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マーメイドウィッチ  作者: いろはうた
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譲歩

「王女殿下!!」



フレヤは強く名を呼ばれて、くるりと振り返った。


今は、アルハフ族のみんなにお願いして、


水汲みの手伝いをさせてもらっているところだ。


川の水に桶を浸した状態で、振り返る。


マシューとエリッシュもその手に桶を持ち、


嫌々ながらもアルハフ族の民族衣装を身に着けていた。



「なにゆえ、そのような真似を!!


 ここは俺たちがやりますのでどうか!!」


「我ら王族は、幾千幾万もの民によって生きながらえてきた。


 民と同じことができないで何が王族よ。


 黙ってあなた達も水汲みをしなさい」



そう言い終えてから、はっとする。


アルハフ族の視線がすべてこちらに向けられていた。


どの人も水汲みや洗濯の手を止めて、


じっとこちらを見ている。


しまった。


少し騒ぎすぎてしまった。



「さあ、水を汲んで。


 っと、ひゃっ」


「王女殿下!!」



立ち上がった拍子に足を滑らせバランスを崩してしまう。


間一髪というところで、力強く背中を支えられた。


見なくてもわかる。


こんな風に素早く迅速に助けてくれる人はチノしか知らない。



「……大丈夫か」


「……あ、ありがとう、チノ」



顔から火を噴きそうだった。


自分でも顔が真っ赤になっている自覚がある。


あんなに偉そうなことを言った次の瞬間にこけそうになるだんんて、


もう元王女の威厳も何もない。


ぷっと誰かが噴き出す声が聞こえた。


聞き間違えたのかと思い、ぱっと顔を上げ、瞬きを繰り返す。


見れば、こらえきれぬようにアルハフ族のみんなが笑っていた。



「なんだい、お高くとまったお貴族サマも


 こけりゃただの人間かい、くくっ」


「なんだよ、ただのかわいい娘っこかい」



馬鹿にしたような笑い方じゃなくて、


純粋におかしいから笑っているようだった。


力の抜けた、緊張がほぐれたような笑い方だった。


そうか。


異空間にいて緊張したのはフレヤだけではない。


彼らも、自分たちの空間に異分子がいることに


少なからず緊張していたのだ。


さざ波のように広がる笑い声に、フレヤも小さく笑った。


チノの顔を振り返ってみると、彼も穏やかな表情で微笑んでいた。


それが嬉しくてフレヤはさらに笑みを深めた。


マシューとエリッシュは、それを少し離れたところから


黙って見つめていた。
















夜のとばりが落ちると、アルハフ族はそれまでの作業をやめ、


焚火に火をともす。


そして、みんなでたき火を囲みながら


夕食をゆっくり食べるのが習慣のようだった。


地面には獣の毛皮でできた敷物を敷いて、


静かに話をしたり、明日の狩りの予定を立てたりするのだ。


今日は、不思議な旋律の音楽に合わせて、アルハフ族の人々は


たき火を囲んで歌を歌っていた。


聞きなれない言葉ばかりの歌詞だから、


アルハフ族の伝統音楽なのかもしれない。


チノはフレヤから一番離れた場所に座っていた。


彼はアルハフ族の長だ。


人を惹きつけるカリスマ性があるし、


誰よりもみんなのことを気にかけている。


そんなチノのことを、みんなも頼っているし、慕っている。


今も、みんなが楽しそうに歌っているのを、目を細めて眺めている。


一応、客人という扱いにまで昇格はしたが、


部外者の自分が大事な長の隣に図々しくも座るのは皆が嫌だろう。


そう思って、自分の隣に座ればいいというチノの申し出を断って


一番遠い席に、マシューとエリッシュとともに座っていた。


彼らは、かいがいしく世話を焼いてくれるが、


アルハフ族の日常に戸惑いを隠せないようだった。


何気なくチノを見つめていて、はっとする。


チノの隣には、かいがいしく彼の世話を焼くルザの姿があった。


彼女の目は手元を見ているようで、ただチノの姿だけを追っていた。


視線が合いそうになると、ぱっとはじかれたようにそらす。


だけど、またすぐに、横目でそろりとチノの様子をうかがう。


きゅっと引き結ばれた唇。


彼のことだけを追うまなざし。


献身的に尽くす姿勢。


彼女は全身全霊でチノに恋をしていた。


誰もがその様子を温かいまなざしでそっと見守っているようだった。


彼女は、チノが王宮にいる間、ずっと彼のことを待っていたのだ。


あれだけ美しく凛々しい娘なのだから、


ほかの男性のアプローチも絶対にあったはずだ。


それもすべてはねのけて、チノのことだけを思っている。



(私は……あんな風に、誰かを愛したことがないわ)



ステファンの時は、恋に恋するありさまで、


周りがあまりにも見えてなかった。


自分の心さえも。


チノとルザの視線が交わった。


ぱっと手で持っていたお盆で顔を隠すルザに


チノは少しだけ笑った。


ぎゅうっと胸がしぼられるような痛みが走った。


この感情はなんだろうと、どこか他人事のように考えて気づく。


これは、羨望。


ルザを、うらやましいと思っているのだ。


初々しい二人を見つめる。


チノは笑っている。


その目はルザだけを見つめていた。



(やっぱり、返してあげなくちゃ)



いや、返すという表現もおかしい。


チノはものじゃない。


最初から誰のものでもない。


ただ、元いた場所に戻っていくだけだ。


感情にふたをしなければ。


手放したくないだなんて、そんなことは少しも思っていない。



「……王女殿下」



硬い声で呼ばれてはっと我に返る。


マシューとエリッシュがこちらを真剣な表情で見つめていた。


背筋を伸ばし、何かしら、と答えると


マシューが何かを決意したような表情で口を開いた。



「明日、おれたちは解放されることで間違いないのでしょうか」


「ええ、私からもお願いはしてあるわ」



うなずいて見せると、二人はお互いの顔を見合わせた。


そして、こくりと首を小さくふりあった後、


再びこちらに向き直った。



「我々は、明日、他の者たちとの合流を予定しております。


 その際に、アルハフ族と王女殿下のことは


 ……伏せておこうと、考えております」



一言一言、区切るように、重くマシューは話した。


その隣のエリッシュも何も言わない。


同意を示しているということだ。


ぶわっと汗が噴き出す。


実った。


世界からしたら本当にちっぽけなことだった。


だが、フレヤにとってはとてつもないほど大きな前進の一歩だった。



「……ありがとう。


 でも、どうしてそう思ったのか聞いてもいいかしら」



落ち着こうと必死に自分に言い聞かせる。


だが、声が弾んでしまうのは自分でも抑えられなかった。



「まず、王女殿下に関してのことですが……


 あなたさまは……その……ご乱心の末に王を殺めたとは思えぬほど


 いつもと変わらず理知的で、心優しいままでした」


「わ、私は、別に、そんな」


「いえ、思ったことを申し上げたまでです。


 それに……あいつらは……」



兵たちは言葉に詰まっている。


アルハフ族をを少しだけ苦しそうに見つめるその横顔は


今何を思っているのか。



「あいつらは……少なくとも、野蛮……などではないです」



彼らが今までで見せた最大限の歩み寄りだった。


ぎゅっとこぶしを握り締める。


嬉しくて、顔が緩んでしまう。


感情がぶわっと爆発してしまいそうな、そんな気持ちだ。



「なにより、王女殿下。


 あいつが……あなたさまを、救ったのかと」


「マシュー、おまえ……」


「仕方ないだろ!!


 認めたくはないが……あの男は、チノとかいうやつは


 あなたさまを……変えた」


「チノが……?」



フレヤは目を見開いた。


意外な名前だった。


彼らは、どうもチノのことを心から認めてはいないようだったから


余計に衝撃も大きかった。



「あいつが来る前のあなたさまは、


 王宮という鳥かごに閉じ込められた鳥のようだった。


 籠のカギの開け方を覚えて、何度か外に羽ばたいてみるけど


 一人では外で生きていけなくて、また籠に戻ってくる。


 おそれながら、そのような印象を受けておりました」



どきりとした。


そんなふうに思われていたとは知らなかった。


だが、間違っていない。


的を射た発言だった。



「だが、あの男が来てからあなたさまは変わられた。


 氷姫とまで呼ばれるほどのあなたさまが……笑うようになった。


 外の世界に行っても、あいつがいれば、あなたさまは……」



嫌々ながらもチノを認めてくれている言葉だった。


信じられないほど、嬉しかった。


何故だが、泣きそうだった。



「私が、こんなことを言うのは間違っているのかもしれない。


 だけど、ありがとう」



声が震える。


少し恥ずかしい。


二人は、仕方なさそうに、だけどどこか嬉しそうに微笑んだ。


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