やかにその姿を思い出せる。


チノ。


もう会ってはいけないのに、あなたにとても会いたい。

















次の日の朝、フレヤはシウの部屋のドアの前に立って、逡巡していた。


ドアをノックしたいのに、手がなかなか動かない。


意を決して、手首に力を込めたとき、ドアの向こうから、


入れ、と声がかかった。


シウには、フレヤが外に立っていることなどお見通しだったのだ。


わずかに気まずそうな雰囲気を漂わせながら、フレヤはドアを開けた。


部屋の中には身支度を整えたシウが立っていた。



「それで?


 心は決まったのか?」


「正直に言うと、まだ少し迷っている」


「別に返事は今でなくともよい」


「……いいえ。


 今言わせてもらうわ。


 どうせ今言わなくてもずっと迷い続けるから」



カルトがドアを閉めるのを横目で確認してから、


シウのほうに向きなおる。


彼は、じっとこちらのの言葉を待っていた。


意を決して、息を吐く。



「あなたの作る国に、行かせてほしい」



シウは特に表情を変えなかったが、口角がわずかに上がった。


薄い唇が弧を描くのを見ながら、でも、とフレヤは言葉をつづけた。



「行く前にやりたいことがいくつかあるの」


「ほう?」



シウは肩眉を上げた。


無言で続きを促され、フレヤは重たい唇を開いた。



「まず、この国の行く末をもう少し見届けたい。


 まだ、安心できない」



メノウたちがきちんとこの国を治めていけるとわかったなら


もうほとんどこの国に未練はない。


民が幸せなら、それでいい。



「王座に未練は?


 王権を取り戻さなくていいのか?」


「そんな気は一切ないわ。


 身分とかそういうものには興味はない」



シウはしばらく黙ってフレヤを見ていた。


何かを試すようなまなざしはしばらくすると消えた。



「あと、私の妹の無事を確かめたい。


 ……私の最後の家族だから」


「ヘレナ王妃か?」


「ええ、そうよ」



昨日の酒場では、妹に関する情報は何も得られなかった。


それは、妹の身に何もないという意味なのか


それとも、妹に関する情報が止められているのか。


彼女の身にはまだ利用価値がいくらでもある。


賢いステファンのことだ。


殺しなどはしないだろうが、幽閉などは考えられる。



「勝手なのはわかっている。


 逃げ場のない私に、道を示してくれたことにも感謝している。


 でも、この二つは確認できないと、あなたの所には行けない」



まくし立てるよう言って、はっとして口をと閉ざす。


だが、嘘は何一つ言っていなかった。


こちらの腹の内は全て明かしたつもりだ。



「別に構わぬ」



フレヤははっとして顔を上げた。


まさかこんなにあっさりと認めてもらえるとは予想だにしなかった。


嘘みたいだ。


もっと、真っ向から拒否されてしまうと覚悟していた分、


少し拍子抜けしてしまう。


「意外とあっさりしてるじゃん。


 その余裕は何?


 この王女サマは今や身分も何もない指名手配犯だけど?」


「し、しめいてはいはん……」



やはりそうなのか。


町の中で見た自分の似顔絵が描いてある張り紙はそういうことだったのか。


ひそかにショックを受けるフレヤだった。


それとは対照的に、シウの顔は一種のさわやかさすら感じた。



「なにせ、この娘を妃とできるのだ。


 多少の骨は折ってやる」


「きっ、妃!?


 昨日はそんなこと言っていなかったでしょう!?」


「女王に望むと言ったはずだが」


「夫婦となる必要はないでしょう!?」



慌てふためくフレヤとは対照的に、シウは涼しげな顔だ。


カルトのほうを見て救いを求めるが、彼は素知らぬ顔で窓の外を見ている。



(う、裏切り者っ!!)



涙目で内心叫ぶが、カルトは決してこちらを見ようとしない。



「なんだ?


 我では不満か?


 我の何が不満だ。


 贅沢な娘だな」


「あ、あなたは、私を認めてはくれているようだけど


 私を愛してくれているわけではないわ」


「それが、なんだ」



シウの表情は凪いでいた。


わずかながらその表情に嘲るような色が混じる。



「恋だの愛だの、馬鹿馬鹿しい。


 そのようなもの、その者を狂わせ、盲目にし、


 愚かな行動に走らせるだけではないか」



ぐっと言葉に詰まった。


確かに、ステファンに恋していた時は盲目的に


周りが何も見えなくなった。


溺れるような恋をした。


だけど。



「それでも、求めないではいられないものよ。


 きっといつかあなたにもわかるわ」


「……理解に苦しむ」



フンっとシウは鼻を鳴らした。


結婚するしないの件は、いったん保留ということになったのだろう。



「あーあ……」



カルトの口から、つぶやきが漏れた。


その視線はあい変わらず窓の外に注がれている。



「窓の外に何かそんなに興味を引くものがあるの?」



少し皮肉を交えながらでフレヤも窓に近づく。


すると、ぱっと手で制された。



「来るな」



声に緊張が走っている。


その緊迫した様子に、フレヤも思わず足を止めた。



「何……?」


「……王都の兵どもだ」



部屋中の空気が張り詰めた。


カルトは壁に身を張り付けるようにしながら、窓の外を伺っている。


フレヤは、窓から己の姿が見えないところまで後退した。



「……兵の数がおかしい。


 いくらなんでも、こんなちっぽけな町に10人もいらねえだろ」



どうやら10数名の兵が、宿の傍を歩いているようだった。


カルトの表情は険しい。



「……ちっ。


 これじゃあ、見つかるのも時間の問題だな……」


「宿の者には、暗示をかけてあるが、


 どうせ王都の兵は、宿の中まで入ってくるだろうからな。


 まったく、煩わしいことこの上ない。


 ……宿を出るぞ」


「荷物まとめな、フレヤ」



動揺を隠せないフレヤに対して、二人はてきぱきと動く。


数分後、三人はひっそりと宿を出た。

























町に出ると、やはり近衛兵たちの影響か、


町の人たちは、不安げだった。


ひそひそと交わされる会話は、声が小さすぎて聞き取れない。


しかし、前を行くカルトの足が突然止まった。


突然のことだったので、


フレヤはしたたかに額をカルトの背中にぶつけてしまう。



「……カルト?」



フレヤは目の前の背中に、小さく声をかけた。


愕然とした表情をしているカルトに、フレヤは戸惑う。


また何かを聞いたのだろうか。


シウは、不機嫌そうな表情で戻ってくると、


せわしない口調でささやいた。



「おい、犬。


 何を聞いたのかは知らんが、目立ちたくはない。


 さっさと歩け」


「……悪い」



カルトが先ほどよりも、のろのろと歩き出した。


足に力が入っていないような歩き方だ。


カルトがこんな風になってしまうのは見たことがない。


余程、衝撃的な内容の噂話を耳にしたに違いない。


フレヤは不安な気持ちを抱えながらさらに歩き続けた。


兵に気を付けながら、歩くこと数分。


三人は、辻馬車の店までなんとかたどり着いた。


馬車を拾って、王都まで行く予定だ。


またも、シウの幻惑の瞳の力を使って、


なんの咎めもなく馬車を拾うことができた。


下手に情報が洩れてはまずいので、御者は雇わなかった。


かわりに、馬の扱いに慣れているカルトが、


御者代わりになるようだ。


水と食料を新たに買い込み、三人はイグニールの町を発った。


カルトは始終無言だった。


シウも何も言わない。


いったいどんな情報を耳にしたのか聞きたくてたまらないが


聞いてはいけないほどの重い内容かもしれない。


馬車の中で揺られること数分。



「……アルハフ族が、とらえられた」


「っ!?」



突然カルトがポツリと言った。


頭が真っ白になる。


真っ先に思い浮かんだのはチノの姿だった。


続いて、アルハフ族のみんなの顔が一気に脳裏をよぎる。


焦りと恐怖、そしてマグマのような怒りがふつふつと湧いてきた。



「まさか……兵たちが、マシューとエリッシュが裏切って……」


「それはない。


 あいつらは……裏切らない目をしてた。


 裏切らざるを得ない目に遭ったんだと思う」


「チノがいれば、きっと大丈夫よ」


「あいつ一人ならなんとかなる。


 でも、あそこには戦えない女子供もたくさんいる。


 あいつらをかばいながら近衛兵を全滅させるのは……無理だ」


「そんな……」



言葉を失う。


どう考えても、フレヤをかくまっていたから捕まったとしか考えられない。


自分のせいで、また関係のない人を巻き込んでしまった。


心がインクで塗りつぶされるような気持ちだった。



「メノウだよ。


 あいつらは、おれらのために嘘の情報を流したはずだ。


 でも、それを見破って、アルハフ族の所まで来た。


 ……こんな真似、あいつしかできない。


 おれらは、鼻がいい。


 匂いだけで……全部わかる」



カルトは決してこちらを振り返らなかったけど、


彼の声は怒りで震えていた。


とっさに謝罪の言葉が口を突いて出そうになったが、


今、カルトが求めているのは、そんな言葉じゃない。


では、代わりに何を言えばいいのか。



「ちょうどよいではないか」



ふいにシウが言葉を発した。


フレヤは力なくシウのほうを見た。


彼の目は全く悲観的ではなかった。



「ちょうど今から、王都に行くのだ。


 兵どもなど蹴散らして、救い出せばいい」


「……簡単に言ってくれるな」



無神経なほどに落ち着いているシウの声が


ぴりぴりしているカルトの神経を逆なでしたようだった。


声に殺気すら滲んでいる。


馬がおびえて、歩調が乱れ、馬車が大きく揺れた。



「たった三人で何ができるって?


 せいぜい情報収集が関の山でしょ」


「案ずるな。


 我が国からわが家臣をすでに呼んでいる」


「あなたの国は遠い東に位置する国よね?


 どうやって援軍なんて……」


「鷹を飛ばした」



馬車の中に気まずいまでの沈黙が満ちた。


た、か。


今、鷹と言ったのかこの男は。


一体どんなすごい文明機器を使うのかと思ったら、まさかの鳥。



「……ちなみに、いつ飛ばしたの?」


「昨夜だ」



頭痛がする。


フレヤは、頭を押さえた。


これでは、鷹がミン国にたどり着くまでだけに、数日はかかるだろう。


援軍が来るまでに数週間はかかるはずだ。



「ここから、王都まで一日もあれば着いてしまうわ」


「問題ない。


 数日もあれば、奴らは来るはずだ」



もはや言葉も出なかった。


重い沈黙に満ちた馬車は、ガタゴトと派手な音を立てながら、


王都への道を進んだ。

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