表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マーメイドウィッチ  作者: いろはうた
48/88

思わぬ再会

たっぷりと時間をかけて、二人はようやく山を下りた。


山歩きの経験などないフレヤには、ひどくこたえた。


足が痛い。


自分の荒い息が耳障りだった。


ふらつく体を何とか動かして、町に一歩入る。


この町の名はイグニール。


王国の東に位置する国。


隣国との国境近くにある町だ。


ここは王都からそう離れていないので、経済的にも治安的にも


他の町と比べて安定している。


だから、それほど視察などには訪れていなかった。


ばさりと二人はフードをかぶって顔と髪を隠した。


素性を知られないようにしたい。


静かに目立たないようにして、通りを歩く。


にぎやかとまではいかないが


活気に満ちた町だった。


国境近くにあるため、貿易の通過点として栄えているのだ。


それゆえ、この町には、この国の民だけでなく、異国の者たちも多かった。


それが二人には救いとなっている。


これなら怪しまれにくい。



「情報を探すんだろ。


 なら、酒場が一番早い。


 あそこは情報の巣窟だからな」


「そう、なの」



カルトの言葉に、フレヤはおずおずとうなずいた。


さすがはさすらいの民。


手慣れている感じがする。



「あれが酒場?」


「ああ、そうさ。


 お上品な王女様なんかは、一生行くことなんかないような場所だよ」



決めつけるような言葉にまたカチンときた。


むっとして睨みつけるが、カルトは飄々とした表情だった。


酒場に視線を戻す。


屈強な男性陣がたむろしていた。


丸太のような腕で、ビールの入ったジョッキをぐいっとあおっている。


むっと煙と酒精と汗のにおいが鼻を突き、


フレヤはわずかに眉をひそめた。


酒場の看板を見つめる。


「踊るロバのしっぽ」


変な名前だった。


先を行くカルトの背中を追い、店に入る。


思っていたよりもこじんまりとした店だった。


決して清潔とは言えない店内に、男たちの野太い笑い声が


響き渡っている。


初めて訪れる場所が珍しくて、フレヤは視線だけであたりを観察した。



「リンゴ酒を二つ」



テーブルに着くなりカルトはウエイトレスを呼び止め注文をする。


フレヤはそわそわしながら、木のテーブルに肘をついた。


あんまりそわそわするなよ、とカルトに小さく言われ、慌てて頷いた。


怪しまれたらそれで終わりだからだ。



「リンゴ酒って何?」


「甘めの酒だよ。


 酒精も低いから、あんたでも飲めると思うよ」



話している間に、ガラスのコップが二つ運ばれてきた。


中に入っているのは金色の発泡酒。


ワインくらいしか飲んだことのないフレヤは


初めて見る庶民の酒に興味津々だった。


なめてみると、酒独特の風味が舌にジワリと広がる。



「酒ばっか飲んでないで、ちゃんと周りの話に耳も傾けなよ」



そう言うと、彼は荒っぽく、ぐいっとコップをあおった。


いい飲みっぷりだ。


どっちのほうが酒を飲んでいるんだか、と半眼になりながらも


フレヤは言われた通り耳に全神経を集める。


ざわざわして聞き取りにくい。


単語がとぎれとぎれに聞こえるだけで、話している内容までは


全然聞こえない。


しかし、カルトはきちんと話の内容まで理解できているようで


ときどきつまらなそうにふーんと呟いていた。


さすがはルー・ガ・ルーの末裔の一族というところだろうか。


フレヤには聞こえない音まですべて拾える優れた耳がうらやましい。


伏せられた真紅の瞳は、突如見開かれた。


ばっと顔を上げて、前方を見つめる。


この気配。


目を細めて、酒場の入り口のあたりを見つめる。


いた。


気のせいなどではなかった。


シウが立っていた。


ミン国の皇子がどうしてここに。


同じ真紅の瞳がふとこちらを見つめてきて、


フレヤはさっと下を向いた。


頭の中はぐるぐると渦を巻いている。


どういうことだ。


何故まだこの国にいるのか。


シウは、敵か味方かわからない不安定な分子。


できれば接触は避けたい。


大丈夫。


おそらくこちらの存在には気づいていない。


静かに店を出れば、気づかれないはずだ。


コップを置いてテーブルから一歩離れようとしたとき、


すっと黒衣の人影が立ちふさがった。


慣れ親しんだ黒に一瞬心臓がはねる。


しかし、それは、その者の顔を見た瞬間に霧散した。



「久しいな、人魚姫」



美しくまがまがしい紅い瞳。


ひそやかに落とされた声に、フレヤは固まった。


「シウ、様……」



かすれた声が漏れた。


気づかれていた。


当然と言えば当然な気がする。


フレヤが気づいてシウが気づかないはずがない。



「なぜあなたがここに……」


「それはこちらがお聞かせ願いたいものだな」



真紅の瞳が見下ろしてくる。


なぜ、王女のおまえがここにいるのだと言外に聞いてくる。



「今回は毛色の違う犬を連れているのか」


「彼は、犬などではありません。


 訂正し、謝罪してください」


「ああ、これはすまない」



まったく心のこもっていない謝罪だった。


ちらりと真紅の瞳がカルトをとらえた後、そらされた。


カルトは黙っている。


予想外の事態に出方を伺っているようにも見えた。



「まぁ、国王崩御など、大体の噂はかねがね聞いてはいるが……」



フレヤはぐっと押し黙った。


やはりステファンとメノウが結託して


フレヤが国王を殺したという情報を国中に広めているのだ。


冷汗が背中を流れる。


汗の滲むこぶしをぎゅっと握りしめた。



「まぁ、ここではなんだ。


 宿でも借りて、話をしよう」



シウは微笑んだ。


つまり、公の場ではできない話をしようと言うのだ。


こちらとしても、変に素性が他の人間にばれるのは防ぎたい。


フレヤはしぶしぶうなずいた。

























連れていかれたのは、ああまり大きくはないレンガ造りの建物だった。


フードを付けた人間が三人も訪れたため、宿の主は不審に思ったようだが


シウがちらりと彼の顔を見つめると、彼はすっと大人しくなった。


どうやら、自分の異形の力である、瞳の力を使ったようだ。


催眠効果で、彼は言われるがままに、二部屋貸し出してくれた。


そのうちの一部屋へ行き腰を下ろす。


それにしても、皇子だというのに、


伴の者も付けずによくやる……とフレヤは内心感心した。


仮にも一国の後継者なのだ。


おそらく家臣の者たちは気が気でないのだろうなと人ごとのように思った。



「それでだ」



シウは足を組んでこちらを見つめた。


それだけでも、かなり威圧感がある。


王者の風格ともいうべきか。


長い脚をこれでもかというほど見せつけられているようだ。



「何故、このような国境近くの町に、


 王殺しの元王女がいる?


 大体の見当くらいはつくが……」


「……ご想像にお任せします」



そっけなくそう言うと、シウもまたフンっと鼻をならした。


この男も、カルトとはまた違う意味でイライラする。


根本的に性格が悪いのだ。


今も、どうしてフレヤがここに落ち延びているのか大体の見当が


ついているというのに、わざわざ本人の口から説明させようとしている。


フレヤは油断なくシウを見つめた。


この男が敵か味方か、この短時間の間に見極めなくては。



「別に、近衛兵のやつにでも、汝の身柄を渡してやってもいいのだぞ」



ほら。


この質の悪い笑顔。


フレヤの顔が若干ひきつっているのを、楽しんでいる。



「お兄さん」



先ほどからずっと黙っていたカルトがふいに口を開いた。


いつもの軽薄そうな笑みはなかった。


怖いくらいの無表情。



「一応ねこの王女サマ、おれの一族の恩人なわけ。


 手ぇ、出したら……殺すよ?」



ぞっとするほど抑揚のない声だった。


部屋中に満ち溢れる殺気に、フレヤはうなじの毛が逆立つのを感じた。


だというのにシウは歯牙にもかけない様子で、


けだるげにフレヤに視線を戻した。



「まぁ、どうせあのいけすかない王子……いや今は王となったのか。


 あの者が今回の首謀者であろうよ」



つまらなそうに言うシウだったが、フレヤは戦慄していた。


シウの口から言われると改めて、真実なのだと強く実感したのだ。


カルトはまた黙っている。


どうやら様子を見るらしい。


視線はシウに固定されているように見えるが、


実際は、緑の瞳は、部屋全体を油断なく伺っている。


フレヤもシウを見つめた。



「メノウという娘がすべての発端となったのでは?」


「……まぁ、真相まではわからぬが……


 あの、男はいけ好かない」



シウの眉間にしわが寄っていた。


性格のひんまがっているシウがここまで言うとは。


類は友を呼ぶ、ということわざを思い出した。


こんな時だというのに唇が緩みそうになり、


あわてて表情を取り繕った。



「汝は……少し変わったようだ」



シウはじっとフレヤを見て言った。


変わる?


そんなことを言われても自分ではわからない。


シウが息を吐くとともに足を組み替えた。



「そんなことよりも、こちらの事情は話しました。


 そちらの事情もお聞かせください」



フレヤはじっとシウを見た。


嘘は許さない。


嘘を信じれば、この状況で訪れるのは死だ。


どんな感情の揺らぎも見逃さないように集中する。



「いつ話そうか機会をうかがっていたが……」



シウが手を額に当てて、息を吐いた。


すっと紅い瞳がこちらを見る。



「我は異形のための国を作ろうと思い、


 各国にひそやかに暮らしている異形の者に声をかけて回っている」


「……は?」



予想外の言葉に、氷の無表情が崩れた。


異形のための国?


この男はミン国の皇子だ。


ゆくゆくは皇帝となる男。


意味が分からなかった。



「ミン国とミン国の皇子としての身分を捨てると……?」


「ああ」



迷いのない言葉に迷いのない目。


瞳は澄み切っていて、ちらりとも揺るがない。


心の底から本気で言っているのだと悟る。


ミン国は何億もの民が暮らす大きな帝国だ。


それをすべて捨て去るという重責は一体どれほどのものなのだろうか。



「ば、ばかばかしいわ」


「左様な。


 だが、どうも我は、人間どもよりも、異形の者たちを守りたいらしい」



思わず漏れたフレヤの言葉にも、全然揺らがない。


怒りもせず、ただ静かだった。


この男は、もう腹をくくっているのだ。



「なにがあなたをそうさせたの……?」



取り繕っていたものははがれた。


フレヤは元王女としてではなく、フレヤというひとりの個人として


シウに問うた。


フレヤは、多くを選んだ。


そのかわり、父と己の心を切り捨てた。


しかし、民という多くを選んで、その民に裏切られた。


なら何故彼は、少なきものを選べるのか。



「我とそなたは恵まれている。


 異形の者が王族として名をつらねているのは、我らの国しかない。


 他国では、異形の一族は虐げられる。


 奴隷の身に落ちているものも少なくないし、


 どこの国の民になれぬ者もいる。


 そこの男の一族がいい例だろう」



そう言って、シウはちらりとカルトを見た。


カルトはただ黙っていた。


長いまつげを伏せて、シウの言葉に耳を傾けている。



「そう、かもしれない。


 私は、他の人よりも恵まれた環境で育った」


「我はその者たちを救いたいと望んだ。


 その者たちの拠り所となる、小さな国を作りたいと望んだ。


 愚かな人間どもなど寄せつけぬ、人里遠く離れたところに


 作るつもりだ」



シウの言葉にはちらりと憎しみのような黒いものが混じっている。


おそらく彼は純潔。


異形の者のみで構成された王族なのだろう。


だがフレヤは違う。


先祖である人魚の魔女の孫娘は人間の王子に恋をした。



「つまり、私も、その国の民にならないかということ……?


 私は、混血よ」


「別に構わぬ。


 汝は人魚の血が濃い。


 先祖返りというものだろう」


「なら、アルハフ族は?」


「もちろん誘った。


 あのメノウという小娘も例外なく誘った」



フレヤは、メノウの館の前でシウの姿を見たのを思い出した。


あれは、勧誘のためだったのか。



「メノウに対しては、取引という形で会いに行ってやった。


 何か外道の道に外れたことを考えていそうだったからな。


 汝の一族を引き入れる代わりに、この国から手を引けと言ったのだが


 見事に断られた。


 あれは何かにとりつかれているようだった」



カルトの放つ空気が重くなった。


彼らとメノウとの間にどのようなことがあって決別へとつながったのか


フレヤは知らない。


なにか並々ならぬことがありそうだ。



「アルハフ族は?」


「真の族長不在の中では、結論を出せぬと」



チノのことだ。


彼らはやはりチノ以外を族長と認めていない。


置いてきてよかったのだ、と心に言い聞かせ


ざわつく感情に重くふたをした。



「そなたはどうする?


 その様子だと、国外に逃げるつもりだろう?


 ともに来ぬか?」



フレヤは目を伏せた。


シウの手を取ってしまいたい。


そうすれば、彼はフレヤを同族として全力で


メノウとステファンの手から守るだろう。


しかし、妹は?


アルハフ族は?


この国の民は?


奥歯をかみしめた。


シウの手を取るにはあまりにもこの国に未練があった。



「この国の民が気になるのか?」



心を読まれたように言い当てられ、フレヤははっとして顔を上げた。


シウの表情は凪いでいた。


怒るでもなくただフレヤを見ている。


フレヤは観念してうなずいてみた。


嘘をついても仕方がない。


いざこうして、国を出るとなると、心残りが驚くほどあった。



「汝はどこまでも王族なのだな」



若干あきれたようにシウに言われて、返す言葉もなかった。


革命を起こされたのだ。


半分民に裏切られたような形で城を追われたというのに


今でも民の行く末が気になる。


革命が終わった後、民がどうなるのかはわからない。


メノウとステファンが必ずしも良い統治者となるとは限らない。



「汝なら良き女王となったであろうな」


「私は……」


「かまわぬ。


 別に急ぎでない」


「もし、民と妹の安全を確認できた際には、


 まだ私を受け入れて……」


「あたりまえだ。


 我は、汝を女王にと望んでいるのだから」



あまりにも平坦な響きだったので、


あやうく普通に受け流しそうになった。


彼は今何と言った。



「何ですって……!?」


「我が王となり、汝が女王となる。


 汝ほど女王にふさわしいものはおらぬ」


「わ、私は、もう女王だなんて……」


「この我が認めたというのに、拒むというのか」



いちいち言い方が偉そうだったが


今はそれどころではなかった。


女王?


自分は、そんな器ではないと痛感している日々を過ごしているというのに


シウは何を言っているのか。


しかし、やはりその真紅の瞳は嘘や冗談を言っている様子ではなかった。



「まぁ、別に我一人が王となってもよいのだが、


 民を守り導くものは多いに越したことはない」



まだしばらくはこの国にいるから考えてみてくれ、と言われて


フレヤにはうなずく以外の動作ができなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ