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マーメイドウィッチ  作者: いろはうた
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疎外感

しばらくして、なんとかフレヤは木の実の殻剥きを終えていた。


既に周囲に娘たちの姿はない。


自分の仕事が終わるなり、さっさとどこかへ行ってしまったのだ。



「あれ、終わったの?」


「っ!!」



突然背後から声をかけられて、フレヤはびくりと体を震わせた。


カルトだった。


まるで気配を感じなかったし、足音も聞こえなかった。



「……カルト」


「そう睨まないでよ」



わざとだ。


絶対この男、フレヤが慌てふためくのを見たいがために


気配を殺したのだ。


腹が立つ。


むしゃくしゃする。


それが顔に出てしまったらしい。


だが、今、話したいのはそれではない。



「カルト。


 時間だわ」



カルトは黙っている。


片眉を上げて、フレヤの言葉を待っている。



「チノの目が覚めた。


 ……私はここを出ていく」



フレヤの平坦な声に、カルトもまた、ふーん、と平坦な相槌をうった。


もともと引き留められるとは思っていないから予想通りの反応だ。



「行く当てはあるの?」


「……別に、ないわ」



嘘をつく必要はないので、正直に答えた。


とたんに鼻で笑われた。



「ほんとに王女サマだな。


 素人が森を歩くんだろ。


 二、三日であんたすぐ死ぬよ?」


「死なない。


 私は生きたいから」



嘲るような笑みにも屈しなかった。


強い光を瞳に宿して、フレヤはカルトを見つめた。



「誰も私が生きることなど望まないかもしれない。


 それでも、私自身が、生きたい。


 それに……もう誰も巻き込みたくない」



チノが何度もフレヤを守るために傷つく姿や


やつれ果てた父王の姿が脳裏に浮かんだ。


ぎゅっとこぶしを握り締める。


最後の言葉は弱弱しかったがまぎれもなく本心だった。



「じゃ、おれもついてくわ」


「そう……えっ?」



あまりにも軽い言葉なので、フレヤは危うく聞き逃しかけた。


聞き間違えたかと思い、カルトの顔を見つめたが、


その顔には面白がっているような雰囲気が漂っている。


しかし、冗談ではないようだ。



「なに、言っているの?」


「あんた、面白いし、ついて行ってやろうかなぁって」



唇の端を持ち上げて笑うカルトの言っていることが


とっさには理解できなくて混乱する。


しかし、次の瞬間、メノウの顔とステファンの顔が脳裏をよぎった。


背筋が冷たくなる。



「だめよ。


 ついてこないで」



思ったより冷たい声が出て自分でも驚いてしまう。


思わずカルトの表情を伺ってしまうが、


彼はまるで気にしたそぶりを見せなかった。


むしろ、ますます面白がっているようだ。



「そんなに拒否されると、余計についていきたくなるよなぁ。


 で、出発はいつ?


 夜はやめておいたほうがいいから明日の朝?」



にやりと笑われ、フレヤは口角をひきつらせた。
















その夜は、一族のみんなでたき火を囲み、


集まって晩御飯を食べることとなった。


フレヤも末席での参加を許され、


端のほうで体を縮ませ、膝を抱えて座っていた。


突然、ぬっとスープの入ったお椀を突き出され、驚いて顔を上げる。


まだ十歳にも満たないようなアルハフ族の男の子が、


緊張した顔つきでお椀を突き出していたのだ。


幼さの残る顔立ちなのに、ちょっとおしゃれをしたい年頃なのか


耳に羽の耳飾りを付けているのがなんだか可愛らしくさえ思えた。



「これ、私に……?」


「……ん。


 あ、熱いから……気を付けて」



たどたどしい気づかいの言葉に、心が温かくなる。


自然とほほが緩んだ。



「ありがとう」



男の子は驚いたように目を見開いた後、


ぱっと顔をそむけた。


顔が真っ赤になっている。


なんとも可愛らしい。



「お、おねえさんは、おさのつがい、なの……?」


「つがい……?」



ここにきてから何度か聞いた言葉だが


あまりにも予想外の言葉だったので聞き返してしまう。


つがい。


つがい。


この言葉の意味は。



「あ、うん。


 おさのおよめさん?」



口に含んだスープを吹き出しそうになった。


手を滑らせてしまいそうになり、慌てて


お椀を持つ手に力を込めた。


男の子はフレヤの様子には気づかず、


真っ赤な顔でちらちらとこちらを伺ってくる。



「ち、ちちち違うわ」


「っ!!


 そ、それなら、もう少ししたら、


 僕のつがい、お嫁さんにしてあげてもいいよ」



ませた口調で照れながらモジモジと言われ、


フレヤは真っ赤な顔でふふっと笑い声を漏らしてしまった。


しかし、穏やかな時間は長くは続かなかった。



「ミクリ!!」



鋭く凛とした声に男の子が反応した。


彼の名はミクリのようだ。


声のしたほうを見ると、


顔を険しくしたルザがつかつかとこちらに来るところだった。


よく見れば、どことなく二人は似た顔立ちをしている。


姉弟なのだろう。



「はやくスープを取りに来なさい!!」


「あっおねえちゃん!!


 僕まだ……!!」


「いいからはやく!!」



ミクリは姉に腕をとられると、なかば引きずられるように


連れていかれてしまった。


去り際にひと際きつくフレヤを睨むと、


ルザはミクリを連れて人の輪の中へと戻っていってしまった。


遠くから民族音楽が聞こえる。


人々の笑い声がさざ波のように広がっている。


スープはぬるくなってしまった。



「おーおー相変わらず無表情だねー王女サマ」



いつも通りのカルトの声が聞こえて、


なんだか無性にイライラしてしまう。


フレヤは意固地な気分になって、地面から視線を外さず


カルトのほうを見なかった。


そんなフレヤにもかまうことなくカルトは喋り続ける。



「ルザのやつ、いつも言い方きついし、気の強いやつだけど


 普段はあそこまでつんけんしてないんだ」



なだめるような言い方がささくれだった心を逆なでした。


ぎゅうっとお椀を握る力を強くする。


怒るな。


心を荒げるな。


自分に何度もそう言い聞かせる。



「で、どう?


 アルハフ族の暮らしは?」



唐突な質問にフレヤは眉を寄せる。


いつもと違って、カルトの声は平たかった。


軽くも重くもない。


ただの問いかけ。


フレヤは眉を寄せてしばらく考えた後、ポツリとつぶやいた。



「……これが、家族なのだと、そう思ったわ」



静かな言葉にカルトはしばらく黙っていた。


夜風が髪を揺らす。


この森の闇はインクを塗りたくったかのように深い。


だからあの焚火のような明るいぬくもりを少しうらやましく感じるのだろう。


フレヤはゆっくり立ち上がった。



「……後片付けを手伝いたいのだけど」


「あーもうおれらでやっておくからいいよ」



やんわりと突き放された気がした。


食い下がろうかと思ったが、カルトのことだ。


うやむやにして結局は何もさせてくれないだろう。


役立たずな上に足手まといだと思われたに違いない。


自嘲的な笑みを浮かべると、フレヤはうなずいて手のお椀を彼に渡し、


自分の小さなテントへと戻っていった。


足が鉛でも詰め込んだかのように重い。


両足を引きずるようにして一歩一歩踏みしめて進む。


心がじくじくと小さく痛み続けていた。

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